第42話 How to Play The Game./1
世界には
†
「私の家には家訓があります」
“Ortensia Zhuang”の前で、人差し指をビッと立てて告げる、制服姿の少女。
対するは、全体的に黄色味が強いツンツン頭の青年と、モノクロに沈み闇に融けてしまいそうな下駄に「黄」印の羽織の男、「豪」と描かれた紋付袴に身を包んだ初老の男性、更には黒猫をその胸に抱きかかえる初老の女性と、その横に影のように付き従う灰色の男性。
計5人と1匹からなる、少女から見て「大人たち」と呼ぶべき集団に対して、少女は物怖じすることなく、毅然と言葉を重ねる。
「一つ。お客様には必ずお茶をお出しすること」
「あ、あのさ桐生さん―――」
「一つ」
口を挟もうとしたツンツン頭の青年の言葉を遮って、少女は淡々と告げる。
「……お客様は一組二人までが上限とすること」
少女はここで表情を曇らせ、額に立てた指を当ててため息をついた。
「まさか私に四組五名ものお客様が来るなんて、全く想定していませんでした。……このままではお茶を出し切れません」
そんなこんなで、一行は駅前の喫茶店にやってきたのだった。
「では皆さん、改めて名乗っていただけますか。あと、何故此処に来たのかもできれば」
場を仕切るのはこの中でも最年少と思われる女子高生、桐生 あやめである。
四組五名のうち、三組三名は見知った相手だ。ひとりはツンツン頭の黄色パーカー、鬼麟。ひとりはあまりにも白黒過ぎる「黄」印の羽織、黄桜。そしてひとりは桐生 あやめの実父、桐生
「私は月代 キヨ。こちらは臣也さん。一緒に暮らしているの」
「ご家族でしょうか?」
「まぁ、似たようなものです」
黄桜の問いに、はぐらかしのような答えを返すキヨの顔は苦笑であった。きっと何か事情のある関係なのだろう。
「桐生さんには、以前からお世話になっているのよ。ご無沙汰しておりましたわね」
「いやいや、ワシのほうこそ忙しさを言い訳に挨拶にも行けませんで、キヨさんとも暫く会っておりませんでしたなぁ」
父親の知り合い、という事実を前に、少女の顔が少し曇る。そういう相手は、大抵の場合「組の関係者」が多いからだった。
「えっと、臣也さん。私、あなたとは以前何処かでお会いしているような気がするのですが……」
「……ええ、お会いしたことがあります。母君の葬儀に、列席させてもらいましたから」
「……そうでしたか」
ということは、こちらは母の知り合いだったのだろうか。いずれにしても、この二人もまた、桐生の家と浅からぬ縁がある相手のようだ。
「それで、お二人は何故こちらに?」
「えっ、と……」
臣也の視線がずれる。追うと、彼は鬼麟と黄桜のほうを見ていた。
「ん、なに?」
「いや……無関係の人に聞かせる内容ではないかなと」
「彼らなら心配いりません。口の堅さは私が保証しますよ」
「は、はぁ……では」
そう言うと、彼は椅子の背もたれに掛けていた黒いコートの内ポケットから一枚の写真を取り出し、卓に載せた。
「俺たちは人を探しています。
そこに写っているのは、詰襟の学生服を着て詰まらなそうな顔で立っている少年であった。卓に着く余人がその写真を覗き込み、内三人が目を見開いた。
「長柄谷組といえば、今の豪蘭会の実質中心となっている組だったか。組長がつい最近代替わりしたとかで少しざわついていたな」
「ともくん、三日くらい前から学校にも来てなかった……」
「おやまぁ、あなたがたも彼のことを探していたんですねぇ」
ひとりだけ事情を呑み込めていない鬼麟が、困惑したように首を左右に振る。
「え、なになに、この男の子が行方不明なの? みんな知ってる子?」
鬼麟の問いに、少女が答える。
「幼馴染なんです、私たち。クラスは違うけど、同じ学校に通ってます。お互い、“父親の仕事”が共通していたので、事あるごとによく顔を合わせていました」
「長柄谷組は、ワシら桐生組と同じ豪蘭会直系、古参の組だ。組長の長柄谷とは杯までは交わしとらんが、家族ぐるみで付き合いのあった間柄だ。息子の彼とは直接会ったことはないが、話だけはよく聞かされていた」
桐生親子の話に、臣也は頷きを返した。ここまでは、予想できた内容だ。彼らが組の垣根を越えた親しい関係だということは、少し調べれば分かることだった。
「彼が失踪したのが恐らく三日前。家にも戻らず、学校にも姿を見せていないようです。何処か彼の行きそうな場所に心当たりはありませんか?」
「うぅむ、そう言われてもな……」
「……ごめんなさい、特に思い当たるものは何も」
「そうですか……」
少しの沈黙があった。それを破ったのはキヨだった。
「それで、黄桜さんだったかしら? あなたも彼のことを知っているような口振りでしたわね。何処かでお見かけになったのかしら」
