梟(フクロウ)の腕を持つ男:ACT2




 レイがアプリケーションを走らせると、タブレットPCに取り付けた小型装置が作動、周辺から送信データの取得を開始する。


 目論見はこうだ。生徒ができるだけ多く集まる講義に出席し、講義中に生徒たちが裏で回してる通信を取得する。


『とりあえず2~3か所でこれをやって情報を集めながら、被害者の生前の知人に接触する』




EPISODE 017 「梟の腕を持つ男:ACT2」



 それから何か所か教室に赴き、表面上は講義を受け、裏では生徒たちが講義中に飛ばすLINEやTwitterなどの通信データを傍受した。もちろん傍受データの解析作業も並行して。百目は有用な分、結構なマシンパワーを要しPCに負担をかけるソフトウェアではあったが、辛うじてタブレットPCは持ちこたえてくれていた。



『それで、何か得られましたか?』



 講義の行われていない小教室で、食事中・あるいは休憩中の生徒たちに混ざって作業を進めるレイの姿はあった。


 レイはカロリーメイトを緑茶で胃に流し込みながら、取得できたデータログを読める形で復元し、その解析作業に移っている。



 表向き自殺ということになっている。この大学に通っていた被害女性の名前は野真坂 春菜。レイは検索ボックスに文字列を打ち込む。野真坂。春菜。ハルナ。ハル。……手ごたえはない。


『ソフィア。野真坂 春菜。どんな愛称があると思う?』

 小難しい表情で検索ワードを打ち込むレイが、ソフィアの知恵とひらめきを頼った。ソフィアは少し考え込んでから、一言こう答えた。


『ノンちゃん』

『ノマサカだからか? ……お前を連れてきて正解だったかも』



 ビンゴ。「ノン」、「ノンちゃん」で検索ワードをかけた所、いくつかログの中にヒットがあった。該当ログを、見る。単なる送受信ログの盗み見に過ぎないから通信内容の全貌がわかるわけではないが、「死」、「葬式」などの文脈を見るに、恐らく彼女の事だろうという確信は取れる。


『”かも?” そういう私の活躍についてはきちんと確定させて?』

『それじゃ、もう一つ頼みたいことがある。この識別番号のスマホ、所有者情報とGPS情報を調べたい。セキュリティは低いはずだから、恐らく追跡は難しくない』



 レイがログ送信者のスマートフォン識別IDを表示させ、ソフィアに伝えるようにして心の中で読み上げる。

『組織の専用ネットワークに繋ぐから、ちょっと時間かかるよー』

『どれくらいだ?』


『1~2分ぐらい』

『よし、頼む』

 レイは立ち上がり、行動に移る。カロリーメイトの空き箱や空きペットボトルをゴミ箱に放り、教室を出る。


「まだ学内に居るかどうかが問題だ」


 レイが最初に懸念したことはそれだった。今レイは、傍受したログデータから、その送受信を行った端末の持ち主を探し当てようとしている。その人物が今日、大学に来ていたことは間違いないが、帰っていないとも言い切れない。



『まだ絞り込みの途中だけど、この一帯にはまだ居るみたい』

「ソフィア、繋いでくれるか。ここで勝負をかける」

『オーケイ!』


 ソフィアがカバン内から触手を伸ばし、レイの首筋に細い一本の触手をくっつけた。レイの肉眼とは異なる新たな視界が生まれる。ソフィアの提供してくれた視界にはPCモニターの画面。レイが求めたスマートフォン端末IDの位置情報を今まさに絞り込んでいる。モニターの地図に表示された、その位置情報を示す大きな水色の円は徐々に小さくなってゆく。


「所有者情報はまだかかるか?」

『あとすこし……』

 地図上の水色の円は更に狭まる。レイはその中心部分に飛び込むように学内を進む。



『所有者情報、出ましたよ。石田 浩介コウスケ。スマホの登録ネームは「コウ」。これ以上の個人情報はセキュリティレベルが上がるので、時間がかかります』

「いや、名前がわかれば何とかなる。GPSはそれが限界か?」



 ソフィアのドローン提供の視界を見てレイが聞く。位置情報を示す青い円はかなり小さくはなったが、衛星写真の地図情報と、それに対する大きさでは、対象者が大まかにどの辺りにいるかはわかっても、具体的に学内のどの教室の、どの場所にいるかまでの精確性はわからない。


『はい、このあたりが今日の科学テクノロジーの限界です。あとは魔法サイキックにでも頼らないと』


 ソフィアが観念するように言った。21世紀のテクノロジー社会となり、多くの発達した科学技術が身の回りに溢れかえり、今ではちょっとお金を払うだけで一般市民でさえ衛星軌道上に打ちあがった人工の星の加護を得る事さえできる。だがそれにもまだ、現実として技術的限界が依然としてあるのだ。


