四章③ 予言と予兆

 サクヤとヴィーナは補助機関の制御室にいた。

 胸の内では黒い玉が転がり続けている。アキにあやまればよかったのか、それとも叱るべきだったのか……サクヤは答を見つけられないでいた。


 当のアキは視察を終えた下層の副制御室に残り、一人で業務をこなしている。最低限の運転員しか必要としないこの部屋も狭かったが、サクヤが壁に追いやられたのは先客がいたせいだ。

 不快でしかない人物だったが、矛先を向けられることにいまは感謝した。


「こんにちは木村さん。いつぞやの化学兵器はまだ見つからないそうですね。モノ捜しは犬の得意分野だと思っていましたけれど」

「おれは田村だ木花咲耶姫神このはなさくやひめのかみ。性格だけじゃあなく、頭まで悪いんだな」


 自警科の視察はまだ終わっていなかったようだ。ヴィーナは「おひさー」と手をふっているが、いつもの明るさの半分もない。


「元気ねぇなパツキン姉ちゃん。尻尾ふらされるのがつらくなったらおれんトコきな。権力にかじりついて好き放題のだれかさんとちがって、ウチは実力主義だからよ」

「よくわかんないけど、サクヤと一緒なら考えとく」

「オーケーオーケー、おれは広い男だからな。みみっちぃミコトサマがチンケな権利を放棄できたらの話だが……どうするよ?」


 こっちへきてみろといわんばかりに、田村が手のひらを伸ばしてきた。


「生命線と知能線が根元から切れてますわね。失せ物は高値で転売されて、待ち人は一四万八千光年の彼方へ旅立ったそうです。ご愁傷さま、あわれなので見料は結構です」

「ハッ、丸くなったじゃねぇか。ケガで牙まで折れたかよ」

「弱いものいじめは恥ずかしいって、遅ればせながら気づきましたの」


 聞けば田村は海千山千の自警科で、一目どころか三目は置かれる存在だという。

 シンパが多いと耳にしたこともあるし、おそらく事実だろう。そのくらいの気骨がなければ、自分以上の権力を有するミコトにここまで暴言を吐けまい。


「やめよーよ。うるさくしたら仕事してるひとが気の毒じゃん」

「気の毒なのはそちらの姫サマなんだがね。まわりをみてみな、世の中は普通の連中が汗水たらして動かしてることがわかるだろ。そんなことに気づきもしないで、選民思想万々歳のキ印ときた。感謝するんだな、盆栽いじりの力がなけりゃあんたはクソだ。神サマの気まぐれで、排泄物がようやく人間サマと対等になれたんだぜ」


 なんなのだろう。義憤に駆られる気質は以前もあったような気もするが、これまでの田村とはどこか様相がちがう。


「あなた前世でミコトに殺されでもしましたの?」

「ああ殺されたね、部下が二人もな。あの日は、地下街の防犯カメラの立会検査だったんだよ。若い働きアリは、英雄気取りのミコトサマにぺらっぺらのノシイカにされちまった」


 まだうまく動かせないサクヤの左手が、無様な間をさらして握られた。

 田村の口は怒りと笑いの中間の形に歪んでいた。サクヤが即座にかぶったはずの冷静の仮面の下を、この男は見ていたのだ。


「サクヤは助けようとしたんだよ! こんな大ケガしてまで、みんなを助け――」

「ご立派だ、まったく頭が下がる。なんたって十二人も死んだ」


 金髪に彩られた美しい顔を、男がのぞきこむように迫る。田村がヴィーナを超える長身だったことにサクヤははじめて気づいた。


「助けようだぁ? ったりめぇなこというなよ姉ちゃん。まっ黒になって駆けずり回ってた防災科の連中もそう思ってたろうさ。ロープ張って野次馬止めてたウチの奴らだって、気持ちは変わらねぇ。だが、大勢が死んだ」

「サクヤのせいじゃないでしょっ!」

「せいなんだよ。救助活動してた消火隊をよそにやったのは木花咲耶姫神このはなさくやひめのかみだ。ミコトサマの権限使ってな……あの場にいた最高権力者なんだよコイツは!」


 ヴィーナににじりよった田村はゆっくりと右腕をふりあげると、身をすくめた彼女をかすめて背後の壁を殴った。

 ダンッという音に機関科員が一瞬こちらを見て眉をしかめ、すぐに業務に戻った。


「助けようとしましたガンバリましたねハイちゃんちゃんで終わりゃしねぇんだ! 世の中は結果なんだよ。消火隊を勝手に引きあげさせて、勝手に床ぁブチ抜いて、十二人があの世いきだ。それがすべてだ。タラレバなんて串に刺して焼いて食っちまえっ」


 戻した拳へ視線を落とした田村は少しののち、じろりとサクヤを横目で睨んだ。


「首吊ってワビろ、なんて言ってねぇぜ?」

「……どうしろ、と」

「姫サマよ、あんた向きあったか? 真正面から死んだ奴らを見てやったか? スマン許せ、と言ってやったか?」


 沈黙。

 ややあって田村がふんと吐いた息は、これ以上ないという失望の声に聞こえた。


「なによ、なによっ! そっちこそナニサマだっつーの!」


 ヴィーナの声はもう聞こえなかった。会話の隙間をようやく見つけた機関員が書類を持って田村に近づくのを、視界の隅でぼんやりと追っていた。


 なぜ言い返せなかったのだろう。

 力の限りやったんだと、命をかけて救ったのだと。自分がいなければもっとひどいことになっていたんだと、胸をはって言えなかったのだろう。


――あんた向きあったか? 真正面から死人どもをみてやったか?


 サクヤは向きあったのだろうか? 助けられなかった人、殺してしまった人たちに……田村の目を見返せなかったことが、答になっていた気がした。


「予言してやるよ、あんたはこれからも殺すだろうさ。助ける奴との差し引きがマイナスにならんよう、せいぜい気張んな。見料はいらんぜ、手相の礼だ」


 じゃあなと告げた田村が扉に手をかける。

 いまにも噛みつきそうだったヴィーナが、不意に耳に手を当ててあたりを見回した。

 次の瞬間、経験したことのない震動が部屋を襲った。

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