第43話

終わるまでは何も考えないようにしようと思っていた。

この2ヶ月、彼を助け出す事だけを考えてきた。その為に資料を漁り、試せるものはすべて試した。結果としてわかったのは、彼の心臓はもう止まっているという事と、何らかの外的要因によって目を覚まし暴走を行うだけの屍になっているという事。

前例が無かった訳ではない、死から蘇る伝承はいくらかある、しかしそれらはすべて神様の慈悲、もしくは気まぐれによるものだ。人と神は根本的にすべてが違う、それを真似できる謂れはないし、もしそんな事が人の身で出来るのならこの世の理は崩壊する。

もう死んでいるとわかった時点でその結論には達していた、それでも諦められず2ヶ月を消費した、彼の魂が苦しみ続けているのを知りながら。

結局手に持ったのは武器だった、妖刀まがいの赤い刀身を持つ短刀と、銃身を限界まで切り詰めたダブルバレルのソードオフショットガン、先程のミサイル含めて、すべて人から貰ったものだが。

彼を解放する手段はたったこれだけ、出来る筈がないがやるしかないのだ。だから何も考えない、嘆くのは終わった後にしようと、

そう思っていた。


「小毬……?」


目が合った瞬間、全身が凍りつく。

彼は水晶のような翼を折られ、法衣を着た傷だらけの体を庇いもせず、刃渡り60センチの打刀(うちがたな)を杖代わりに立ち上がろうとしていた。生命活動を止めている以上、付いた傷が癒える事はない、無差別に人を襲い続け既に満身創痍となっていた彼の目には、もう誰かを認識する機能など無い筈なのに。


「ぁ……!」


彼は確かに自分の名前を口にした、一息に息の根を止めてしまおうと走り寄った足が止まる。正気に戻ったとかそういう事ではない、地面から膝を離し立ち上がった彼は刀を右腕1本で構え、だらりと垂れ下がった左腕には目もくれず、苦悶の表情で小毬を睨み付ける。

考えないようにしていたものを考えてしまった、ただそれだけ。


「づ……ああああああああ!!」


一本歯の下駄がガチリと鳴る、刀の切っ先が小毬を向く。


「っ…!」


血でコーティングされた短刀を合わせるように振り抜き、刃を合わせ。


「痛い…ぐぅ…!痛いぃ!」


途端に鐘が鳴った。

ゴォン!と重く響き渡る、空間を丸ごと揺さぶるような衝撃波が彼を吹き飛ばし、使った力の分、切っ先から数ミリだけ、ペンキが剥がれ落ちるように刀身が赤から銀に戻った。右肩から左腋を通してたすきのように回していたスリングベルトと1箇所だけで接続するソードオフを左手で掴み、引き金に指をかけつつ彼に突き付ける。受け身を取れず転がった彼はすぐに立ち上がり、もはやそれしか出来ないのか、ひたすらまっすぐ突進してくる。


「嫌だ…!嫌だ嫌だ!」


横並びに2本ある銃身から1発ずつ、僅かに間を置いて12ゲージショットシェル、その内部に詰められた鉛粒が拡散しつつ発射された。1発目は彼の右脇を掠め、2発目は左に逸れる。

片手撃ちだから外した、とかではない、恐らく無意識に直撃を避けてしまった。


「ぅ…!」


今すぐ手を止めて、そのまま斬られてしまいたいと強烈に思う。元々死ぬはずだったのは自分だ、正しい位置に戻るだけ。

だが、死んだ所で彼はもう戻らないし、それでは守ってもらった意味が無い。

自分が生きる事を望んだならば、諦める事は許されない。


ソードオフを手放し両手で短刀を握り締め、横薙ぎにされた刀を受け止める。やはり大きく衝撃波が発生し彼を押し返すも、吹き飛ばされることなく踏みとどまった。2回3回と打ち合い、その回数分メッキが剥がれていく。4回目で鐘を鳴らすのに失敗した、刃同士が金属音を立て、刃こぼれを起こし、ギチギチと押し合いが始まる。


