アウェイケニング:ACT4


EPISODE 026 「Awakening(目覚め):ACT4」



 涼子を拉致した藤本らの乗るマイクロバスは、護衛バイクと車両に守られる形で高速道路上を走行している最中だった。


 横浜環状道路一帯にほぼ常設で配置されている、職務熱心でありながらも無知な神奈川県警のネズミ捕り用白バイクに目をつけられないように、法定速度を超える運転は今の所行っていない。



 涼子がジタバタと車内で抵抗する。テープで口をふさがれた涼子の左頬へ、ダットサイトが張り手を見舞う。彼女の顔を乱暴に突き押すような動作のため、平手打ちのような乾いた音は響かない。涼子が後頭部を車両にぶつけた。


「大事なデザートなんだから、大人しくしてないとダメだろ」

 ダットサイトは涼子の眼前にナイフを出すと、これみよがしにチラつかせる。

「大人しくしてないと……ここでオレが”食べ”ちゃうよ」



 ダットサイトが涼子のスカートの股部分にナイフを這わせると、野卑な笑みを浮かべた。涼子の背筋を嫌悪と恐怖の震えが走る。



 そこに藤本がその睨みを効かせ、ダットサイトを威圧する。

「一応大事な荷物だ、あまり傷をつけるな。俺かハタさんに殺される覚悟があるならそこでガキを殺しても犯しても構わんが」

「アハハ、しませんよ」

 ダットサイトはカラカラと笑った。



 ――その時、異変に気づけたのはそう多い数ではなかった。気づいたのは藤本と、護衛車両に乗っていた超越者オーバーマンと呼ばれる人種の者が数名。


 それと能力者を含むバイク部隊の者たちと、訓練を受けた常人モータルの内、感の鋭い1、2名ほどであった。



 何らかの音に気付いた藤本がワゴン車の窓を開け、顔を出す。目を凝らすと、藤本ら集団の後ろ上空に半透明の超大型ヘリ。高度は非常に低く、今にも墜落して高速道路上に突っ込みかねない低さだ。



「あれは……」


 ……ステルス迷彩能力、噂に聞いたことはあったがその能力の効果を見るのは初めてのことだった。そしてあれだけの大型の航空機……藤本らの保有戦力に、あのような狂ったデカブツはない。


 藤本はこれから起こる事の内、もっとも危険な可能性を想像し、戦慄した。彼はまた車内に頭を戻すと、すぐに無線機の通話ボタンを押し、通達を行った。



雷光ライコウより各員に通達! 敵襲! 総員急いで戦闘配置につけ! 繰り返す! 敵襲だ!」

 ――嵐がやってくる。




 ☘




 その頃、コウノトリ機内では、エージェントと操縦席側で行われていた通信が終わろうとしているところだった。


『コウノトリよりエージェントへ。いくら偽装してもこの高さで一分以上飛んだら、アフリカゾウみたいに鈍い凡人連中でもこのヘリに気づいちまう! ハッチを開けるから速やかに降下してくれ!』

「了解した」

『幸運を祈る! 以上だ!』


 静かな眠りにつきながらも、戦いの時を今か今かと待ち続けていたウラルバイクカスタムのエンジンに、命がともされる。


 コウノトリの後部格納庫ハッチが開く。高度は10メートルにも満たない高さで墜落スレスレの距離。大型のツインローターの生み出す風がアスファルトに当たり、跳ね返り、嵐のような風を作りだしている。



 ――機体のすぐ真下を緑色の看板が通過する。もう1、2メートル高度が低かったら激突するところだった。


「エージェント:フラット、ファイアストーム両名。これより作戦を開始」

 開いた後部ハッチから、後ろへと滑り落ちるようにしてバイクがコウノトリの手を離れた。





 コウノトリを離れた瞬間、フラットとファイアストームの二人を冬の夕時の風が殴りつける。


 ――ガタン! 高さ数メートルの落下着地の衝撃をバイクと、それに乗る二人を襲う。ヤワなバイクとサイドカーであればこの時点で大破やエンンジンストップを起こしても不思議はない。



 だが第二次世界大戦のロシアという極寒の戦場で、アドルフ・ヒトラー率いる鉤十字軍ハーケンクロイツの超能力者軍団と戦う為に生み出された、この機体シリーズに宿った戦いへの意志は強く、この程度の着地衝撃で弱音を吐くことはない。


 乗り込む二人もそうだ。激しい着地衝撃に、常人ならそれだけで怪我をしたり、気絶や嘔吐を起こしても不思議はないが、彼らは訓練を受けたエージェント。激しい衝撃にも眉一つ動かすことがない。ただ前方を見据えるのみ。



