開戦(オープン・ファイア):ACT3



「そこのあなた、ちょっといいかな……」

 体格の良い警備ズボンの男が呼び止めるようにレイに声をかけた。後ろのスーツの男たち三人が、懐に手を伸ばす。

 レイが左手にはめた人工皮膚手袋を静かに外し、ポケットに押し込んだ。隠していた黒いカーボンの左手を軽く握りしめる。

「良いとも。用件はわかっている……」

 レイは背を向けたまま呼びかけに応える。



 だが、お前たちは勘違いしている。自分たちは”処理”する側だと。しかし――


「今ならまだ、貴様らの狼藉ろうぜきを見逃してやらんこともない。だが、来るというのなら……」


 ――お前たちは”処理”される側の存在だ。


「目をえぐられ、手足をもがれ、生きたまま内臓を引きずり出されることになっても……命乞いをしないつもりでいるのならば、かかってこい……」





A Tear shines in the Darkness city.

 Fire in the Rain (雨の中の灯火)


第四節 【開戦】

EPISODE 020 「オープン・ファイア:ACT3」




「こっちは4人だ。脅しのつもりか」

 レイの放った”脅し”に対し、彼らは一歩も引く様子を見せない。緑の警備ズボンの男の後ろの三人は、拳銃を抜き、その銃口をレイに向けた。拳銃に空いたガンバレルの穴がレイを睨む。


「いいや、”最後通告”だ」

 レイは振り向かずに告げる。


「下らん。我々にとってはお前なんぞ、ついでの処理だ。興味もない。オイ、処理しろ」

 大柄の警備ズボンの男が合図を出した。


 スーツの男たちが引き金にかけた指に力を込めようとする一瞬に、レイが素早く振り向いた。




 レイが振り向き、警備ズボンの男とスーツの男たち四人と向き合った時、彼はもう、坂本 レイではなくなっていた。


 ――そこにいたのは「ファイアストーム」のコードネームを持つ男。



 敵は四人。自分はたった一人。周囲に望める味方増援はなし。ソフィアは絶対に出さない。

 拳銃は一丁だけ。暗器のデリンジャーさえ無し。

 大型火器なし、防具なし、ナイフ・マチェット等の近接武装もなし。



 極めて軽装。極めて不利。


 だが、殺る。




 ファイアストームの右目が金色に輝いた。その強く激しい輝きは、まるで黄金の炎のようだった。

 彼に向けられたガンバレルから銃弾が飛び出すよりも、炎の嵐が吹きすさぶ速度は速かった。



 ファイアストームは振り向くと同時に、Yシャツの上に着たタクティカルサスペンダーから一丁の拳銃を引き抜いていた。


 引き抜いた拳銃は日本の警察が使うニューナンブ・リボルバーでも、自衛隊が使っているミネベアP9でも、国内マフィアを中心に使われているトカレフでもない。


 スイス SIG社「ザウエルP226」9mmオートマチック・ハンドガン。それが彼が右手に持った武器。



「こいつ! 散開しろ!」


 警備ズボンの男が異変と危険を感じ取り叫んだ。まず叫んだ本人がその場でローリング。


 次に動きが早かったのは碇、上司の指示を素早く受け取り、壁際に向かって飛び込み前転を行う。その二人に比べ残り二人は反応が遅かった。一人はその場で銃を構えたまましゃがみ込む。最後に、引き金を引く事に意識を多く割いていた男。



 彼が最初の戦死者だった。



 ファイアストームの右手に持ったザウエルピストルから弾丸が飛び出す。それは銃弾特有の金属の質感を感じさせず、金色に淡く光る弾丸で、銃弾には血のようなエンジ色の、三つ葉のクローバーのマークが刻まれている。


 それはキラキラ淡く光る金色の硝煙の線をらせん状に引き、超高速でスーツ姿の男の一人の額を貫通した。


 頭を撃ち抜かれた男が、己が見舞われた状況を理解する暇もなく、断末魔の悲鳴をあげる暇さえもなく、一瞬にしてその命を無慈悲に奪われ、地に伏せた。


「あと3人」

 ファイアストームが呟いた。それから足元のブリーフケースを蹴り上げ、脇へと追いやる。中に入っている一番大切なものが、巻き込まれて壊されないように。



 相対する彼らの中で、最初に動いたのは碇だった。前転から膝立ち姿勢の碇が拳銃をファイアストームに向け発砲した。硝煙を散らし、金属の弾丸がファイアストームの方へと向かう。


(遅い)

