第21話

-瑞羽大樹沖北16km地点、巡洋戦艦 比叡ひえい艦橋




今更ながら思う、まったくもってつまらぬ人生であった。

皇天大樹がまだ東洋のど田舎大樹だった59年前に貧しい漁師の家に生まれ、7歳までのほとんどを海上で過ごした。義務教育が真の意味で義務でなかった時代、決して安くない学費を払って学校に通わせてくれた両親には心から感謝したし、そのおかげで成長著しい海軍に入れた事にも誇りを持った。周辺の大樹を併合し、西洋軍の侵攻を食い止め、今のこの静かな海を作り上げた自負もある。借りを返す前に両親は嵐に巻き込まれ船ごと沈んでしまったが。

軍とは正義であらねばならないと考えていた。民が抗いようのない絶対的な力はそれを守るためだけに存在しなければならない、それが天災であろうと関係無い、両親のような犠牲者も、残された者の悲しみも、すべて等しく撲滅されねばならないと、そう考えていた。

大内裏の腐敗が始まったのはその頃だったろうか。

敵がいなくなる、とはこういう事なのか。急速に西洋の屑共と同じ事を考え、同じ事をし始めた政府には当然の如く反発した。その時人質に取られるような家族さえ持っていなければ”こちら側”にはいなかったかもしれないが、それはもうとうの昔に終わった話だ。

政官達を祀り上げ、賛同する者を囲い込み、そうでない者を弾圧し、時には無垢な民衆へ砲弾を撃ち込んだ。腐った連中の元で生きる日々の中、何かの感情がすり減っていくのは感じていた。長い間それが何なのかわからなかった、エンジントラブルにより漂流してきた民間漁船を、涙ながらに命乞いする無線に聞く耳も持たず撃沈した時になってようやく気付いた、悲しみ方を忘れてしまったのだ。もはやそれがどれほど致命的な事なのか頭の片隅にも浮かばなかったが。

もはや何も変わらない、思想も、やる事も。友軍艦艇を1隻残らず撃沈しろと命令された時も、あそこに浮かんでいるボロ船が沈んだ後、民間人を1万人ほど殺してあの大樹に恐怖支配を敷こうとしている上陸部隊が背後に控えている事も、ただ一つとして疑問を抱かない。殺せと言われたものを殺すのみだ。

例えそれがかつて、命をかけて守りたいと思ったものであっても。




『私は皇天大樹の守護者!天照あまてらすより血を引く者!伊和天皇が側室の子!第一皇女!鈴姫すずひめだ!」


経済速度でのんびり航行しながら、第2艦隊派遣、第1特務艦隊指揮官、高水たかみずはその音声通信を聞いた。


『お前達は何の為にここへ来た!何の為にそれに乗った!友を殺す為か!?違うだろうが!』


「全艦へ告ぐ。我々の指導者は陛下、及び第一皇太子木間殿下のみである。アレの言う事に意味は無い」


戦艦1隻を無力化した、残り1隻、いかにかつての連合艦隊旗艦といえども今となっては少し大きい砲を積んだだけの鈍足艦だ、無意味に距離を取り続ける事もない。第一戦速、水雷戦隊の先行を指示する。

軽巡洋艦1隻、駆逐艦8隻が一列に並ぶ単縦陣を左右にひとつずつ作り上げ、残った軽巡2隻は比叡の背後に並んだ。比叡はこのまま直進、ふたつの水雷戦隊によって挟み込み袋叩きにする。場合によっては魚雷も使用しなければならないか、このままではおそらく。


『民を守る者を兵と言うのなら!今のお前達は兵ではない!ただ殺して回るだけの賊でしかない!それに気付いているのなら今すぐこれを止めろ!』


「繰り返す、今のアレに権威は無い。正室の男児が生まれた今、無用な混乱を引き起こして消えた、直ちに消し去るべき朝敵である」


『こちら駆逐艦 矢風やかぜ、異議を申し上げます!例えどんな過去をお持ちだろうと皇女様である事に変わりはありません!』


始まった、と高水はただ思う。

戦闘をやめろだと?貴様が今ここで何を言おうと戦闘が収まる事はない。

どうせ気付いていないのだろうが、貴様のそれはまったく別の意味を持つ行動なのだ。


『それにこの作戦自体、クーデターを企てる逆賊とはいえ降伏勧告もせず攻撃するなど……戦闘停止のご検討を!』


「艦長」


「副砲照準、目標、矢風」


『っ!?一体何を!』


「撃ち方始め」


主砲発射時より幾分静かな砲声が連続して響く。

右側の水雷戦隊、単縦陣の後方にいた駆逐艦へ副砲弾が突き刺さり。

喚き声を上げる事もなく、矢風は海中へ没していった。

















-第6艦隊、三笠艦橋




味方からの砲撃を受けた駆逐艦は沈んでいく。あの艦が何を言ったせいでああなったかは聞いていた、突然無線に音声が届いたのだ、発信源はなぜか瑞羽大樹だったが。

急速に傾斜する敷島の艦首にワイヤーがかけられ、複数の駆逐艦と繋げられる。曳航し浅瀬に座礁させろと命令した結果だ、まもなく移動を始めるだろう。


「くそ……いっつぅ…!」


「姫様!」


崩れ落ちかけるスズの腋を抱えて抱きとめる。相手の艦隊を睨み付けるスズを見て、それから同じ方向へ視線を移す。

3つの部隊にまとまり、こちらを仕留めんと接近してくるそれは陣形を乱しつつあった。戦艦はそのまま、こちらから見て右側の部隊は明らかに童謡し。

攻撃を受けた左の部隊は、加速しつつまっすぐ向かってくる。

ひたすらまっすぐ。


自分で考えた事でもなく、無意識の内に行われた賭けであったが、勝ったと雪音は確信した。


「……ありがとうございます」


「ぇ…?」


僅かに笑みをこぼしながら、相手を、敵を見据え。


「これで我らは戦えます」


言った途端に、無線機が声を上げる。


『こちら、皇天大樹第2艦隊、軽巡洋艦 球磨くま。民間人を虐殺する作戦を立て、友軍を砲撃し、あまつさえ僚艦を撃沈するような指揮官に、これ以上従う事はできない!』


それを聞きながらスズを艦橋内後方へ、艦長自らが慌てて用意した椅子へと座らせる。開いた口が閉じていない、今自分が何をしたかわかっていないのだ。


『我々は姫様をお守りする、同意する艦は我に従え!』


『停止せよ!さもなければ撃沈する!』


それは見事に動き出した。

こんな所でぼけっとしていられない。


「離反した味方部隊と合流する!艦隊!前へ!」

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