四章⑧ 崩壊2――連鎖
ページを開いた瞬間、心臓がばっくんと鳴った。
印刷された写真は粗いがまちがえようもない、ヴィーナとサクヤだ。雑誌をすばやく戻したサクヤは、電動車椅子を動かすと逃げるように書店をあとにした。
だれがヴィーナのことを?
サクヤは自問していた。
ヴィーナが侵入警報を鳴らしたあの日、遠巻きに見ていた生徒はいた。だが、あの距離からはよく見えなかったのではないか? ならば自警科……おそらく、ビンゴだ。彼らは間近でヴィーナの水着姿を見たのだから。
男勝りの身長。起伏に富んだ体型。輝く金髪……珍しくはあるが金髪も銀髪も存在する。早い段階で成長を止めた女子生徒にも、発育のよい者は多くいた。
けれどこれらの特徴すべてを持った者はこの街にはそういない。九年前の惨状を知る者なら、気づいてしまう可能性はあったのだ。
ヴィーナが異街人、それも参番街の出身だと。
『驚愕!! 殺人ミコトの付き人は参番街の人間だった!?』
立ち寄った書店の棚に信じられない見出しを発見したサクヤは、写真まで載っていることに驚き、そしていま探している。一緒に写っていた者を。
ショッピングモールなどに来るべきではなかった。めっきり外出しなくなったサクヤを気づかったのが理解できたから、こうして無理をして来た。
けれどもうだめだ。
サクヤの気分などではない、ヴィーナが危険なのだ。
「ありゃ、本屋さんじゃなかったの?」
最速で車椅子を回転させると、駄菓子が詰まった袋を持ったヴィーナがそこにいた。胸をなでおろすことをあとにしてあたりをうかがう。行きかう制服姿がこちらを見ている気がしてならない。いや、たしかに見ている。
突然の大音響。とびあがりそうになったサクヤの背後に大きな画面があった。
広告用の巨大ディスプレイを人々は眺めていたのだ。
「急いで帰りましょう」
「えー、来たばっかじゃん」
「帰りたいの、おねがい……」
サクヤと駄菓子袋を交互に見つめたヴィーナは、ため息一つで折れてくれた。
ふたたび動きだそうとした車椅子がぴたりと止まる。一刻も早く去りたいサクヤをこの場に留めたのはアナウンサーの声だった。大画面は報道番組を映している。
《六区内壁の循環路から、女性のバラバラ死体が発見されたニュースの続報です。自警科の発表によると遺体には生活反応があり、被害者は外海から取水孔に吸い込まれたあと、生存した状態で循環路のスクリューに巻き込まれた可能性が高いとのことです。低温水域の航路が続いたため死亡時機の特定は難しく、死後一週間から一ヶ月ほど……》
外殻の修理作業者が巻きこまれた? 浸水事件の関係者であるサクヤは、アナウンサーの言葉を待った。最近の出来事なのだろうが、あれ以来テレビなどまともに見ていない。
《たったいま速報が入りました。DNA鑑定の結果、遺体は異街の人間、高い確率で参番街の人物であろうと自警科の発表があった模様です。繰り返します》
ざわ、と空気が揺れた。
「いま参番街って……死んじゃったひとって、私の――」
「黙って」
ヴィーナを制したサクヤは、うかつな一言を誰も聞いていなかったことを確認した。
続くアナウンサーの声はコメンテーターを紹介するものだった。画面に映った男は自警科の増強論を喧伝してはばからない、かつて生徒会の重鎮であった人物だ。
《死亡した人物はソナーに反応しない素材で作られた、小型潜水艇のようなもので接近した可能性があります。こんなことはですね、街の航路を予測して待ち伏せしなければできない……由々しきことですよ、個人でどうこうできる話ではありませんから》
《つまり参番街が関与していると?》
《外殻に取りついたということは、偵察や挑発を超えています。侵略、そう申し上げていいでしょう。これは参番街という国家による侵攻──》
番組に吸い寄せられていた人垣が騒ぎ出した。
ヴィーナの腕をつかんだサクヤは画面に背を向けた。例の雑誌を脇に挟んで画面を見入っていた男が、脇を抜けようとしたサクヤたちをみて、おや? という表情をした。
《繰り返しますが、侵略の可能性が高いと言わざるをえません。参番街とは九年間──》
ここからはよく思い出せない。だれかがサクヤの名を叫び、その声がさらなる人を呼び、気づいたときには囲まれていた。
刺激しないよう植物操作の能力は使わず、まっ先にククリに助けを乞うた。自警科に連絡してくれと、面子をかなぐり捨てて頼んだ記憶がある。
きっかけは一人の男子生徒だったと思う。サクヤに詰め寄った男が激しくまくし立てたのをおぼえている。先のガス爆発事故で親しい者がケガを負ったと──。
車椅子が倒された。歩道に投げ出されたサクヤは甘んじて痛みを受けた。向き合わなければいけないのだと、いつかだれかが言っていた。
空気が変わったのは、サクヤが転ばされたことに激昂したヴィーナが男に詰め寄ったときだ。暴れだしそうなヴィーナを背後から別の男が小突き、もみ合いになった。
止めようと上半身を起こしたサクヤの右手が、真横から蹴られた。かばうこともできず石の路面に頭を打ちつけた。痛みをこらえ開いた目に映った世界は踊っていた。
起きようとしても、右腕はあさっての方向に動くだけだった。
その場の全員が、地面でもがくサクヤをあざ笑っている気がした。せりあがってくる吐き気の奥から、ぐゎんぐゎんぐわんと耳鳴りのサイレンが走り抜けていった。
溶けたバターになった世界で、ヴィーナの姿だけがはっきりと認識できた。
とろけた人影と戦っていた彼女は、別の影に突き飛ばされた。手元から離れた傘のようにくるりと回った彼女は、歩道の縁石に後頭部から倒れこんだ。
スイカを投げ落としたような音がした。
鼓膜に焼きついた絶叫は自分のものだったろうか。他人の喉があげたものだったろうか。
サクヤにはわからない。この先をまるでおぼえていないから。
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