 二人の戦士が乗り込む火の玉を地上へと放ったコウノトリは高度を急上昇させ、高速道路から安全圏まですみやかに離脱してゆく。


 高速道路の後ろから後続車両が迫って来る。フラットは右手首を捻りスロットルを上げると、機体を急加速させる。



『こちらミラ36号:ソフィア。ドローン81番機が本作戦で使用不可能なこと、テレパス通信のしづらさなどから、物理無線通信も交えてオペレートを務めさせて頂きます。ご容赦を』


「構わないわ」

『早速ですが敵に動きがありました。車間距離を開け、陣形を変えています』

「気づいたか」



 ファイアストームはジャケット背部にマウントしたカービン銃を片手に構えた。構える武器は今日のアメリカ軍における歩兵の標準装備、コルト・ファイヤーアームズ:M4アサルトカービン。カービン前部には、オプション武装としてグレネードランチャーがカービンと合体するような形で付属している。



 彼はM4カービンから半透明のマガジンを一度外した。半透明であるがゆえ中身がよく見えるがマガジンの中はあろうことか完全な空で、一発の弾丸も込められていない。彼は痛恨のミスを犯したのか? ――否。


「【孤高の戦争遂行者(ワンマンアーミー)】、発動」


 黄泉の国がもしもあり、そこに空が在るというのなら、その空の色はきっと、彼の右の瞳の輝きに似た色だろう。ファイアストームの右の瞳が金色に輝いた。



 ――するとどうか、一発の弾丸も込められていなかったカービン銃のマガジンが、カシャカシャと勢いよく音を立てると、淡く光る弾丸が次々と現れ、自動でマガジン内の弾薬を補充しだしたのである。


 彼はマガジンをカービン銃へと接続。ライフル後部に取り付けられたチャージングハンドルと呼ばれるレバーを引き、初弾をマガジンからカービン銃内部へと装填した。一発の弾丸もなかったカービン銃は、既に三十発の弾丸をいつでも撃ちだせる状態となっている。



 これが神々の知恵を手に入れた男にして、坂本 レイことファイアストームの持つ能力サイキックの一端。

 彼の固有能力名は【孤高の戦争遂行者(ワンマンアーミー)】。


 彼の能力の持つ、もっともわかりやすい機能はやはり、エーテル物質で構成された魔法の「各種消費弾薬類」を生み出すことだろう。生成可能な消耗品の幅は相当に広く、拳銃弾、マグナム弾、ライフル弾、散弾をはじめとして、多岐に渡る。



 ゆえに、無から有を生み出す彼は大量の弾薬を携帯する必要がない。だが、ファイアストームの能力はそれだけに留まらない――。


 フラットの明るい栗色のフレンチボブが風になびく。車両を次々追い抜き、目標の車両集団へと徐々に迫ってゆく。


「来るわよ」

「危険なものは全て撃ち落とす。全力で飛ばしてくれ」


 敵の改造マイクロバスの側面窓が開き、戦闘員たちが手すりつきの改造ルーフに手を伸ばすと、走行中の危険を顧みずその上へと登る。また別の戦闘員は車両内部からハッチ改造された屋根を開き、直接ルーフへと上がる。


 スーツ姿、あるいは緑の警備服に身を包む敵戦闘員たちが武器を構えた。ある者はマカロフの名で知られるピストルを、ある者はMP5SDシリーズや85式サブマシンガンを。


 ファイアストームはゆっくりと呼吸し、全身にエーテルを循環させ、集中力を高める。全感覚が研ぎ澄まされ、時間間隔が圧縮される。



……


 ――武術の達人と呼ばれ、日露戦争で活躍した伝説の戦士。人間の身体能力の限界を超えた超越者にして、超能力者にして、後に「合気道」で知られる武術を生み出した男。植芝うえしば 盛平もりへいという男がかつていた。


 生前の彼は信心深く、人間の枠を外れた超人的な力と超能力の才能を持っていたが、彼は修行を積み戦争を経験するうち、不思議な経験をするようになる。



 若くして日露戦争に従軍した彼は、ある戦いで敵軍に銃口を向けられた時、相手が引き金を引くよりも前に、銃口から自らの身体へと繋がる光の線が見えた。少なくとも彼は自伝の中でそう語っている。そして、彼がその光を避けると、そこを寸分たがわず敵の放った弾丸が通り抜けていったという。


 それからというもの、戦地で敵に銃口を向けられると、それが発射されるよりも早く、その軌道が光の線となって見えるようになったのである。


 以後、彼が天寿を全うする日まで、彼が敵の凶弾に倒れる日はついにやってはこなかった。



 彼は超能力者ではあったが、それは彼の持つ能力とは一切無関係のものだった。

……



 ――その正体は人間なら誰しも持つ危機察知能力、その異常発達が作り出す被弾予測線の幻影である。


 そして今、サイドカーで立ち上がるファイアストームにも、生前の植芝翁が視ていたであろう景色と、同じ世界が、常人の目にするそれとは異なる世界が視えていた。


 向けられた複数の銃口、光の線は地面や、空へと続いている。


 多くの弾丸は外れるだろう。だが、フラットの胸や肩、バイク車体へと繋がっている光の線が彼には視えた。その先にはサブマシンガンを車内から向ける男がひとり、ふたり。このまま引き金を引かれたら、その内何発かは被弾する事になるだろう。だが、それを阻止する術を彼は持っている。




