第13話
瑞羽大樹の滑走路に到着してすぐ、防衛隊の更衣室を借りたスズはいつものパーカージャージに着替えてしまった。朝に着替えを持って出発した時は家まで待てんのかと思ったが、状況を見るに正解だったようだ。前回の騒動とは無関係な坊さんを除き、一行は解散せずに滑走路を横断していく。その先には巨大な硬式飛行船が止まっていて、船体にぴったり張り付くタイプのゴンドラから階段が伸びている。
「なんであんなもん着なくちゃなんないのかねぇー」
肩をほぐすように回しながらスズが言う。神様をおもてなしするなら相応の格好をするべきだ、というのが正解だが、どうせわかって言っているのでアリシアは黙って歩を続ける。
「今更ですが、先週の戦闘時に着ていた服では駄目なのですか?とても動きやすそうでしたが」
「あーあれは天狐の衣装をアレンジしまくったもんで儀式用途にはー……」
なんて何気なく言ってみたら、あんまりにも自然だった為にそのまま回答しようとし、その後勢いよく肩を掴まれ。
「え?見てたの?どこから?どうやって?」
「スズ、言おうと思っていたのですが、あなたは私の観測機器性能を過小評価しすぎています」
飛行船のすぐそばまで達し、先頭を歩いていたセディが立ち止まる。ゴンドラの後方に見えていたハッチのようなものは本当にハッチだった、何を出し入れするのだろうか。
「……んで、話を聞きたいっつったって、こいつらは一体どこの誰なの?」
「皇天大樹海軍のようです、第6艦隊第12航空船と名乗っていました」
「皇天?」
「はい」
「…………え?」
「気付いていなかったのですか?」
巨大な船体の右側には皇天大樹のものだというエンブレムが描かれていたが、現在は左側を向けて繋留してある。さっき見た時は腰を抜かしてあわあわ言うのに必死そうだったし、そういえばあれから一度も話題に出ていない。
聞いた途端にまず唖然とした顔をし、階段の先からカツンカツンと音がしたあたりで我に返る。やっべと微かに呟いて、キャスケット帽のツバを引っ張って顔を隠しつつ後ろに下がってしまった。
飛行船から降りてきたのは青色の長い長い髪の、体の起伏が豊かな女性だった。まず肩が出ている、ベアトップのような胸から上に何もない形状の服なのだが、素材は藍染の織物で、上半身の部分はボタン留め、腰に黒の帯を巻いて、下半身は通常の着物と同じ。その奇妙な和服の上から黒地に白のラインが入った羽織を着ているのだが、わざわざ半脱げの状態にしているのでやはり肩は出ている。
そして最も重要、青い髪から伸びる三角形の青い物体ふたつ。狐耳である。
「お久しぶりですわシスター、ああ今は牧師だったかしら」
「あらぁ、
「ぅ……私用ならともかく、公の場でちゃん付けはいい加減やめてくださる?」
「あら、もうそんな頃だったかしら。今は……15歳くらい?」
「24です!何年前の話してんですか!」
「そうなの?だって
「しました!手紙送ったでしょ!棚の中ちゃんと整理して!!」
なんというかこのシスターは怖いもの知らないな、と思いつつ、なるほどあの痴呆ボケにはああ対応すればいいのか、とも思う。ひとしきりやって満足したシスター、うふふと笑って視線をアリシアへ。後を代われ、という意味らしい。
「先の事件に関する情報を求めている、という事でよろしいでしょうか」
「はぁ……そうよ」
雪音と呼ばれた狐の女性は溜息ひとつ、髪をさらりとやって表情を戻した。よくよく見ると羽織に階級章が付いている、大きめの星がひとつだけ。
「でもほとんどは既に理解しているわ、知りたいのは、この石をどうやって破壊したのか。並の人間には近付く事すら出来ないはず、触れられたとしても壊すなんて絶対に不可能ですわ。これはそれほどのものなの」
例の黒曜石を差し出してきた。それを受け取って少し眺め、とりあえずポケットへ。
どうやって、と言われてもやり方を知っている人間は1人しかいない。ちらりと背後を見てみる、スズは遥か後方、相変わらず顔を隠していた。
「あの子がやったの?呼んでくださる?」
「……スズ、呼ばれています」
明らかにおかしい、ひとまず名前を呼んでみたものの、やはり寄ってこようとはしない。
「……人材に恵まれていないようね、シスター?」
スズはおかしいがセディはいつも通り、ただただ微笑んでいるだけかと思っていたが、もしかして彼女はすべて知り尽くしているから微笑んでいるのではないか、そんな気がしてきた。そんなシワだらけの顔を眺めていた雪音、不意にピクリと何かに気付き。
「
雪音の視線が再びスズへ向いた。目を細めてじっと凝視を始め、そのまま数秒。帽子を深くかぶったままのスズはちらりと、片目だけをこちらに見せ。
睨んだ?
「っ!」
びくりと雪音が震える、視線を逸らす。
「わかったわ……もう結構です」
「よろしいので?」
「ええ、そちらから何か質問は?」
急によそよそしくなってしまった、わからないことだらけだ。とりあえず質問、と言われたので少し考える。どうして調べにきたのかとか、飛行船のハッチは何なのかとか、まさか浮力は水素じゃないよなとか、まぁ色々あったが。
「…………その服装は何か意味があるのですか?」
「え、そこ?そこなの?」
「はい」
正直、最も気になるのはそこだし。
「これは
「つまり制服という事ですね、わかりました」
以上です、とセディを見る。ちょうどその瞬間に、いつの間にか階段をしまった飛行船が大樹との接続を切って離脱を始めた。
「積もる話もあるし、雨が降り出す前に私の家へ行きましょう。今日は泊まるのよね?」
「ぇ……」
ああ、これから朝までボケまくるつもりなんだな、と察し。エールを送るべくアリシアは親指を立て。
「ご健闘を」
「お黙りなさい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます