開戦(オープン・ファイア):ACT4
アイアンハンドが全身全霊で打ち込んだ一撃が生んだのは、たった一瞬の局所的な地震。直接のダメージはない。だがそれで充分だった。地震でファイアストームの足が止まった。
「三浦さん! 今だ!!!」
アイアンハンドが後方に控える拳骨射手(ゲンコツ・シューター)の本名を叫んだ。
「よくやった!!!!」
拳骨射手が虚空に正拳突きを繰り出す。瞬間、右拳が強く、青く、発光した――。
(”そっち”が本命か――)
ファイアストームとアイアンハンド、二人の姿が閃光に呑まれる。
ファイアストームが見たのは、人の大きさほどの拳の形をした、巨大な青白い衝撃波。
――直後、爆発が起こった。
- A Tear shines in the Darkness city. -
EPISODE 021 「オープン・ファイア ACT:4」
爆発の衝撃で粉塵が舞う路地裏は、過酷な戦場と化していた。
『ファイアストーム……? ファイアストーム、何があったの? 無事なの!?』
ソフィアことミラ36号がテレパス回線で呼びかけるも、男は返事をしてくれない。
「ゲホッ……ゲホッ……」
ファイアストームが大きく咳き込んだ。視界が揺れる。背中には地面の感触。気が付けば、彼は仰向けに倒れていた。
どれほどのダメージを受けた? ファイアストームは手足の感覚を確かめる。右腕、まだついてる。両足……動く、折れてもいない。左腕……動く、まだ壊れていない。カーボンの腕からモーターの駆動音。”内部機構”は損傷していないだろうか。――いや、動かせるだけ今は良しとするべきだ。
「ガハッ……」
ファイアストームが咳き込み、少量の血の
(まだいける)
ダメージは軽くはない。だが決して重くもない。戦闘は継続できる。
アイアンハンドの後ろに立つ男を見た時、それが単なる見物でないことをファイアストームは察した。彼がその若さにして積み上げた多くの
アイアンハンドは時間稼ぎ、そして”本命”が必殺の一撃を当てるための足止め、そのための囮だった。
それは一瞬の判断だった。アイアンハンドの命がけの足止めを受けたファイアストームは、瞬時に回避行動を断念し、迎撃と防御を選択した。
拳骨射手(ゲンコツ・シューター)が必殺の衝撃波を放った時、ファイアストームは人間大の大きさの拳型衝撃波へと向けて、複数発の迎撃射撃を行った。
一瞬で撃てたのは全部で三発。金色に輝く弾丸が、拳型衝撃波に挑み、ぶつかり合い、炸裂し、呑まれ、消えた。消えた。消えた。
敵が溜めに溜め、チャンスを伺い、ついに放った必殺の一撃の威力を、どの程度まで”相殺”できたかなど、目視する余裕はなかった。
彼は瞬時にその場で亀のようにうずくまり、身を守った。超人的身体能力を持つ超越者のみが行使する事を許された神秘の力、不可視のバリア。そのバリアの名前は「エーテル・フィールド」。ファイアストームは赤と金の、二色の色の混じったエーテルフィールドを展開。ダメージに備える。
――そして爆発。今の状況に至る。
敵はどうなっただろうか。少なくとも一人、今の攻撃を放った男はすぐに向かってくるはず。一刻も早く立ち上がらなければならない。
周囲を満たしていた粉塵が晴れてゆく。後ろのコンクリートビルの壁は拳型に破壊され、向かいの道がよく見えるほどに大穴が空いていた。
「今のを受けきるとは、恐れ入った」
粉塵の中から一人の男が現れた。緑の警備ズボンに半袖のTシャツ。大柄の筋肉質の中年男。脇腹からは出血し、シャツが赤く染まっている。
「こいつを受けた奴は、大体ミンチなんだが……」
男の名は三浦 良夫。コードネームは「拳骨射手(ゲンコツ・シューター)」。彼は言葉と共に青白い息を吐き、目を青く光らせる。
ファイアストームは衝撃で取り落としたザウエル拳銃に手を伸ばす。
「させるかよ」
拳骨射手がファイアストームの腹部を思い切り蹴り上げた。蹴り上げられたファイアストームは地面を転がる。
そして足元に転がったファイアストームの拳銃を、足で後ろに蹴って捨てた。
「本当に、恐れ入ったよ。これほどやるとはな。アイアンハンド! 返事をしろ!」
拳骨射手は部下のコードネームを呼んだ。返事は無い。
「アイアンハンド! ……ち、ダメか……」
拳骨射手は舌打ちする。アイアンハンドは既に戦闘不能だった。ファイアストームから受けたダメージに加え、命がけの足止めを行った事による反動ダメージ、そして拳骨射手の放った必殺の一撃に巻き込まれ、既に意識を失っている。拳骨射手は彼がまだ死んではいないと信じたかったが、それさえも定かではない。
