アウェイケニング:ACT3


EPISODE 025 「Awakening(目覚め) ACT:3」



 坂本 レイことファイアストームは、フラットらと共に大型輸送機「コウノトリ」機内に搭乗し、東京北部から23区の中心を避け、迂回するようにして横浜方面へと向かっている最中だった。



「目標はまだ追えてるか?」

『GPSを一つ破壊されました』

 ミラ36号ソフィアは報告した。


「どれに着けてたGPSだ」

 ファイアストームが訊く。

『防犯ブザーがやられました』


「腕輪とスマホのGPSは平気なのか」

『大丈夫です』

「防犯ブザーは捨て駒のおとりだ。壊される事自体は問題ない。追跡を続けてくれ」

『アイ、アイ』



「ファイアストーム」

 ミラと会話を終えたファイアストームを、大きな丸メガネをかけたフレンチボブの女性が呼んだ。彼女のコードネームはフラット。

「何だ?」

 ファイアストームが彼女の方を向く。


「あなたの事情を知らない。状況を教えて」

 フラットはそう言った。彼女は上司の勧め、あるいは単に成り行き、あるいは……暇つぶしでコウノトリに同乗してきた、いわばファイアストームの冷やかしで来たような存在である。よってファイアストームたちが組織の仕事と別に抱えている個人的な事情など、一切知らぬ身であった。



「そうだな。では緊急ブリーフィングを行う」

「よろしく」


「おおよそはこうだ。我々が護衛対象としている人物が、未知の敵対勢力に拉致されたとみられている。これを追跡・奪還する。36号、詳細を頼む」



 ファイアストームが言うと、ミラが返事し、代わって詳細説明に入る。

『ハイ。未知の敵対勢力は護衛対象の女性――暫定コードネームを【天使(エンジェル)】とします』

「エンジェル? もう少し他の名前は無いのか?」

 ファイアストームがボソりと、ソフィアに水を差す。


『良いでしょ! 緊急事態なんだから色々おもいつかないの! 続けます! ……ごほん! エンジェルを敵は拉致したとみられ、現在時速50キロで横浜市内の道路を移動中。現在こちらは彼女のスマートフォンと装飾品の位置情報を使ってエンジェルの行方を追跡中です』


「おおかたバン車で拉致ってところね」

『ハイ、恐らくそんなところかと。目的地は不明ですが、このまま行くと横浜環状線……高速道路に乗り上げる可能性が高いです。危険度は上がりますが、強襲はしやすくなるので、そこで叩きます』


 ミラの言う通り、敵がどこへ向かうかはわからないが、横浜東部の街の上には首都圏にも繋がるハイウェイが広範囲に広がっている。


 コウノトリを用いて上空から仕掛ける以上、敵が入り組んだ住宅地などに入り込むよりは、大きな道路に上がってくれた方がこちらは圧倒的に地の利を得られる。


「泳がせなくていいの?」

『本作戦はエンジェルの奪還を最優先目標とします。エンジェルは16歳女性。必ず無事に奪還してください』



 フラットのスマートフォンが震えた。彼女がスマートフォンを見ると、組織経由で送られてきた未読の画像ファイルが一件。開くと、中の画像データは涼子こと暫定コードネーム:エンジェルの写真だった。ファイアストームはこの少女を取り返さなければならない。



「この子ね、いいわ。敵についてわかっていることは?」

『詳細不明。ただしエージェント:ファイアストームが関連すると思われる敵勢力と先ほど交戦。その際に二名の敵対サイキッカーを確認。

 敵は超越者、およびサイキッカーを意図的に保有する武装勢力とみられ、今回も敵対サイキッカーとの接触、交戦が予想されます。また、銃火器の保有も確認されているため、常人モータルであっても敵対者には十分注意してください』



