梟(フクロウ)の腕を持つ男:ACT1



EPISODE 016 「梟(フクロウ)の腕を持つ男:ACT1」



 レイは東京にあるクローバー総合相談事務所 兼 自宅の地下室にて。データ解析用PCを使い、クロウラーから買い取ったデータの中身に引き続き目を通していた。そしておぞましい現場写真の数々にも……。



 こうした出来事は見慣れているが、そのレイでさえ思わず顔を背けたくなるような凄惨な写真の数々だった。



「全部バラバラか……」

『共通しているのは全て胴体ナシ。発見された手足の数も、頭部の数もバラバラ……。足の数は奇数だし、頭部なんか4つぐらいしかない』



「ソフィア、お前はどう思う」

 レイが腕組しソフィアに感想を訊いた。

『これを自殺として処理する警視庁の頭はおかしい。という感想以外にですか?』

 ソフィアが皮肉る。



「それも貴重な意見だ」

『異常な犯行ですね。大きな力が働いているように感じます』

「ああ、これは自殺じゃないし、単独犯でもない。……これだけの事ができる人物。少なくとも協力者がいる」


 ここに来てわかった事は、この事件の真相は涼子が考えるよりもずっと、いや、レイが考えていたよりもずっと深い闇の中にあるかもしれない、ということだった。



『これ、涼子ちゃんにはどのように知らせるべきでしょう』

「騙す事はできない。……おそらく他殺である、ということは最低でも伝えなきゃならない」




 これを知ったらあの少女はどんな顔をするだろうか、どれだけショックを受けるだろうか。ソフィアの懸念はレイも共有するものだったが、例えどんな内容でも偽らない事が、この仕事で最も大切で、涼子自身も求める事であるから、レイはこの事実を涼子には隠せない。


 近日中に彼女に連絡を取って、この事を直接話さなければならない。




『……そうですね。次はどうしますか』

「これだけの事をされるとな……身元のまだわかっていない遺体も多いが、判明したものもいくつかある。ソフィア、お前の端末の方でこの被害者人物のリスト、検索かけてくれるか」



 レイがキーボードから手を離し席を少しずらす。ソフィアのドローンはレイが開いた画面を見ながらモニターに近づき、キーボードへと細い触手を伸ばし、PCを操作する。


『任せて! ふんふん、この人たちね……』

 ソフィアは鼻歌を歌いながらオレンジ色の光をチカチカと点滅させる。しばらくすると点滅を止め、レイの後ろに回り込むと、触手をレイの首筋に当てた。


『あったよレイレイ、映像送るね。見える?』


 するとレイの両目の視野以外に、もう一つ新しい視野が生まれた。新たな視界に映るのはキーボードを叩く女性の細く真っ白な美しい指先。キーボードを叩く手が止まり、その両手がハートマークのジェスチャーを作る。女性のクスクス笑う声も聞こえた。


「ああ、見える」

 その光景が見えると、ずっと堅い表情だったレイも、その時は少しだけ表情を柔らかくした。ソフィアのドローンを通じて見える景色で、白く細い指がPCモニターの一か所を指さす。



『2人だけだけど、具体的な素性のわかった子がいるわ。一人は女子大生、もう一人は女子高生で、水着系でグラビアアイドルデビューしてるわ』


 ソフィア側から提供された視界には、PCモニターに二人の被害女性の生前写真と、生年月日や住所、血液型などのデータが表示されている。



「その女子大生が何者かもうちょっとわからないか、どんな大学かとか」


 女子大生というだけではいささか情報が足りない。レイが追加情報を求めると、グラビアアイドルだったという少女のデータを下げ、女子大生の方のデータをクローズアップする。