予想外の抵抗。予定外の自陣営の死者。アイアンハンドを抑えとしてぶつけたものの、まさか彼が殴り負ける。トレーニングでヘヴィ級ボクサーのパンチを顔に受けてもヘラヘラ笑っているような男だ。それがほぼ一方的に撃たれ、殴られ、今ではピクりとも動かずガレキの海で血を流して沈んでいる。
それでもアイアンハンドの全力の時間稼ぎ、そして命を賭した彼の足止めがあった。必殺の一撃を溜める時間があり、かなりベストに近い形で必殺の一撃を撃てた。
――これで逆転。相手は即死。そのはずだった。
だがどうだ。まだ相手は人の形を保っており、息もあり、目に宿した闘志も死んでない。第二ラウンドを行う気で居る。眼前の男は規格外すぎる。
拳骨射手は地面を転がったファイアストームの方向に拳を突き出した。二者の距離はその拳が直接届かない程度に離れている。だが、”彼の拳”は届くのだ。
それが
彼は両の拳から青白い拳型の衝撃波を撃ちだす事が出来る。その威力は非常に危険で、普通に打っても車のフロントガラスを貫通するほどの破壊力。
時間を要すが威力を増加させる”溜め”が可能で、最大チャージで撃ちだせば、車はフロントガラスどころか、一台まるごと”事故車扱い”で廃車にできる。
突き出した拳が青白く発光。拳型の衝撃波が打ち出される。さきほどのような大きさはない。ファイアストームに直撃し、彼の身体が更に飛ばされる。
「グウ……ッ」
だが拳骨射手は尚気を緩めない。立っているのは自分、倒れているのは敵。こうして見れば形勢は辛うじて有利に傾いた。
だが余りに危うい優勢だ。二人の部下の命を失い、アイアンハンドは既に戦闘続行不可能。立っているのは自分が最後。
相手は強い、あまりにも脅威だ。この状況で一瞬でも気の緩みを許せば、敵は瞬く間に戦況を差し戻し、こちらはあっという間に不利に傾くだろう。
そして今のところ、相手のダメージ以上にこちら側の被害が大きすぎる。拳骨射手自身も無傷ではない。アイアンハンドを事実上失った今――もし、もう一度”奴”に戦局を押し込まれれば、もう押し戻すだけの戦力は拳骨射手側に残されていない。
――ゆえに。
(ここで押し切らなければ、やられる)
「破ァッ!」
攻めるべし。
拳骨射手はその場で更に左拳を突き出す。左拳から衝撃波。ファイアストームは自分から地面を転がり、これを回避する。
ファイアストームは膝立ちで起き上がる。次の拳型衝撃波が飛んで来る。瞬時にスーツ姿の男の死体に手をかけ、それを肉の盾にする。
――衝撃。ダメージはない。死体の背中のスーツとシャツが破け血が飛び散る。既に事切れている肉の盾は、悲鳴をあげる事もない。
死体の足元に転がった、敵の銃を拾い上げる。構える。
「させんわ」
拳型衝撃波が飛び、奪った拳銃を弾いた。ファイアストームは舌打ちする。肉の盾を手にしたまま立ち上がり、前進。
さきほどの対アイアンハンド戦とは打って変わり、今度はファイアストームが攻勢側、相手方が迎撃側の格好となる。
拳骨射手はその場で拳を突き出し衝撃波を放つ、放つ。肉の盾が攻撃を防ぐ、防ぐ。衝撃波は死体をいたずらに傷つけるのみで、貫通しきれない。
ファイアストームは更に前進。
「フゥゥン……」
撃ちだされる衝撃波が止まった。拳骨射手がその場で拳を握る手に力を込める。右拳が青白く発光。
(ならばこうだ)
「破ァ!」
少しの溜めの動作の後、拳骨射手が勢いよく拳を突き出した。最大チャージほどの大きさも威力もない。だがそれでも十分。通常の三倍ほどの大きさの衝撃波が飛び出す。
ファイアストームは死体を放り投げ、飛び込み前転する。彼の横を拳型の衝撃波がかすめる。チャージ衝撃波が死体に命中し、勢いよく撥ね飛ばされ、先の最大チャージで空いた大穴の向こうまで吹き飛んだ。もしファイアストームが回避しなければ、小柄な彼の身体は衝撃で死体ごと吹き飛ばされていただろう。
飛び込みの前回り受け身から立ち上がったファイアストームが肉薄。右拳による中段ストレートの追い突き、拳骨射手は半歩後ろに退く、そのせいで踏み込みが浅い。
拳骨射手が左拳を突き出す。ファイアストームが右手を下から突き上げ払いのける。直後相手の左拳が発光、衝撃波が明後日の方向へと飛び、ビルのトイレの窓ガラスに命中し、それを砕く。
ファイアストームのカーボンによる左のアッパーブローが拳骨射手の
「うぐぅッ……!」
――手ごたえあり! 拳骨射手は苦悶の表情を浮かべる。
好機! ファイアストームの右眼が輝く。右手で相手の左手首を掴み、腰を落としながら
全身のバネを一気に開放し投げの姿勢に入る、柔道技:左一本背負い!