「了解。プランは?」

『エンジェルを載せている車両を補足後、地上に降下して制圧。エンジェルを保護して脱出します。地上への降下とそこからの追跡は、そこの荷物を使って下さい』



 ソフィアのドローンの光が、コウノトリ機内に置かれた物資の一つに向けられた。それはシートが被せられ、その上と下の両方からワイヤーでしっかりと固定されている。



 ファイアストームはフラットにも手伝わせ、荷物にかかっているシートをその留め具ごと外した。


 ……シートの中から現れたのは、サイドカー付きの大型バイク。第二次世界大戦の最中にソビエトの企業が生み出した今なお生ける伝説。ウラルシリーズのバイク。


 ペイントはブラックをベースカラーに、控えめなファイアパターンの模様と、彼のトレードマークでもある、ファイアストーム個人の紋章にして「復讐」の花言葉を持つ、臙脂エンジ色に赤暗く染まった三つ葉のクローバー。

 サイドカーには”組織”の紋章でもある、剣に巻き付いた蛇の白いペイントも小さく描かれている。


 【IMZウラル:ファイアストームカスタム】。これこそが、彼がコウノトリを呼び出してまで運ばせたかったものだった。


「バイク本体はウラル・サハラ、サイドカーはギアアップをベースに、限界まで違法改造を行ってる。こいつを積ませるためにコウノトリを呼んだ」

「なるほど。悪くはないわね」



 ☘



 ……意識を失った涼子が目を覚ました。視界がまだチカチカする……男たちの視線が涼子に注がれる。彼女は、改造マイクロバスの車内に居た。


 もがこうとしたが。手足が動かない。叫び声をあげて助けを求めようとしたが、声が出ない。涼子は手足を紐で縛られ、口をガムテープでふさがれている事に気づいた。


「お目覚めかな」

 ホスト風の男、ダットサイトがニヤついた笑みで涼子を見た。

「暴れないように監視しろ」

 涼子の方をたいして見る事もなく、藤本は言った。



 藤本らを載せる車両がETCを通過し、高速道路へと侵入する。藤本と涼子が搭乗しているバスの後方にもう一台グレーに塗装されたマイクロバス車。その斜め後方にバイク二台が付き、編隊を形成する。


 高速道路上を走行し始めると、そこへ更に追加の車両。最前列に乗用車が一台とバイク一台が、先導するような形で藤本らの車両の前に現れた。



 それを見て訝しんだ藤本のスマートフォンが着信で震えた。彼はそれを取り出し、電話に応答する。

「俺だ。増援か? 聞いてないぞ。たかがガキ一人にこんな……」


 藤本の感情は、怒りというよりもはや呆れに近かった。普通の少女を一人誘拐して送り届けるだけの仕事、それがどうだ、今彼らには自動車二台、バイク三台の護衛がついている。ここで縛られている少女一人に対し、十人を越える人数がリソースを割いている。



 たかが普通の女子高生相手にあまりに大袈裟、ハタもよほどこの少女に関心が湧いたか。


 まあ、そう珍しいことでないにせよ……困ったものだと藤本が溜息をつきかけたその時、耳に入った情報が、彼の溜息と彼の言葉を止めた。




「……なに? ……それは確かな情報なのか? ……わかった。増援に感謝する」

 藤本が深刻な表情で電話先と何かの話を行うのを、涼子は見ていた。


「隊長、どうしたんすか」

 ダットサイトが尋ねたが、その日の藤本は珍しく歯切れが悪く、舌打ちし、しばらく何かを考えた様子のあとに、一言こう答えた。


「B班がやられた」

「B班って……三浦さんとこすよね」

「そうだ。三浦と碇の死体が見つかった。それで急遽、増援がこっちに駆け付けた」

 藤本がそう説明した瞬間、車内は緊張で静まり返った。


「……マジすか? だって三浦さんたちって……」

能力者サイキッカー二人が返り討ちに遭う相手、マトモな相手じゃないぞ。距離は離れてるが、襲撃がないとも限らん。お前ら備えろ」



 ダットサイトを始め、男たちは息を呑んだ。藤本からもただならぬ緊張が伝わって来た。


 ――藤本が受けた報告は、茨城 涼子を確保に向かった藤本ら「通称A班」とは別に、別動隊として動いていた「B班」の全滅報告だった。



 訓練も兼ねて三浦隊長こと、コードネーム:拳骨射手(ゲンコツ・シューター)率いるB班の部隊が「邪魔なネズミの駆除」に向かっていたはずだ。少なくとも超能力者サイキッカー二名による編成だった。隊長の三浦は戦闘経験豊富なベテラン。返り討ちに遭うという事自体がありえない。