「痛…は…!…ご…こま…り…!」


「あ……あぁ…」


やめてくれ、

何もできなくなってしまう。


「い…き…!」



押し飛ばされ、刀が体に突き刺さる直前。


「生きてくれ…!」


彼は絞り出すようにそう言った。


「ぁ…ああああああああッ!!」


一際大きく鐘が鳴る、彼の体が吹き飛ばされる。

胸にぶら下がるソードオフに左手をかけ、銃身根元を折って、振り回す事で空になったショットシェルを追い出した。短刀を持ったまま右手でスリングベルトのシェルを1発引き出し、叩き付けるように装填、折った銃身を元に戻して、力の限り走り出す。


「ぐ…うぅ…!」


十数メートル後方に着地した彼の元まで一息に距離を詰め、上から短刀を振り下ろす。

一気に短刀の刀身が銀色に戻った代わりに刀の刀身が粉微塵になる。


「づっ!」


柄に僅かに残った欠片が小毬の腹部に突き刺さり、焼かれたような痛みが走ったが、それを無視してソードオフを突き付ける。重たい銃声が鳴って、彼の足に鉛粒が叩き込まれた。動きが止まり、仰向けに崩れ落ちて。


「だあああああああああッ!!」


単なる刃物に戻った短刀が、その胸に突き立てられた。


「……あ…」


倒れた彼の上に馬乗りになり、胸に刺さる短刀を握り締めたまま、

そうしてようやく、視界がぼやけ始める。

彼の体は冷たかった、血は出ず、最初から死んでいた事を裏付けるように、冷めきっていた。

まだ完全に動きを止めてはいない、右手の指がピクリと動く。しかしそれだけだ、この体は急速にこの世から消え去りつつある。全身から黒い霧が立ち上り、その分だけ透けていく。

終わった、終わってしまった。


「ごめん…なさい……」


ぽたりぽたりと涙が落ちる、2度も救ってくれた彼の胸に。


「ごめんなさいごめんなさい…!」


どれだけ謝った所でもう意味は無い、それでも口から言葉が溢れる。


その頬に右手が触れた。

冷めきって、完全に死んだにも関わらず、動き続ける手のひらが。


「小毬……」


「ぁ……」


さっきまでとは違う穏やかな声に、両目を見開き、その右手を自らの左手で包み込む。


「いいんだ…悔いはない……」


戻った

今になって


「君が無事なら…なんだっていい…ただ…最後にこんな役を押し付けた…それだけが…!」


「そ…そんなのどうだって…いいデスよぉ…!」


うまく呂律が回らない、溢れる涙が邪魔して顔すら見えない。


「私のせいでこうなったのに…結局何も…!」


右手の感触が無くなる。

彼の姿が消えていく。


「じゃあ…ひとつだけ聞いてくれ……もう、俺の事は気にするな……」


「え…?」


「後ろを向いてちゃ前には進めない…全部忘れて…生き続けろ……」


「そんな…どうやって……」


「もう泣くな…笑ってくれ…お願いだ……」


「っ…ぅ…!」


唇を閉じても出てくる嗚咽を漏らしながら、無理矢理口角を上げて笑顔を作る。


直後に、突き立てられていた短刀が地に落ちて。


「そのまま…何があっても笑い飛ばせ……」


何もかもが霧へと変わり。


「そうすればきっと…………」


彼の姿は完全に消え去った。


「う……うぅ…!」


もう何も無い、刀も一緒に消えている。それでもしばらくそこを見続けた後、意を決したように勢いよく立ち上がった。

自分の顔が今どうなっているか見当もつかないが、飛行船のエンジン音と、コツコツという足音が近付いてきて、気付くと同時、咄嗟にシャツの袖で涙を拭き取る。


「……ハンカチ使う?」


「泣いてません!」


「いやいや……」


「泣いてませんん!!」


「……そう」


青い髪の狐が短刀を拾う、それを少しだけ眺めて、僅かに息を吐く。

そして小毬の頭に手を乗せ、優しく笑って


「傷の手当てをして、そしたらお墓作りましょうか」

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