第33話
そこは大樹の枝に穴を開け、内部を四角くくり抜いた場所だった。キツツキが作った巣穴と言われればそんな感じで、人間的に言えば地下室という表現になるだろうか。
横4メートル、縦6メートル、高さ3メートルで壁、床、天井はニス塗り。室内には木製ベッドがひとつと、それに組み合わせる布団一式、天井の照明。付け加え急遽用意されたちゃぶ台と、今座っている座布団、置き時計がある。ちゃぶ台の上には白い、ざらついた手触りの湯のみが置いてあり、緑茶が湯気を立てている、時計の短針は6と7の間で、今は午前。
「…………」
湯のみに左手を当て、塗料の質感を確かめるように指を動かしながらスズは廊下側を見る。そこではこちらに背を向け、車輪の付いたカートに乗る食器を片付ける女性がいた。身長はスズと同じくらい、ベージュの髪を結び目が大きくなるようにゆるく三つ編みにし、緋袴(ひばかま)、正真正銘の巫女服を着ている。片付けているのはスズに出された朝食だ、白米と、豆腐と油揚げの味噌汁、里芋の煮付けに春菊としめじの和え物、主菜は鮭の切り身、普通である。昨日の夕食の主菜は何故か鯛だった、何がおめでたいのか不明だったが、いきなり食事を用意しろと言われ慌てて作ったらこうなりました、という事だろう。味は良かったが些か疲れた、夕食をマナーなんぞ知るかとばかりに庶民的な食べ方をしたらものすごい悲しそうな顔をされたので、仕方なく朝食はきちんと食べた結果である。
窓が無い為外の様子はわからないが、今頃は日の出も終わり明るくなっているだろう、ここに入ってからは14時間をもうじき超える。
「それで、いつまでここにいなきゃなんないのさ」
「えっと……獲物が餌にかかるまで?」
「餌……」
スズと彼女、部屋と廊下の間には仕切りがある、家屋の骨組みに使われるような太さの木材を幅20センチくらいの隙間ができるように縦横に組み合わせた格子である、一般的に”牢屋の柵”と呼ばれる、というか牢屋の柵以外の何物でもないそれは内部から見て左端に扉が設けられ、現在は開け放たれている。ここは牢屋だが、あそこが閉められていない以上意味を成していない。
「伯様(はくさま)が言うには敵をはっきりさせる必要があると。瑞羽大樹の瘴気から始まる一連の騒ぎを起こしたのは誰か、それに従っているのは大内裏のうち何人か。姫様の”お迎え”から聞き出そうとしているようです」
片付けを中断し、日依の秘書役はスズに向き直った。笑顔を作ってはいるが、何というか、色々苦労してそうな顔である。
「……うちのアホオヤジが行方不明ってのは?」
「はい、あの三文芝居の最中に伯様が言った事はすべて事実です。知らせが届いたのは一ヶ月前、第6艦隊離反の直前でしたので、実際に行方が知れなくなったのはその2、3日前でしょうか。瑞羽大樹で瘴気が発生した時には確実に居たので、そこだけは陛下の仕業という可能性も残っていますが、伯様は陛下が黒幕だとはそもそも考えていないようです」
「まぁ…考えてみればあの下半身の欲求を満たす為に人生の半分捧げてるような奴がこんなややこしい事思い付く筈がないし」
「かっ……うわぁ聞きたくなかったぁ……」
秘書がうなだれるのを見て乾いた笑いを漏らし、目を離して湯のみを握って口に当てる。
「まったくあの人は…護符も結局全部私に作らせるし……」
その秘書の役割を完全に逸脱しているような呟きを聞き、ぴくりと手を止めた。一度口を離し、目線を再び三つ編みの巫女さんへ。
「君が香菜子(かなこ)ちゃんか!」
「へ?」
きょとんとした顔を見た直後、カツカツと階段を降りる急ぎ目の足音が聞こえてきた。
「……あ…」
それに気付き巫女服の秘書、香菜子はハッと顔を階段に向け、スズは湯のみをちゃぶ台に戻し眉を寄せる。
「……どこ行くつもりです?」
「遊びに」
「ちょっと!」
間も無く現れるキャミソールとスカートをマントで隠した赤い狐、からかうようにニヤつきながら牢屋の中を覗き込んだ。