 だがレイは毅然きぜんと廊下を進む。そして講義に使われず生徒のたまり場となっている大教室の隅に座り、一言呟く。


「いいや……まだ頼れるテクノロジーはある」



 レイは周囲を確認すると、義手を誤魔化すための人工皮膚手袋から人差し指部分先のみを露出させた。隠した炭素繊維強化プラスチックの黒い外殻が直接外気に触れる。


 この人工皮膚手袋も今日持ちだした義手に合わせて、指部分だけを露出させられるような仕様のものを選んで持ってきている。



「指向性集音装置、起動アクティブ

 左腕義手の人差し指の先が緑色に小さく点滅した。


 ここからが彼が今日わざわざ換装してまで持ち出してきた特殊義手【セージ・オブ・オウル】の力の見せ所だ。レイがジャケットのポケットから無線イヤホンを取り出し、右耳に装着する。



 右手ではスマートフォンをいじるそぶりをして、机の上に置かれた左手を、人差し指を彼の前方でたむろしている教室内の生徒にゆっくり向け、傾けてゆく。

 義手に内蔵された高性能指向性集音装置が、生徒グループの会話を拾い上げてゆく。彼のスマートフォンには、以前”組織”のエンジニアに作って貰った連動アプリの画面。アプリ経由で音量などを調整する。



「……でね……のカレシが……」

 雑音交じりに聞こえる女子グループの会話……違う、これじゃない。レイは人差し指の傾きを変える。


「……はクソ」

「3話で切った」

「……は面白い。オレは継続……」

 アニメの話題で盛り上がっているグループ……これか? わからない。次……。


「……シフトが……」

「オレは……単位……」

「コーちんは……」

 アルバイトの話をしている男子グループの一つ……集音装置を通して聞こえる会話に、レイは注意深く耳を傾ける……。


「このグループか……?」


 その後もレイは注意深く男子グループに集音装置を向け、会話に聞き耳を立てる。

「タバコ吸ってくる」

 監視中の男性グループの一人が言う。先手を打ってレイが立ち上がる。タバコを吸うと言った男もその後に立ち上がった。




 席を立った二人は、教室を出て、学内テラスに設置された喫煙スペースに向かう。男がタバコを取り出すと、レイがポケットからライターを取り出し、生徒の男に差し出した。


「どうぞ」

「あ、どうも」


 生徒の男がタバコに火をともし、煙を吸い込む。レイは全く喫煙をしない男だが、こういう時のためにライターだけは持ち歩いている事が多い。


 男子生徒の背はレイよりも高い、180近くあり、肌は焼けていて、耳には複数のピアス。今日のレイは変装の一環で普段の白髪交じりの黒髪を茶に染め、左目もとの傷や目元の隈も、薄いメイクで隠しているせいもあるが、社会人のレイよりも、第三者が見ればその男子学生の方が年上にさえ見えたことだろう。



 レイは男子生徒にきさくに話しかける。

「ああ、いきなりごめんね。俺、ほんとはここの卒業生オービーで、大島おおしまっていうんだけどさ」

 レイが偽名を名乗った。



「あ、どもっす」

 男子生徒がタバコをふかしながら会釈する。

「石田 浩介って生徒の子探してるんだけど、知らないかな」

 レイが尋ね人の名を出す。


「あ、それ俺っすけど、なんか用すか?」

 すると、彼自身が尋ね人その人である事を名乗り出た。



「ああ、ちょっと後輩の子が最近、死んじゃったって聞いたから……、その事でちょっと聞きたくて」

「あー……ノンちゃんかあ……」


 レイがいうと、石田は暗い様子で反応を示した。彼のスマートフォンの通信内容からして、情報を何か持っているかもしれない。情報を引き出すためレイが話を合わせてゆく。


「そうそう……自殺って聞いたからさ。会ったことあるけど、そんな自殺しちゃう、って感じの子じゃなかったしさ……どうしちゃったんだろって」


 レイの言葉には今回の事件に対する含みもあったが、被害者の子に会ったことがあるなどというのは嘘だ。だが精神疾患の類や、家庭環境が荒れていたというデータはレイの調査では見つからなかった事も事実。


「……そーなんスよねー……。ノンちゃんとはサークル同じだったから遊んだりもしたんだけど……」

「自殺するほど悩んでる感じはしなかった?」

 レイが改めて確認を問うと、石田は頷いた。

「まー、そっスねー……。別にメンヘラって感じじゃなかったし、フツーっていうか」

 石田は吸い終わったタバコを吸殻入れへと押し込み、二本目を取り出す。



「そうだよねー。あ、もう一本吸うかい?」

 レイがライターを差し出す。石田はライターの火へと咥えたタバコを近づけ、火を点す。

「あ、どうもすんません。お兄さんは吸わないんすか?」

「ああ、俺は吸わないんだ。上司との付き合いとかでライターは持ち歩いてるけどね」


 二人はテラスから遠くの景色を無言で見つめる。石田はタバコから大きな煙を、溜息交じりに吐いてから、こう語りだした。


「……先輩聞いてるかもしんないスけど、ノンちゃんアナウンサー目指してて、性格も良かったし……。自分サークル一緒だったんで、葬儀行ったんスけどねー……」

「……公園で首吊りって、後輩から聞いた」



「そうですか。でもあの日ノンちゃん、夜はパーティがあるからってサークル早く抜けて帰っちゃったんだよねー」

「先月の15日とか、それぐらい?」


 レイが日付を尋ねた。石田はスマートフォンを取り出して、コミュニケーションアプリの履歴を確認する。

「あー、日付はどうだったかな。……うーん、多分そんぐらいッスね。ノンちゃんから最後にLINEあったのその日だから」

 石田が画面を見て答えた。

(やはり……)