 ファイアストームはそのまま碇の方に身体を向けず、銃口のみを向けて発砲。またもや輝く銃弾が飛び出した。


 二者の間を二発の銃弾が飛ぶ。このまま飛べば、二発の銃弾はすれ違い、碇の放った金属の弾丸はファイアストームの左脚に、ファイアストームの放った淡く光る弾丸は、碇の左肩をかすめ壁に突き刺さる。そのはずだった。


 突如、すれ違うかと思われた光の弾丸がその軌道を変え、向かい来る金属の弾丸に食らいついた。

 銃弾同士がぶつかり、空中で小さく炸裂。二発の弾丸は、お互いのどちら側にも到達せず、弾けて消えた。


 一体何が起こったのか、その場の誰も理解しなかった。ただ一人、ファイアストーム本人を除いては。


「……!?」

 空中で起こった炸裂に、碇は驚く。相手は無傷、一体何が起こったのか。だがその考える間を、相手は与えてくれない。


 黒スーツの男の一人が発砲した。狙いは大きく外れ、後ろの壁に命中する。ファイアストームは銃口だけを向け、片手で発砲。




 男は眉間を撃ち抜かれ、力なく倒れた。

「あと2人」


 ファイアストームが無感情に呟く。未だ生き残る二人の男たちは、その光景に戦慄した。




 一つの合図、一発の銃弾、それで終わるはずの仕事だった。


 ――それがあっという間に、逆に二人殺された。




『ファイアストーム。HQに繋がりました。今代わります』

 ソフィアからのテレパシーによる報告。

『こちら「ハンムラビ・ソサエティ ジャパン・HQ(エイチキュー)」』

 通信相手が代わり、別の女性の声が聞こえた。


 半袖Tシャツに警備ズボンの大柄中年男、本名は「三浦 良夫」。だが既に、この場で名乗るべき名はそれではなかった。


 男は相手が人の姿にして人ならざる”超越者”である事を認める。


「碇……いや、”アイアンハンド”。相手は超越者(オーバーマン)だ。……いや、両方持ちの超能力者サイキッカーかもしれん。全力で行くぞ。サポートしろ」



 三浦こと、コードネーム:拳骨射手(ゲンコツ・シューター)がアイアンハンドに指示を行う。


「足を止めます」

「良し。やれ」


 本名「碇 健一」あらためコードネーム:アイアンハンドが立ち上がり、スーツの上着をその場に投げ捨てるとYシャツの右袖をまくった。


 ファイアストームは銃を構え、拳骨射手、そしてアイアンハンドの二人と向かい合う。先の二人を殺す事は彼にとってあまりにも容易かった。


 だが、この残り二人はどうだろうか。そこで既に血の海に沈み、先んじて地獄へと旅立った二人とは恐らく違う。格の違いが、雰囲気から感じ取れた。



「こちらファイアストーム。職員コード:ノーヴェンヴァー/フォー/シクス/シクス/スリー/デルタ/エコー』


 ファイアストームが自らのIDコードを読み上げる。たった数秒の認証時間が、今はとても長かった。

 ファイアストームが二発、銃弾を放った。真っすぐに飛ぶ光の弾丸が真ん中で二手に分かれ、それぞれ拳骨射手、アイアンハンドへと向かう。


 二人は回避行動を取るが、避けきれない。弾丸そのものは一瞬だが”視えた”。だが、彼らが避けようとする以上に光の銃弾が”曲がる”のだ。


 光の銃弾が拳骨射手の脇腹に、アイアンハンドの額に突き刺さろうとする。被弾の瞬間、二人の体表を薄い膜が張り、不可視のバリアとなって彼らの身を守る。弾丸はバリアを突き破って命を食い破ろうとし、バリアはそれを必死で押し返す。


「グウッ……!」「くっ……」

 銃弾を受け、二人がよろめいた。常識で考えれば、9mm口径の銃弾を受ければ、当たり所が良かろうが、例え大の大人でも一発でノックアウト。当たり所が悪ければ当然即死――今ここで血の海に沈む二人の亡骸が、まさしくそうだ。