 ――安全装置セーフティ、解除済み。いつでも撃てる。彼はカービン側面のツマミを弾く。セミオート射撃から、バースト射撃モードへ。


 敵の銃口が次々に火を噴いた。圧縮された時間間隔の中で、ゆっくりと飛び向かってくる銃弾。人の動きも、過ぎ行く景色も、圧縮された時の中でゆっくりなものとなる。


 光の線の形が変わった。サブマシンガンから放たれたものがそうだった。連射機構により複数発を同時に撃ったゆえに軌道が変わり、そして飛び出した銃弾の数だけ、こちらに向けられた光の線の数も増えた。


(ロックオン……ファイア)

 ファイアストームは引き金を引いた。


 ファイアストームのM4カービンの銃口から、薄い金の光線が三つ伸びてゆくのを彼は見た。光線はそれぞれ正面遠くの車へと当たっている。



 彼の能力【孤高の戦争遂行者(ワンマンアーミー)】がもし、銃弾を作り出すだけの能力に留まり、そこが彼の能力の成長限界であったなら、彼は”組織”と裏社会で今の地位を手にしてはいなかっただろう。彼の能力は、ここからだ。



 弾丸から真っすぐに伸びていた三本の金色の光の線が、その形と軌道を変えた。その内一本はフラットの頭の高さより少し上の高度まで上昇してから、60度ほどのカーブを決めるような軌道へと変化した。金色の光の線が、向かい来る光の線と混じり合った。


 ――直後、淡く光る弾丸たちが、それぞれ被弾コースにあった三発の銃弾を捉え、撃ち落とした。敵の放った弾丸は光る弾丸に圧し潰され、空中で炸裂。迎撃の役割を果たしたファイアストームの弾丸も光の塵となって消えた。




 これが【孤高の戦争遂行者(ワンマンアーミー)】によって生み出されたエーテル弾の持つ特性「火器管制(ファイアコントロール)」である。


 ファイアストームは続けて引き金を引く。更に撃ちだされた三発の銃弾の軌跡は直進を描かずにそれぞれ湾曲し、被弾予測光に飛びこみ敵弾を食らう。



 向かい来る弾丸を撃ち落としきったファイアストームは反撃に出た。ルーフ上の敵戦闘員に狙いを定め、引き金を引く。



 光の弾丸が前方ワゴンから銃を向けていた男を襲い、まず二発の弾丸が左右から男の頭部を破壊せしめた。残り一発はその隣の男の額を貫通し、吹き飛ばした。一瞬にして二人の男が命を奪われ、道路上に転落した。



 敵のバイク部隊が攻勢に出る。三台の内、二台がフラットらを挟むような形になった。ファイアストームは右側のバイクへ射撃。だがバイクの乗り手は身を傾け、ファイアストームの射撃を避けた。


 左側のバイクの乗り手がサブマシンガンを向ける。光の線がフラットへと伸びる。ファイアストームの迎撃は果たして間に合うか?


 ――いや、ファイアストームの力をフラットは必要としなかった。フラットが左側のバイクへ片手を突き出すと、彼女の瞳が暗いアイスブルーの色に変色する。

 直後、バイクの乗り手は引き金を引く事なくバランスを崩し、転倒。高速道路脇へと派手なクラッシュを引き起こした。




 右側のバイクは優れた操縦技術によってファイアストームのカーブ弾丸を回避した後、至近距離まで急接近。狙いを修正しカービンを構えるが、バイクの乗り手が銃口を裏拳ではじいた。狙いがズレ、射撃が逸れた。


 敵が銃口を向ける。ファイアストームも左手で敵の銃を弾いた。弾丸が空を切る。ファイアストームは左手をフラットの肩にかけ、敵の頭部めがけてサイドキック。衝撃で敵のバイクヘルメットが外れ、彼らの通り過ぎた高速道路上に取り残された。


 男はヘルメットを落としたもののバランスを崩しきらず、まだクラッシュに至っていなかった。煉獄に続くレースは継続中。その男はファイアストーム向けて名乗った。


「俺の魔術名コードネームは【サンゲフェザー】。お前ら何者だ?」

「ファイアストーム」「フラットよ。よろしく」

 二人は名乗った。



 サイドカー上で立つファイアストームと、彼を狙う新手の超能力者、コードネーム:サンゲフェザー。



 煉獄へと続く高速道路上の死闘ドライブは、まだ始まったばかりだった。






EPISODE「Awakening(目覚め):ACT5」へ続く。

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