――だが技が決まらない! 拳骨射手は腰を下げ、右拳でファイアストームの背中を殴りつけるようにして押し、相手の投げ技を拒む。
(貰った!)(させるものか)
両者の瞳が殺意に燃える。
ファイアストームの背中に当たった拳骨射手の右拳が発光。ファイアストームは投げが決まらないとみるや、素早く切り返し、相手と向かい合うと同時に左手で、発光する敵の右拳を払う。
ボンッ。拳骨射手の払われた拳から衝撃波が飛ぶ。間一髪、その拳を払うのが間に合ったことによって、衝撃波は狙いを
ファイアストームはまだ相手の左手首を離さない。拳骨射手が掴み手を振り払おうとするが、そこへすかさずファイアストームの左拳が飛ぶ。カーボンの左拳が拳骨射手の右アゴを捉え、脳を揺らす。
またもや左拳、鳩尾への再度の攻撃、拳骨射手がファイアストームの左手首を掴み、攻撃を防いだ。
組み合っての力比べ――。体格の大柄な拳骨射手に対して、筋肉質ながらも小柄ゆえに体格の劣るファイアストームが押され始める。力比べから逃れるようにしてファイアストームは敵の手首を掴む右手を離し、相手の腕と肘の付け根に手刀を振り下ろす。
そのまま相手から見て右側後ろに踏み込み、体重を乗せる。
合気道技「
拳骨射手による打ち下ろしの左のハンマーパンチ。ファイアストームが右腕でブロックする。
ファイアストームは”最大チャージ”で引っ繰り返された形勢を戻すべく攻めるが、敵も同様に攻める。そのため技が決まらない。
だがファイアストーム以上に必死なのは拳骨射手の方だ。
既に状況はほぼ五分五分ほぼ互角。優勢は既に一時棚上げ。この零距離の格闘戦で投げ技を受け地面に伏せれば、その瞬間に優勢は完全に失われる。それは”永遠に”失われるという意味であり、すなわち敗北を意味する。
そしてここで敗れるということは、そこで意識を失うアイアンハンドもろとも死を迎えるということだ。
アイアンハンドは回復するだろうか? ……恐らく無理だ、期待はできない。それは最大チャージの衝撃波で敵もろともに巻き込んだ拳骨射手(ゲンコツ・シューター)自身が一番わかっていることだった。
ファイアストームもまた、決め手を欠いていた。それは拳骨射手がそれなりの格闘戦技量を持った手練れだったという要因のほかにも、今日の彼が軽装でいたことにも起因する。
敵の持ってるものでも良い。欲を言うなれば銃をなんとか拾い上げれば、一気に勝負を決められる自信はある。だが拳骨射手がそれを許そうとしない。
左腕のカーボンフレームの中に内蔵されたモーターが全力で駆動する。流石というべきはこの義手に用いられている炭素繊維強化プラスチックの外殻。航空機から建築部品、弓矢や水中銃などの武器にも採用されるだけのことはあり、その軽量さに見合わぬ高い耐久力を保っている。
(ダメージは軽くない。それでも”作動”するか?)
大学の潜入で用いた諜報用義手【セージ・オブ・オウル】を捨ててまで今日装備してきたこの義手。それに見合う価値が果たしてあったかどうか、試す価値はある。
問題は、どこで勝負をかけるかだ。早期に出さねばならないカードほど、レイズの瞬間までは隠しておきたい。
ファイアストームがまだ伏せているそのカードは、それだけ事実強力で、有効なカード達だからだ。”ソフィア”の存在も、ファイアストームが温存対象にするカードの一つ。そして今、ここで”ソフィア”の代わりに別の一枚のカードを切る事を、ファイアストームは考えていた。
拳骨射手の
――そしてこの瞬間、ファイアストームが勝負を仕掛けた!
