第41話

まず畳の上に和紙が敷かれている、縦横1メートルほどある正方形の和紙である。そこには墨を用いて大量の文字が書かれており、和紙中央を上にするように円形に書かれている為、ぱっと見ではスポーツクラブの寄せ書き、もしくは一揆の名簿に見えた。そして和紙の中央には短刀、刃渡り30センチちょうどある刀が置かれている。反りの無い、地肌の模様が木材の表面に似た柾目肌(まさめはだ)、刃紋が直刃の刀身で、柄は外され脇に退けてあり、普段は柄に納まっている部分である茎に鏡山(かがみやま)とだけ切られている。

本来ならば銀色でなければならないその刀身は現在、上から降ってくる血液によって赤く染められつつあり、その様子を日依がじっと眺めていた。


「え……何これ?」


「お前の力の一部を移し取る作業」


どっからどう見たってあやしい儀式そのものな訳だが。

和紙の横に立ち、右手を突き出して、指に付けた傷から自分の血が流れ落ちていくのを見ながらスズが言い、間を置かず日依が返す。

刀身にまんべんなく血が落ちたのを確かめてから指にガーゼを当てて止血、染み込むのを待つかの如く日依は刀身を眺め続け。


「今のところ、お前の戦闘能力のうち9割は先天的に身に付いていたものだからな、その力の発生源は血にあるという事になる。だからこうして血でコーティングしてやれば……」


刀身の上に手を添え、切先から茎へと移動させていく。

その後、血痕のまだら模様は消え、色味を吸収したように刀身は真っ赤に染まった。


「よし。このメッキが剥がれるまでの間ながら、この刀は誰が使ってもお前と同等の攻撃力を発揮する訳だ」


「それ何に使うの?」


「イイコト♡」


「…………まぁいいけど」


傷を付けた指に絆創膏を貼っている間に日依は赤い刀身を柄に納め、目釘を差し込んで固定した。見た目は完全に妖刀であるが呪いの類は一切使われていないので安心して欲しい、なんて言ってもたぶん信じる人はいないので、更に鞘に納めて刀身を隠し、布製の袋に入れる。


「んで、お前もお前で武器を探してるようだな」


少し血の付いた和紙を畳みながら、スズの顔に視線を合わせ、笑う、にやにやと。


「あの鴉天狗、相良くんに、自分でトドメを刺すためか?」


「そうだけど」


「何のために?」


和紙をゴミ箱に突っ込む、短刀はひとまず机の上へ。


「音速の2倍以上の速度で飛ぶ金属の物体に体当たり喰らって即死しない人間なぞいないだろ、しかも聞いた話じゃ命中後に爆発するおまけ付きらしい。そんな準備が必要とは思えんね」


「……」


「恨まれるつもりか?」


余計な事を言うなと意味を込めて睨む、それでも日依は笑い続ける。


「彼が討伐された後、小毬は間違いなく自棄になるだろう、自殺にまで至るかもしれない。だがまぁ、確かに仇のひとつも出来れば、少なくとも絶望するのは後回しになるだろうが」


「何も問題はないでしょ、あたしが殺されなきゃ絶望する時は来ない」


「理屈は合ってるな、狸風情に遅れを取る言われもない。だがなスズ、他人への憎しみを糧に生きるなんて、そんな人生にどれほどの意味があるのかね」


「わかってる」


「そしてそもそも、小毬がお前を恨む事はない。大した理由もなしに思いつきで虐殺を始めるゲスですらどうでもいいと言い切ったんだぞ?」


「わかってる……」


「ふふん。武器探しはひとまず必要だとして、この件に関しては見てるだけにしておいて欲しいな。他人の事を考える前に自分の事をまず考えろ、クーデターを起こして政府を正そうなんて、なし崩しに話を進めちまってるが、”どうせ決心なんて付いちゃいないんだろ?”」


「…………」


「まぁそれに関しちゃ好きにすればいい、誰も止めはせん。私がお前を裏切る事はないが」


返答せず、笑う日依に背を向け戸を開ける。


「後悔するなよ、お義姉(ねえ)ちゃん」


「ち……」


媚びたような声を最後に、苦虫を噛み潰した顔をしながら部屋を出た。


廊下は静まり返っている。日依は今見た通り、部隊の編成があるからと雪音は港に入った三笠へ行ってしまい、従業員も最低限。外では太陽が水平線に沈み出しており、オレンジ色に染まりつつある。朱雀亭のみならず辺りの旅館すべてが似たような有様であるため、さながら田園地帯の真ん中に放り出されたような気分。

黒ずんだ、軋む床を歩いて玄関の方向へ。アリシアがいるのはその先にある部屋だ、あれからずっと部屋にこもって遺物をいじっており、尋ねれば会えるはずである。

近付くと物音が聞こえてきて、玄関から差し込む光に照らされる戸の前に立つと、なんというか、ドスンバタンみたいな感じの。


「アリシアー……うおっ!?」


3回ノックし、その後戸を開ける。

その直後、スパーーン!という気持ちいい音を立てて押し入れの襖(ふすま)が閉められた。


「何かご用でしょうか」


「え、どしたの?」


「何がですか?」


白い襖を押さえるように両手を広げたまま背中を貼り付けるアリシアを見、次にビニールシートの上で散乱する機械部品を見る。

ヘルスティングミサイルを構成するパーツ群のうち改造を施されているのは筒の中に入っていた飛翔体のみであった。筒から引き出された棒状のそれは白い外観で、折りたたまれた何枚かの羽を持ち、先端部分には目玉のようなカメラを備えている。その目玉は取り外され、中から何か白い円柱形の塊が抜き取ってあった。


「えっと…順調そうだね、訳わかんないけど。この白いのは……」


「爆薬です」


「おぅっ…!」


「心配の必要はありません、信管を通して着火しない限りは単なる燃料ですので」


襖から離れ、しゃがんで円柱をひょいと持ち上げるアリシア。おいおいおいと言いながら目で追い、テキトーにぽーいと放り投げられたそれを更に追っておいおいおいおい!と叫ぶ。

何かおかしい、時折強烈な毒舌を使うのは周知の事実だが。


「……これを使うのはいつ頃になりそう?」


「彼がいつ出現するかが不明なので私からは何とも」


「だよね」


ちらりとスズの顔を見て、とりあえずといった風ながら爆薬が詰まっていたスペースにお手玉みたいな布を詰める、中身は砂のようだが。


「あれ、爆薬抜いちゃったら爆発しないんじゃ」


「スズ」


「うん?」


「疲れているでしょう」


「う、うん?」


「牢屋に1泊しロープウェイから落下し頂上近くまで行ってきたのです、疲れていない筈がありません」


「えええ……」


「休んでください、深夜に突如として出現する可能性もあるのですから」


有無を言わせず立ち上がったアリシアに背中を押されて部屋から出る、向こうの部屋に着替え置いときましたと言われ、わかったわかったと促されるままそっちへと歩いていく。


「脱いだ服は畳んでおいてください」


「わかってるよ」


「寝る前の歯磨きを忘れないように」


「わかってるって、お母さんか」


「誰がお母さんですか」

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