「なるほど、なかなか似合ってる」
「ケンカ売っとんのかワレェ…!」
けらけら笑いつつ日依は牢屋に入る。扉の横に立ち右手の親指で背後を指し示した、外に出ろというジェスチャーらしいのでスズはようやく転身を解く、キンと鳴ってパーカージャージに着替え終え、帽子の位置を直しながら立ち上がった。
「釣れたの?」
「いやまだだ、しかし状況が変わっちまった」
困ったように左手を頭に添え人差し指を上下させる日依、それを見ながら湯のみを持ち上げ中身を一気飲みし香菜子へ渡す。
「お前をここに入れたのは皇天大樹の監視を逃れる為だ、年単位で入れ替わりはあるが100人内外の部隊が常に居るからな。この大樹で一番偉いのは書類上では私、次に最高責任者である樹長だが実際には違う、連中がどんなアホをやろうと私達には文句を言う権利すらない。この斎院にも好き勝手出入りされてしまう以上、姫様をとっ捕まえたと報告するに当たって牢屋に本物を入れておく必要があった」
柵に寄りかかり、腕組みしながら日依は話す。
要は、嘘をついてるとバレたらまずいので可能な限り本当っぽく仕立て上げたという事である。実際、日依がスズに加担しようとしている事実は当人達を除けば香菜子しか知らないようだ。昨夜ここにやってきた副長官が涙と鼻水で顔ぐっちゃぐちゃにしながら『まさかこんな事になってしまうとはぁ!!』とか言われた時はどうすりゃいいかわからなかったし。
「しかしながら、知ってる通りここに奴らは来なかった、そしてお前が乗ってきた飛行船に攻撃をかけてあっという間に返り討ちにされた」
「えっ」
「お前の事なんぞどうでもいいと思ってる節があるな。飛行船を攻撃した理由は不明だ、”権力を持った幼稚園児が何を考えてるかなんて誰にもわからん”。ああ、被害は微々たるもんだ、死人が出たのは確かだが」
笑ったままながら、そこだけ口調を変え、吐き捨てるように言う。
「残兵力はおよそ30、100人で攻めて勝てなかったんだから、諦めないなら間違いなく増援を呼ぶだろう。人んちの庭でパーティーをおっぱじめられても困る、よってジャミングで電波通信を塞いだ。自然の電波障害っぽく偽装してはいるが、うまく騙されてくれるかは正直もうわからん」
「…………じゃみんぐ」
「次会う時までには機械オンチ治しとけっつったろうがっ…!」
一瞬、ニヤけ面を止めて泣きそうな声を出しつつうなだれた。溜息ついて、仕方ないと顔を上げ直し。
「……とにかく、この大樹の中で何が起ころうと皇天大樹にいる連中は知る術がないって事だ。こんなところで引きこもってる事もない」
日依は牢屋から出る、追ってスズも柵を越えた。
「何かやりたい事は?」
「つってもここ居心地悪いし……ぁ」
うっせえとか言われながら鳳天大樹に到着した直後の事を思い出す。
気になる一悶着があった、食器を片付け終えカートの横で待機する香菜子の前で立ち止まり日依の肩をつつく。
「狸いるでしょ」
「む……いるぞ、1人だけな。もう知ってたのか?」
「向こうがちょっかいかけてきたの」
「なるほど」
納得したように頷いた、やはり色々知っているらしい。
「あれは何なの?」
「ドン引きするくらいくだらないが話すと長い。まぁ暇潰しには良いか、歩きながら話そう」
マントのフード部分を頭にかぶせ顔を隠しつつ階段に向かうのでそれに付いていく、半日ぶりの外である。
が、その前に香菜子に引き止められ。
「その前に向こう方へ連絡した方が良くないですか?」
「なんで?」
「なんでって…他の人はお二人みたいに阿吽の呼吸で行動なんてできないんですから」
なんのこっちゃわからないという顔をする両名に、やれやれという顔を返しながら。
「間違いなく勘違いされてますよ」
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