開戦(オープン・ファイア):エピローグ



 ファイアストームは心の内で祈った。

(飛んでくれ……! オオウミガラス!)

 ファイアストームが右手を離し、左腕を思い切りまくった。黒いカーボンの腕が露わになり、Yシャツの袖のボタンがはじけ飛んだ。


「【レイジング・ゲアフォウル】、開放(オープン)!」

 ファイアストームの叫びに、オオウミガラスは応えてくれた。義手の内側が開き、中から銃口が現れ、真の姿を見せた。モーターがフル駆動し唸りをあげた。ファイアストームの左手が拳骨射手の首をフルパワーで掴み、それを両手で振りほどこうとする彼の力に抗う。 


「……発射(ファイア)!!!!」

 ファイアストームが吼えた。

 ――轟音。復讐のオオウミガラスが、ファイアストームと共に咆哮する。

 金色に燃える炎を吐き、光り輝く.454カスール弾を高速で撃ちだす。淡く輝く薬莢が腕から排出され、宙に舞って、消えた。




EPISODE 022 「オープンファイア:エピローグ」




 ……やがて、拳骨射手の攻撃に巻き込まれていたアイアンハンドが、その意識を取り戻した。衝撃で吹き飛ばされた彼の身体は、戦闘によって出来たガレキの上にあった。




「うぅぅ……」

 アイアンハンドがうめき声をあげる。立ち上がろうとするが……できない。頭が物凄く傷んだ。視界の右側が見えない。真っ暗だ。



 右腕はまだ動いた。だが、彼の能力によって変質させた金属の右腕の力は既に失われ、もとの生身の腕へと戻っている。能力を再度発動させるだけの力は、もう残されていない。


(戦闘はどうなった? 三浦さんは……)

 朦朧とする意識の中で、アイアンハンドは戦闘の行方を考えた。自分は気を失っていたのだろうか、どれくらいだろう……? 拳骨射手ミウラさんは……?



 余り多くの事は考えられなかった。直前に見たのは、拳骨射手が最大チャージで放った必殺の衝撃波。直撃すれば例え相手が超能力者サイキッカーでも無事では済まない。巻き込まれたアイアンハンド自身がこのザマだ。足の骨や肋骨が折れ、ガレキ片が腹部に突き刺さり、もはや立ち上がる事はできない。


 足音がゆっくりと近づいてくる。顔さえほとんど起こせないが、気配は一人。

「三浦さ――」

 アイアンハンドが拳骨射手の名を呼びかけて、言葉が止まった。彼の視界に入ったのは、彼の上司ではない。


「……四人目」

 血を流しながらもなお立ち上がり、拳銃をこちらに向ける黒腕金眼の死神の姿だった。



「時間も場所もない。ここで尋問する」

 その死神はアイアンハンドにまだ息があることを認めると、冷たく言い放った。


「みう……拳骨射手(ゲンコツ・シューター)さんは……」


 現れた男が拳骨射手でなく、この男であることにアイアンハンドはひどく狼狽うろたえた。現れるのがこ男のはずはない。向けられるのが銃口のはずはない。アイアンハンドにとっては、現れるのは彼の上司たるアイアンハンドのはずで、彼が最後に立っているべき人物のはずで、こんな銃口ではなく、自身を起こすべく手が差し伸べられる、はずだ……。



 どうして……。






 死神は、短い言葉で、彼の疑問の全てに答えた。

「彼なら、先に逝った」

 そしてそれは、何よりも慈悲無き答えだった。


「お前が最後の一人だ」

 立っている男は、死神ただ一人。彼の後ろには、オオウミガラスのくちばしによって、喉を貫かれ、既に絶命し、うつぶせに倒れた拳骨射手の姿があった。



 アイアンハンドたちは、この死神に敗れたのだ。


「クソッ……」

 アイアンハンドの表情に、絶望と悔しさが広がった。

「お前の名前は」



「……アイアンハンド」

「お前たちは何者だ」

「……」

 アイアンハンドは答えない。死神は躊躇なく彼の脚を撃った。


「あああッ!」

 アイアンハンドの悲鳴をよそに、死神は淡々と尋問を続ける。

「あいにくだが急いでる。お前たちは明らかに超能力サイキックを知ってるな。何者だ。答えろ」

「23歳、会社員」


 死神はアイアンハンドのふざけた答えを認めず、無言でもう一度彼の脚を撃った。アイアンハンドは再び悲鳴をあげた。もはや彼は、攻撃から身を守るエーテルフィールドさえ展開することができない。


「あああッ……!」

「素晴らしい愛社精神だ。経団連の方もさぞお喜びになる事だろう」

 ファイアストームが皮肉る。



「……お前こそ、何者だ」

 アイアンハンドが聞き返した。

「俺の名はファイアストーム。お前たちの挑戦を受けて立つ、……ただの人殺しだ。それで……お前たちは何者だ」

「……」


 アイアンハンドは尚も答えなかった。ファイアストームは、これ以上の質問は無駄だと判断した。この”尋問”を長々と続けることも、彼の趣味ではなかった。



「……そうか。では祈れ、お前の信ずるものに」

 ファイアストームは脚に向けた銃口を、アイアンハンドの額へと向けた。アイアンハンドは恐怖に震え、目を瞑った。




 ――銃声。ファイアストームの右手に持つ拳銃が、薄い金のエーテル煙を吹いた。




 炎の嵐は四つの命を焼き、奪い、生き残ったのは彼一人。戦いは終わった。

 だが、ファイアストームは理解していた。戦いはまだ、始まったばかりだと。



『――「コウノトリ」よりファイアストームへ。周辺状況はどうなっているか。どうぞ』

 ソフィアのテレパス回線を経由して、男性の声が入ってきた。


 ファイアストームは周辺を見渡し、コウノトリへの報告を行う。

『ファイアストームよりコウノトリへ、周辺状況はクリア。追加の敵影もなし。どうぞ』



『コウノトリより、了解した。間もなく現着げんちゃくするため搭乗準備を願う。どうぞ』

「ファイアストームより、了解した。通信を終了する」


 コウノトリとの通信を終え、ファイアストームが息をついた。左腕に付けた【レイジング・ゲアフォウル】のカーボン義手の手先を開閉させる。




 敵の正体は依然としてわからない。規模も、目的も、黒幕も。

 だが相手が行うであろう、次の手だけは読めている。


 間もなく”コウノトリ”が荷物を持ってこちらに来る。

 敵の行動は予想よりも早い。だが、決して遅れは取らない。



 ――奴らの思い通りにはさせない。




- A Tear shines in the Darkness city. -

EPISODE「オープン・ファイア」END.




EPISODE「Awakening(目覚め) 」へ続く。

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