レイズの時! ファイアストームは半身のまま大きく踏み込むと、カーボンの左手を大きく開き、拳骨射手の顎めがけて掌底を放った。突き上げの掌底が当たると脳を激しく揺さぶれる拳骨射手。
だが……耐える! 彼の太い首が衝撃に耐える。崩れない。
ファイアストームも動じない。そのまま連続技へと繋ぐ。右手首で拳骨射手の左手首を掴み、自身の左足を相手の後ろ側に滑り込ませる。そして左足で、相手の左足を勢いよく……刈る!
入り身突きと呼ばれる打撃技からの大外刈りへの連続変化。必殺・フィニッシュムーブと呼ぶに相応しい切れ味の技だったが……それでも拳骨射手は刈られた左足を瞬時に戻し、首と背筋に残された全ての力を振り絞り……耐えた!
だが、それでもまだファイアストームは止まらなかった。
代わりに、心の内で祈った。
(飛んでくれ……! オオウミガラス!)
ファイアストームが右手を離すと左腕を思いきりまくった。黒いカーボンの腕が露わになり、Yシャツの袖のボタンがブチブチとはじけ飛ぶ。肘まであるカーボンの義手の腕に描かれているのは、ゲアフォウルという鳥。
それは「大海烏(オオウミガラス)」の和名でかつて呼ばれた、人間の理不尽な暴力と悪意、そして身勝手な快楽と欲望の犠牲となって死に絶えた鳥。
親を愛し、恋人を愛し、人間を愛し、そして裏切られ、死に絶えた、飛べない哀れな鳥の名前……。
ファイアストーム専用:戦闘用義手【レイジング・ゲアフォウル】は多くの機能を持たない。
たとえば、大学潜入で用いた【セージ・オブ・オウル】のような、指向性集音装置や、他にも内臓された精密機器の類は一切これには内臓されていない。なんとも実に不器用な義手だ。
だが、【セージ・オブ・オウル(梟)】の腕を捨ててまで、彼が今日、保険として装備してくるだけの圧倒的な強みが【レイジング・ゲアフォウル(大海烏)】にはある。
――それは、争いに対しての圧倒的な強さだ。
機械の腕でありながらも、カートゥンアニメ的な、ブルドーザーや戦車の如き圧倒的なパワーをそれは持たない。しかし、カーボンフレームは軽く、丈夫で、拳や指先に内臓している精密機器がないからこそ、構造的にも頑丈で、高い身体能力を持った超能力者同士の激しい殴り合い、掴み合いになっても壊れにくい。
――そして、ほとんどの特殊機能が省かれた、あまりに不器用なその義手にも、たった一つだけ搭載を許された武装がある。
「【レイジング・ゲアフォウル】、開放(オープン)!」
ファイアストームの義手の内側が開き、中から銃口が現れた。ファイアストームの叫びに、オオウミガラスは応えてくれた。モーターがフル駆動し唸りをあげた。ファイアストームが掴んだ拳骨射手の首をフルパワーで掴み、それを両手で振りほどこうとする彼の力に抗う。
この腕にたった一つだけ搭載された武装、それは【.454カスール:マグナム弾発射機構】。
マグナムと言えば、44マグナムを越える知名度のものは恐らく日本国内には存在しない。例え熊だろうがライオンだろうが、どんな巨漢の悪党だろうが一撃の咆哮のもとに葬り去る。それが強力無比なマグナムであるということ、それが44であるということだ。
だが、その44マグナムを越えるマグナム弾は存在する。その代表例こそが、この.454カスール弾だ。.454カスールは市販規格としては実質的な最強のマグナムの規格であり、その破壊力は一説に44マグナムの約二倍。
戦闘用でありながら、なぜたった一つしか装備がないのか。
――それ一つさえあれば、地上に生けるほぼ全ての生物は、殺すことが出来るからだ。
「発射(ファイア)!!!!」
ファイアストームが吼えた。
――轟音。復讐のオオウミガラスが、ファイアストームと共に咆哮する。
金色に燃える炎を吐き、光り輝く.454カスールを高速で撃ちだす。淡く輝く薬莢が腕から排出され、宙に舞って、消える。
零距離から放たれた最強のマグナム弾が、一撃で敵の首を貫いた。
EPISODE「オープンファイア:エピローグ」へ。
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