『ちょっとまって……うーん、文学部の広報学科? 広告業界とか、テレビ関係のお仕事を目指す人が通ってる。放送系とかの学校の学部みたい』



 ソフィアが情報を読み上げる。レイは腕を組んで唸る。

「依頼人の友達は声優……闇が深そうだな。ソフィア、あとでよく見たいからその2人のデータ、あと女子大生の大学に関するデータも、3階のPCに送ってくれ」



『わかった。それじゃレイレイ、私そろそろ寝るから、おやすみなさい』

「うん、おやすみソフィア」

『レイレイも早く寝てね。おやすみレイレイ』



 ☘




 ――それから二日後のまだ日の登らぬ暁。レイの姿は事務所 兼 自宅の浴室にあった。ただ、入浴中というわけでも、シャワーを浴びている、という様子でもなかった。



 半開きの浴室の隙間から、ソフィアのドローンが姿を見せる。レイは上半身裸で、浴室の椅子に腰かけている。


『ふぁぁぁ……レイレイ何してるの?』

 ソフィアのドローンからあくび声が漏れる。レイは振り向かずに、そのまま浴室内での作業を続ける。

「ああ、おはようソフィア……起こしたか?」



 ソフィアはレイの引き締まって筋肉のついた身体をなめまわすように見る。左腕から先はカーボンフレームによる機械の腕に置き換えられ、背中にはあちこち傷跡がある。



 いや、左手にはカーボン義手の上からゴム手袋がはめられていた。



『おはようレイレイ。ううん、平気、それで……イメチェン?」

「ああ、これか……」

 レイの足元にはヘアカラースプレーが置かれている。左手にはくし、その染髪剤を使って白髪交じりの地毛をブラウンに染めている所だった。


『茶色なんかに染めちゃって、チャラ男って感じ。ちゃらっちゃらー!』


「それな……。はあ、でも今日は潜入するから仕方がないんだ」

『染髪剤なんか使ってハゲたら知りませんよ』



「そうならないように、組織の開発部がわざわざ染髪剤作ってくれたんだろ」

『作ってくれた開発部のおじさん、ハゲてましたけど』

「……あれは結婚のストレスだ。仕方がない」

『そうですか……』


 ソフィアの悲し気な反応をよそに、レイは黙々と作業を続ける。髪を茶色に染め、整髪剤で髪型を整える。耳には普段はめったにつけない、三つ葉のクローバーをかたどったピアスをつける。



 髪を整えた後、レイはタンクトップだけを上に着て、薄着のままエレベーターで地下室へと向かった。移動しながらレイはソフィアと会話する。


『それで、潜入先って?』

「例の大学だ」

 レイは答えた。


『もう行くの? 今日は一緒にゲームしようよ』

「大学は今月中に春休みに入る。情報収集なら急ぐ必要がある。まあ、大学の見取り図や情報はもう大体覚えた。大丈夫だろう」


『まあ、基本的には私がサポートしますけど』

「頼むぞ」


 地下の隠し扉を抜けた先は彼の武器庫。向かいの壁にはアサルトライフルやセミオートアクションライフル、ショットガンのような両手持ちの銃が立てかけてある。どれもこれも、一介の探偵が持つにしては異常な品々だ。



 しかし彼の目当てはこの武器の数々ではない。武器庫にある彼の左の義手のセットにこそ、レイの目的はある。


 レイが室内のボタンの一つを押すと、壁が開き、中の棚に飾られた彼専用の義手がいくつも出てきた。



『腕も交換するの?』

「ああ【レイジング・ゲアフォウル】でやるには今日のは繊細すぎる……気に入ってるんだがな」



 そういうと、レイは装着していたカーボン義手を左腕から外した。


 愛称【レイジング・ゲアフォウル】ペンギンの先祖にあたる動物の絵がペイントされたこのカーボン義手は有用でレイの愛用腕だが、彼にとって残念なことに今日の仕事には若干不向きである。


 義手を修理・点検用のラックに置くと、レイは代わりに別の義手をラックから手に取った。



「よし、これで行く」

『それ……暗所作業や潜入・捜索、諜報活動用のアームね』




 それは一見、彼が先ほどまで装着していた【レイジング・ゲアフォウル】と同じ、カーボンフレーム材質の人工腕に見える。だが指先や腕の表部分などのディテールは微妙に異なり、腕部にはフクロウの青い瞳をイメージしたペイントが描かれている。


 その義手が持つ機能も、先ほどの義手とは異なる。

 このモデルにレイがつけた愛称は【セージ・オブ・オウル】。




 左肘から先を失っているレイが義手を神経接続する。神経接続する際の一瞬の痛みと不快感がレイの身体を走り、顔を歪ませる。神経接続が済むと、左手を軽く開閉させ、動作を確認。……問題はなさそうだった。


「よし、行こう」




 ☘


 レイはフルフェイスヘルメットを被り、私用のウラルバイクを走らせながら大学に向かっていた。走行中、ふいにレイが声をかける。


『それにしてもレイレイ、また忙しいね。昨日もグラビアやってた子の家、行って来たばかりなのに』

「まあな」


 レイが返答する。ソフィアの言う通り、レイは前日も涼子の親友の自殺現場で同時に遺体の発見された一人、グラビアアイドルだったという少女の自宅を訪ね、遺族から聞き取りを行ったばかりだ。



 グラビア事務所の仕事の関係者ということで花を持って赴き、せめて焼香だけでもと願ったところ、自宅まであげて貰い、そこで被害者の母から情報を得ることが出来た。



 死者をいたむ気持ちにこそ偽りはなかったが、レイは身分と経歴を偽り、情報を得るためだけに被害者の遺族に接触した。



 そこに罪悪感や後悔、後ろめたさがないわけではない。


 そして、その感情を完全に忘れ去ってはいけないことを、レイ自身は理解している。だがそれ以上に、それらの気持ちに後ろ髪を引かれれば、裏切りと死、そして喪失が待っていることも、レイはよく理解していた。