「効くなあ……ッ!」

 だが、二人は倒れなかった。痛みに拳骨射手(ゲンコツ・シューター)が唸る。彼のTシャツの脇には穴が開き出血しているが、傷は深くない。


「アイアンハンド! まだやれるだろうな!」


「当然です」

 膝をついたアイアンハンドが立ち上がる。額に銃撃を受け、血をボタボタと垂らしているが、彼の頭蓋骨はまだ、貫通されていなかった。


『職員コード及び声紋認証を確認。ご苦労様ですファイアストーム。ご用件をどうぞ』

 レイの頭に響く女性オペレーターからの通信。実に長い数秒だった。


「コード036E:未知の敵勢力から襲撃を受けている。どうぞ」

『増援要請でしょうか。どうぞ』

「いいや。だが大至急「コウノトリ」を派遣して欲しい。7番装備ギアセットに3番のオプションだ。どうぞ」


『ミラ36(サーティン・シックス)より、申請書類は提出済み。こちらは交戦中です。迅速な許可を』

 ソフィアの声が割って入る。いつもの明るい口調はなく、どこか焦り、苛立った様子だった。

『すみません、ただちに……』



 向かって来たのはアイアンハンド。ファイアストームとの距離を詰めるため、まっすぐに向かってくる。ファイアストームはそれを迎え撃つがごとく片手で銃撃。アイアンハンドは左手で心臓を、右手で頭部を守るようにして、まっすぐ突っ込んでくる。


 迎え撃つ光の弾丸は1、2、3……三発の銃弾がアイアンハンドに刺さる。弾丸がアイアンハンドの左脚に突き刺さる。腹部に突き刺さる。一発一発が大型バイクに撥ね飛ばされるかのような衝撃。だが、踏みとどまり、耐える。防御姿勢のまま前進する。


(……! 重い! だが大丈夫だ! こっちはまだ耐えられる!)


 アイアンハンドの身を守る不可視のバリアが、彼を致命傷から遠ざける。一発、一発、被弾するたびに一瞬だけ、薄い光の膜が現れ、懸命に彼の命を守ろうとする。


 一発の銃弾がカーブし、アイアンハンドのガードをすり抜けて、横から彼のこめかみに突き刺さった。こめかみから横に突き抜けようとする淡い光の弾丸を、薄い光のバリアが隔たる。



 このバリアのお陰で複数度の銃撃にさらされてもアイアンハンドはまだ生きている。立っている。だが、このバリアを破られれば、その先に待っているのは――死。



 ――その時、バリアが割られた。



(マズイ……!)

 ――追撃の四発目。こめかみへと二度目の横殴りの衝撃。アイアンハンドの視界がブラックアウトし、意識が飛ぶ。バランスを崩し、倒れ掛かる。


(これで三人目)

 ファイアストームが尚も執拗に銃口を向ける。アイアンハンド後ろの拳骨射手が素手で構えた。


「……! まだだッ!」

(三浦さん、俺はまだやれる……! ”チャージ”に専念を……!)


 アイアンハンドが手を伸ばし、後ろの拳骨射手を制した。

 バランスを崩して倒れるかと思われたアイアンハンドが意識を回復し、踏みとどまった。こめかみから血が流れる。ギリギリの状態で四発目に耐え、辛うじて生き残った。


 捨身の突進で距離は詰めた。踏みとどまったアイアンハンドは射線から逃れるようにして身を引くくし、命がけのラガーマン・タックルを仕掛けた。

「うおおおおおおおお!」


 アイアンハンドがついにファイアストームへと組み付いた。ファイアストームはタックルによる転倒を防ぐべく、左足を後ろに下げ踏みとどまる。


 ファイアストームは拳銃を握りしめたまま、ファイアストームから見て左脇に抱えるアイアンハンドの頭部めがけて拳を振り下ろし、銃床でアイアンハンドの後頭部を砕くことを図る。


(……これ以上頭に貰うと死ぬ……マズイ!)


 頭部への執拗な攻撃に、超人的体力を持つアイアンハンドであってもその健康状態は、極めて危険な状態にあった。特に頭部へのダメージは重く、この時既に彼の頭蓋骨にはヒビが入っていた。


 ――さっきの攻撃で一回バリアを割られた。恐らくあと二、三回、頭部に強烈な攻撃を受ければ自分は死ぬだろう。


(PSY発動! 間に合え……!)


 危機を察知したアイアンハンドが、組み付く右腕を外し、ファイアストームの銃床攻撃から頭部を守るべく割って入る。アイアンハンドの右腕が金属質の腕へと変化した。


 ……ガキン! 金属音。間一髪、アイアンハンドは攻撃を受け止めた。ダメージは無い。大丈夫だ。



『申し訳ございません。確認ができました。20分以内に荷物の積載せきさいを完了し現着げんちゃく予定。それまでに周辺の制圧を願います。どうぞ』

『15分でお願いします。緊急です……急いで!』


 ソフィアが割り込み、その声を荒げた。


『かしこまりました』


 ファイアストームが膝蹴りを見舞う。右の膝がアイアンハンドの胸部を捉え、肺を圧迫する。

「かはっ……」

 それからダメージで組み付く力が弱まったのを見計らって、アイアンハンドの組付きを逃れ突き離すと、左拳によるショートフックでアイアンハンドの側頭部を殴りつける。深まる頭蓋骨の亀裂。