 だが事実として、何らかのアクシデントによって三浦たちは敗れた。



 生き残ったのは車の運転手と、その護衛をしていた計二名だけで、戦闘に参加した人物は、三浦を含む能力者サイキッカー二名を含め全員死亡。

 異常事態だった。たった一人、少女をさらってくるだけの任務のはず。そのはずが、事態は彼にも予測のつかぬ方向へと動き始めていた。



 ☘



 一方……ファイアストームらを乗せたコウノトリは、横浜環状道路上空まで追いつき、涼子を乗せた車はすぐ先という所まで近づいていた。



『対象車両に接近。まもなく作戦開始です。備えて下さい』

 ミラ36が告げる。コウノトリからGPS信号を発している車両まではまだ数百メートル離れているが、敵が能力者を擁する未知の武装勢力である以上、これ以上接近することはできない。


 コウノトリは視認性の低い、超能力サイ由来による超常の光学迷彩によって擬態を行ってはいる。しかし一般人モータル相手はともかく、超越者や超能力者相手に対してまで完璧な擬態ではなく、敵の中にそうした者が居れば当然見破られるリスクがある。


 ――もし敵の中に、例えば強力な遠距離ビーム能力とか、ハルク並のパワーだとかでロケット砲並の攻撃力を持つ超能力者サイキッカーがいたり、でなくともRPG-7などの無反動砲の保有があった場合、コウノトリごと撃墜される恐れがある。そうなればゲームオーバーだ。


 よって、この先は最高速度では輸送機はに劣るが、小回りの利く二輪で高速道路上へと降下し、陸上から直接接近、制圧する必要が出て来る。




 茨城 涼子の未来は、二人のエージェントに託されていた。


 ファイアストームは靴、それにスーツの上着とズボンを着替えており、下はベルトの両脇にホルスターをつけたジーンズ、上には代わりに彼が私服の上から着用する事も多い改造レザージャケットをYシャツの上に羽織っている。背にはマチェットやカービン銃などを装備。先の戦闘で失ったザウエルピストルも予備を二丁補充。先ほどの戦闘と打って変わってかなりの重武装となっている。



 フラットの格好はセーターを脱いだのみで、それ以外はほとんど格好が変わらず非常に軽装のまま。収納性の高い警棒の存在を除けば、陸上自衛隊モデルの拳銃を一丁のみホルスターに入れただけで、他は予備の弾倉の入った弾帯程度。

 民間人の基準でいえば重武装かもしれないが、防具さえなく兵士としては丸腰に近い。


「フラット、良いのか?」

 作戦開始の間際、ふいにファイアストームが尋ねた。

「何が?」

「これは俺個人の面倒事で、”組織”の任務じゃない。お前には無関係のはずだ」




 ファイアストームは問う。”組織”の輸送機などは使っているが、実際のところ、この状況は彼、そして彼女の属する”組織”とは直接の関係のない出来事であり、よって彼女の仕事ではない。

 フラットは無駄を嫌うタイプの女性で、組織への忠誠心も高い。


 ファイアストームは兼業で表の仕事もこなしたり、仕事も非常にえり好みする。いわば”独立志向の気難しい気分屋”にして、一度仕事に取り掛かれば必ず期待以上の成果で完遂するベテランの職人といったところ。



 ――対して、フラットはいわば”仕事一筋”、任務も選ばず、どんな仕事でも忠実にこなす、成果も常に高いレベルで安定した働き盛りのキャリアウーマン。両者の性質は仕事面だけで見ても全く違う。