 レイが今最もすべきことは、涼子の目的、ひいては自らの目的を達すること。それ以外のことに、多くの気を割く事などできないのだ。





 レイがバイクを走らせ辿り着いたのは、都内の文化大学。



 もう二月に入って色々慌ただしい時期のようだが、カリキュラムを確認したところ、まだ大学の春休みは始まっていない。

 レイは敷地内にバイクを停車させると、座席からタブレットPCの入った手さげカバンを取り出し、そのまま学校内へ侵入する。



(色々外が気になるだろうが、どこに”視える”奴がいるかわからない。ソフィア、大人しくしてろよ)


 レイが囁く。今日の彼は私服にレザージャケット、背には小型の肩掛けショルダーバッグ。……その中にソフィアのドローンは収められていた。



 ソフィアをこの中に詰め込むのはサイズ的にギリギリで、ソフィアの収まった部分がそのまま膨らんでいる。いくら普通の人間にソフィアのドローンが見えないといっても、このカバンのふくらみそのものは、誰にでも認識可能だ、もっとも誰も気にしないが。


『えー! つまんなーい!』

 ソフィアは実に不服そうな声を出したが、そこは慣れたものなのか、レイがにらみを利かせる。


(この間バレたばっかりだよな?)

『はひぃ……』


 この間涼子にバレた時の事を言われるとソフィアも耳が痛いのか、それ以降はドローンの動きだけは大人しくなった。



『でも……実際どうするの? もう被害者の子、死んじゃってますけど』

「まあ見てろ。案はある」




……




 レイはこの大学で、既に行動の予定をつけている。大学内を行き交う生徒たちに紛れ、レイが真っすぐ向かったのは学内で一番大きなホール教室であった。


 この時期もまだ講義カリキュラムは行われており、そのため生徒もそれなりの数は大学に姿を見せていた。

 レイは生徒たち集団の中央やや後ろの列に座るとタブレットPCをテーブル上に置く。一応講義中なので、筆記用具とメモ帳も机に置き、表面上講義を受けていることとする。




『レイレイ、まさか授業受けに来ただけなんてことはないよね?』

 カバンからこっそりと、ドローンの触手を一本だけ出し、ソフィアは辺りをキョロキョロと見回す。それをレイが片手で抑えつけた。



『講義内容自体は興味あるが、今日は仕事だからやめておく。俺の目的は……こうだ』



 タブレットPCからアプリケーションの一つを立ち上げる。出所不明の中国人が作ったらしきソフトのためソフトにところどころ中国語表記があるが、使い方さえわかっていれば問題ない。


『そのソフトは?』

 ソフィアが尋ねる。隣の席の人間に聞こえたり怪しまれないように、レイもまたソフィアにだけ聞こえるテレパシーで互いに会話を行う。


『ただのハッキングアプリだ。スマホのOSとSNSツールのセキュリティ脆弱性を突くソフト』



 レイがソフトを走らせる。名前は百目(ヒャクメ)。レイが以前から使ってたソフトの上位互換ソフトウウェアで、中国製だが優秀だ。


 レイ本人はネットワークハッカーとしての才能はないが、それでもハッカーの真似事をする良い方法がある。極めて単純、優れたハッカーに金を払えば良い。簡単に使えて効果も高い、面白いオモチャを売ってくれる。




『前も似たの使ってた。それでそれで? どんなことができるの?』


『あれよりもうちょっと性能が良い。万能ではないが……周辺で使われてるスマホから送信されるデータを奪える。

 奪えるのは主にSkype、Line、Twitterの送受信ログデータ。他にもカカオトークとか、カップルズみたいなカップル専用アプリのデータも奪えるようになった』


 もとはLineのセキュリティ脆弱性が初めて世間で騒がれた時に作り始められたハックソフトの系譜だが、今では度重なる改良の結果、使用場面は多少限定されるが、Lineのみならず一般市民が使う範囲のコミュニケーションアプリの大部分のデータ送信は盗み見れるようになった。


『便利な世の中になりましたねえ~』

『おかげで仕事が捗ってる』


 タブレットPCに取り付けた小型装置が作動、周辺から送信データの取得を開始する。


 目論見はこうだ。生徒ができるだけ多く集まる講義に出席し、講義中に生徒たちが裏で回してる通信を取得する。

(とりあえず2~3か所でこれをやって情報を集めながら、被害者の生前の知人に接触する)




EPISODE「梟の腕を持つ男:ACT2」へ続く.



===


☘TIPS:世界観


 かつてシールドメイデンのコードネームで呼ばれた、非常に強力なキネシスの使い手がハンムラビ・ソサエティに所属していました。

 彼女は数年前に結婚、妊娠しアサシンを引退。今は戦いを完全に離れ、家族と共に暮らしています。


 彼女は戦いを完全に捨てましたが、今も世界のどこかで戦い続ける戦友の一人を気にしています。

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