 そして左手の掌底による突き出しで、アイアンハンドの頭蓋骨と頸椎の破壊を狙う。炎の嵐の勢いは衰える事を知らない。アイアンハンドが頭を上げ、右腕で攻撃をガードする。拳を受けて後ずさる。


 アイアンハンドが持つ”超能力サイキック”の特性によって硬化中の、彼の右腕を全力で殴りつければ、常人の拳なら打ち負けて、一瞬で逆に殴った拳の骨が砕け散ってしまうことだろう。だがファイアストームは眉一つ動かさない。アイアンハンドが彼の左拳を見る。


(――コイツも俺と同じ能力? ……いや、義手か?)



「了解、引き続き掃討にあたる。通信終了」

 ファイアストームは本部への通信を終え、同時にアイアンハンドと、後ろに控える拳骨射手へ、計三発の銃撃。


 アイアンハンドが向かい来る光の弾丸めがけて拳を突き出す。弾丸と拳がぶつかる。

 衝撃、炸裂、アイアンハンドの右腕が衝撃で跳ね上がる。そして、そのままの勢いでバックハンドブロー。


(させるか……!)

 拳骨射手へと向かう二発の弾丸を、右の裏拳で撃ち落とす。

 銃弾は破壊されたが、腕は弾かれ衝撃でよろめく。



 ――だが、まだ無事だ。体のあちこち、特に頭部からの流血はおびただしく、ふらつき、息も絶え絶えなアイアンハンドであったが、鉄へと変質した右手からの出血は見られない。銃弾を受けた個所に小さなヒビ。銃痕が黒く焦げ付き、小さく煙を放っている。


 ファイアストームが相手の変質した右腕を見る。

(……相殺された。そしてあの腕。やはり超能力者サイキッカーか。ということは……)


「はあ……はぁ……」

 彼と向かい合うアイアンハンド、ファイアストームとの戦闘は劣勢というほかなかった。



 未だかつて出会ったことのない強敵。

 超人的な身体能力。あの”曲がる弾丸”を操り銃撃を確実に当てに来る高い射撃能力。間合いを詰めても劣勢を覆せないどころか、逆に差を広げられるほどの高い格闘能力。一瞬で二人を殺害する躊躇ちゅうちょの無さ。集中的に自分の頭部を何度も狙い殺そうとして来る、執拗しつようかつ冷酷無比な性格。



 これほどまでに恐ろしく強力な敵が、かつて自分の人生に立ちふさがった事はあっただろうか?

 

 自分よりも、今まで会ったどんな相手よりも。彼は強い。

 恐らく後ろに控える自分の上司よりも。

 このままでは負ける――。


 俺、死ぬのか?



 ――いや、勝つ!



「うおおおおおおおあああああああああ!!!」

 その時、アイアンハンドが吼えた。彼の髪は黒髪からグレーに、両目はヘイゼル色へと変色し輝いた。


 


 満身創痍の彼は今、命の全てをこの戦いに、この一撃に託そうとしていた。

 銃撃相殺後の隙を狙って、アイアンハンドはくろがねに変質した己の右拳を、大地に向けて打ち込んだ。アスファルトの床が割れ、亀裂が広がり、大地が揺れる。


 アイアンハンドのコードネームの由来となる、彼の鉄の右腕にも大きなヒビが入った。


(やはり、後ろのヤツも……)

 ファイアストームが後方の拳骨射手を見た。


「はあああああ……」

 後ろの男は青白い息を吐き、両目を青く光らせ、右の拳に青白い光をまとっている。ファイアストームが舌打ちした。あれは”何か”を溜めている。彼の経験と予測が正しければ恐らく……。


 アイアンハンドが全身全霊で打ち込んだ一撃が生んだのは、たった一瞬の局所的な地震。敵への直接的なダメージはない。だがそれで充分だった。地震でファイアストームの足が止まった。



「三浦さん! 今だ!!!」


 アイアンハンドが後方に控える拳骨射手(ゲンコツ・シューター)の本名を叫んだ。

「よくやった!!!!」





 拳骨射手が虚空に正拳突きを繰り出す。瞬間、右拳が強く、青く、発光した――。

(”そっち”が本命か――)




 

 ファイアストームとアイアンハンド、二人の姿が閃光に呑まれる。



 ファイアストームが見たのは、人の大きさほどの拳の形をした、巨大な青白い衝撃波。

 ――直後、爆発が起こった。




EPISODE「オープン・ファイア ACT:4」へ続く。

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