 一見すれば彼女にとっては全く無関係・無利益の戦いに、彼女が飛び込む理由はあるのか、それがファイアストームは気になった。



 だが、彼が気にするほどには、フラット本人はその事について気にしていないようだった。いつものように抑揚なく、彼女はこう答えた。

「その事? 別にいいわ。せっかくついて来たんですもの、トレーニングだと思って付き合うわ。その方が合理的だし。あなた、死なないから私は楽よ」



「まあ……」

「でも危なくなったら私、途中であなたを置いて逃げるから」


 あまりジョークを言う女性ではない。彼女がこう言ったら、合理的かつ正当な理由があれば本当にそうするのだろう。

 だがファイアストームにとってはそれでも一向に構わない。彼は言った。


「そうしてくれ。もともと俺一人でやるつもりだった。お前がついてきてくれるだけで僥倖ぎょうこうだ」


 もともとたった一人で行う予定の作戦だった、そこへ偶然フラットが助っ人して現れ、協力を申し出てくれた。

 彼女は状況判断に優れ、若くして戦闘技能も高く、そして”能力”も非常に強力な超能力者サイキッカーだ。彼にとってこれ以上の味方を望むことは、ありえないとさえ思えた。


「そう。それに……」

「ん?」

「この敵、なんかおかしいわ、普通じゃない」


 フラットが一言、付け加えた。彼女の目線の先には、コウノトリの壁に取り付けられたディスプレイ。映されているのはコウノトリ正面から見た映像。中央のマイクロバスを守るような布陣で、複数台のバイク、そして護衛車両が周囲につき、その周りを固めている。



 資産家や政治家の娘であるとかならともかく、変哲ない一般家庭育ちの少女一人の拉致、それに対する人数の多さ、明らかに訓練された車の動き、異様だった。フラットはそこに、敵の得体の知れない何かを感じ取った。



「ああ、やけに訓練されてる一方で、不可解な動きも目立つ。ロクな相手じゃない」

「この手合いはどうせ、遅かれ早かれ私達組織の敵になるわ。どうせ後で戦う事になるなら、今の内から叩いておいた方が合理的よ」

「まあ、確かにな……」



 会話を終えると、二人はサイドカー付きバイクに乗り込む。荷物の転倒や滑りによる事故防止でつけられていた固定用のワイヤーロープは、既にすべて外されている。

 二人の片耳につけられたインカムに、操縦席側からの通信が入る。


『コウノトリよりエージェントへ。いくら偽装してもこの高さで一分以上飛んだら、アフリカゾウみたいに鈍い凡人連中でもこのヘリに気づいちまう! ハッチを開けるから速やかに降下してくれ!』

「了解した」

『幸運を祈る! 以上だ!』


 通信が切れる。静かな眠りにつきながらも、戦いの時を今か今かと待ち続けていたウラルバイクカスタムのエンジンに、命がともされる。

 コウノトリの後部格納庫ハッチが開く。高度は10メートルにも満たない高さで墜落スレスレの距離。大型のツインローターの生み出す風がアスファルトに当たり、跳ね返り、嵐のような風を作りだしている。



「なあ、ところでフラット……」

 作戦開始直前、ファイアストームがふいに口を開く。


「何?」

「一応それ、俺のバイクなんだが……」

「そうね」

「俺、サイドカーに居るんだが」

「そうね」



 ファイアストームはに落ちないといった様子だった。これは彼が操るために、彼のアイデアを盛り込んで改造した、彼専用のバイクのはず。……だが、そのバイク本体にまたがり運転するつもりでいるのはフラット。当のファイアストームは、付属のサイドカーに追いやられていた。


「……座席、代わって貰えないか?」

「だめね。私、銃撃戦は得意じゃないの。あなたの”能力”的に考えても、この配置の方が合理的でしょ」

「まあ……」


 ファイアストームはやはり腑に落ちない様子だったが、彼女に抗弁できるだけの意見と、それに値する根拠を見つけることはできなかった。



「合意が得られたようね。エージェント:フラット、ファイアストーム両名。これより作戦を開始」


 フラットの駆る大型バイクが、サイドカーと共に夕時の高速道路上へと降下した。バイク上で二人が浴びる冬の二月の夕の風は、身を裂くような寒さだった。





EPISODE「Awakening(目覚め):ACT4」へ続く。

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