 一月十五日、依頼人の涼子によれば、それが麗菜を見かけた最後の日だったという。この日付の一致は単なる偶然だろうか? いや……。


「パーティ? なにそれ、食事会みたいな感じ?」


 石田は肯定の意を示す。

「うん、なんかそういう集まりがあるからって……でもなんかその後連絡無くて、しばらくしてから自殺しちゃったって、俺は聞かされたんで」

「そっか……。場所とか誰が来るとか、何のパーティとか、具体的な事は聞いてないよね」

「あー、それわかんないッスね。俺も気になるっちゃ気になるけど……もう死んじゃったからどうにもなんないし」



 レイの質問に答える石田は淡々としていた。感情の起伏も感じられない。ただ漫然まんぜんとした諦め、言い換えれば割り切った風であった。

 レイはふと、自分もこれぐらい割り切れていたら、今より楽だっただろうか。と考えた。



「そうだよねー……。あ、ごめんね、タバコ吸いに来ただけなのに、色々野間坂さんの事聞いちゃって」

「いえ、先輩は今何の仕事してるんスか?」

 石田が尋ねると、レイは笑ってこう紹介する。

「俺? ”ライフコンサルタント”。生命保険の販売とかやってる」


 レイがそのように偽のプロフィールを口にすると、ソフィアは笑いを必死にこらえた。



「あー! なんかそんなカンジしてた! すごいっすね、資格とか必要なんでしょ?」

「ハハハ、まあね。石田君は今三年?」


「いや、去年留年したんでまだ二年ッス。春からは三年」

「そっか、就活大変だけど、諦めないで頑張ってね」

「どもっす。じゃ自分授業いくんで先輩もまた」

 石田は二本目のタバコを吸殻入れに押し込むと、笑顔で去って行った。去りゆく石田に右手をあげてレイは答える。




『……くふふふふ……。はあ、おかしかった。レイレイ、ライフコンサルタントとか言うんだもん。それで、成果は?』

 ソフィアが笑いながら尋ねる。


「上々だな。最小限の聞き込みで成果も得られた。帰ったらデータ解析の続きだな』



 ☘


 レイは自宅に戻ると、今日の取得データをソフィアに解析させながら報告書の作成を行う。直接必要のないジャンクデータも、ログを整理してしかるべき情報屋に売れば小銭ぐらいにはなるだろう。


 クロウラーから買い上げたデータ。その後自主的に手に入れたデータ。涼子から得られた証言。


 グラビアアイドルだったという少女の家で遺族から得た証言。そしてこの大学で得られた情報……。徐々にではあるが、情報は集まりつつある。



 そして、集めた情報に比例して、この自殺事件の底知れぬ闇をレイは感じ取りつつある。

 大量のバラバラ死体、それらが詰められた大量のスーツケース……こんなものが自殺であるはずはない。そして、単独の犯行でもない。


 これだけ雑な死体の処分を行っても自分たちは平気だ。安全だという大胆不敵さ、絶対の自信さえも感じられる。



 誰がやった? 何の為にやった? そいつらはどんな力を持っている? 何人いる? そして身元のわかっている少女三人が一斉に消えた一月十五日の夜……一体何が起こった?


 ――まだ、わからないことだらけだ。この闇の深さもまだ、わかってはいない。




 レイが報告書を書き上げていると、PCのモニターが紫に染まり、文章が表示される。



 「あなたのせいで、また人が死ぬ」

 「またあなたのせい」「あなたさえいなければ」




 表示された文字を見て、レイは苦し気に顔を抑えた。目をつむったまま首を上げ、深く深呼吸する。それから目を開き、PCモニターを見る。

 既に先ほどの紫の画面と文字は消えており、報告書の作成画面に戻っていた。



「……また増えてきたな」


 涼子は進捗報告を強く望んでおり、二日後にはまた横浜で会い、彼女に調査状況を報告する手筈になっている。どんな調査結果でも事実であり、真相を望まれている以上、相手が例え十六の少女であってもそれを偽る事はできない。――それが「対等」であるという事だからだ。




 ――この問題、先の展開を見据えて先手を打つ必要がある。備えなければ。

 レイはグラスにワインを注ぐと、一人それを飲み始めた。







第三節【開戦前夜】END.


第四節【開戦】へ続く。




===



☘TIPS:世界観


 徳島県には政府からの干渉を受けつけず独立を保つ、超能力の才能を持った少年少女のための小さな学校があり、第二次世界大戦の末期から戦後の高度成長期にかけて活躍した伝説のヒーローがその地を守っています。


 ……本当でしょうか? 彼らに関する物語が存在したようですが、その物語は今も封印され続けているという噂を耳にします。

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