「ええ。……つい数時間前、ある女性に彼の写真を見せられまして。その方もその彼を探しておいででした」
「女性……まぁ誰かしら。どんな方だったか覚えていらっしゃいます?」
「ええ、そうですね……嗚呼、丁度あの方のような背格好でしたね」
黄桜が煙管で示す店の入り口を、全員が振り返る。そちらから、全員の視線を受けながら、一人の女性が歩いてくる。
「よっ、お待た~。って、なにこいつら? 何か取り込み中?」
臣也とキヨの間に割って入るように椅子の背に手を掛け、ひらひらと手を振る。 ベージュの短パンにグレーのタンクトップ、女性が履くにはゴツいブーツに飾り気のないジャケットと、季節という概念をとことん無視した奇抜なファッションのその女性は、卓に着く面々をぐるりと見回して首を捻った。
「お嬢、黄桜さんと知り合いだったんですか?」
「黄桜さん? だれ?」
臣也の指し示す、白黒の男を見る。
「―――ああ、あんたあの時の」
「その節はどうも」
黄桜が会釈するのを軽く手を振って流し、説明を待つ臣也に視線を戻して話し始める。
「長柄谷の坊ちゃんを探してたときに、路地裏でぶつ……すれ違ったんだ」
「じゃあ、そのときに写真を?」
「ああ、見せた。向こうも人を探してるみたいだったからさ、何処かで見かけたりしてないかと思って。……ん? それが何で此処にいるんだ?」
「えぇ、まぁ、話すと長くなるんですが―――」
「そ、ならいい、後で聞くから。で、そっちは? 確か、ヤクザの親玉でしょ。何でシンと一緒にいるの?」
黄桜の存在はさらりと流して、鋭い視線をその隣へと向ける。卓への身を乗り出そうとするその女性を引き留めながら、臣也が慌てて説明する。
「お、お嬢っ! そちらは桐生組の桐生組長で、今智哉くんの行方について何か知らないか聞いていたところなんで!
「ふーん……そう」
卓にほぼ乗り上げていた膝を下ろし、女性は腕を引く臣也の胸にすり寄るようにして収まる。
「あの……それで、そちらの方は……?」
「あっ!? あ、あ、彼女はその、えっと、」
「彼女はトウヤさん。うちで預かってる人なの。臣也くんのボディーガードってところね?」
答えに窮する臣也に助け舟を出す形で、キヨが答える。その内容が不服だったのか、トウヤは臣也の首に腕を廻し、より密着して見せる。
「フフン、“恋人”って言ってもらっても構わないけど?」
「お嬢、皆困ってますから、その辺で……」
「アーハイハイ、続きは家でゆっくりじっくり、ね。昨夜はすっぽかされたからなぁ~? 今夜が楽しみだなぁ~? ん~?」
「トウヤさん」
「はい」
キヨの一言でするりと立ち上がると、別の卓から椅子を持ってきて自然な形で談義に加わった。
「で? どこまで進んでる? 有益な情報はあった?」
「今のところは何も。一週間ほど前から姿を消して以来、何処で何をしていたかも掴めていないわ」
「ふぅん。まぁあんな事件起こしてちゃ、早々表には出て来れないよねぇ」
「事件……? ともくん、事件に巻き込まれたんですか?」
今度はあやねが身を乗り出して訊ねる。トウヤはぴくりと眉を跳ねさせ、隣に座る臣也のほうを見る。
「……言ってないの?」
「いや、俺たちも初耳なんですけど……?」
「……言ってなかったの私かー」
そっかそっか、とひとり頷き、トウヤは改めて話し始める。
「一昨日の深夜から昨日の未明にかけて、線路沿いの路地で発砲事件があったんだ。現場には多量の血痕と、凶器と思われる
「参考人……? 容疑者じゃないんですか? 殺人事件でしょう」
黄桜の突っ込みに、トウヤは首を振る。
「被害者の遺体が上がってないんだ。誰が撃たれたのか分かってない。そいつがまだ生きてるのかもう死んでるのかも不明だから、
「……その場合でも彼は“容疑者”では? 彼が撃ったことは間違いないのでしょう」
「確かに現場には
「それじゃあ……そのともくんが撃たれた可能性も……!?」
ガタガタッ、と椅子を鳴らして立ち上がりながら、鬼麟が口に手を当てて慄き言うが、トウヤはぴしゃりと言い放つ。
「いや、それはない。現場にあった血痕は坊ちゃんのものと一致しなかったらしい」
「じゃあ三つじゃなくて四つじゃん……」
「ぁ?」
「何でもないですぅー! 続けてくださぁーい!」
なんなのこの人怖い……! と、すっかり怯えてしまった鬼麟をあやねが慰める中、議論は次の問題へと移る。
「さて、現状の把握はこんなところかな。今この町では長柄谷組の構成員と警察の連中、それに私らも合わせて相当数の人間がたった一人の坊やを見つけられずにいる。
ねぇシン、どう思う?」
「……どう、とは?」
「できると思う? ヤクザの跡取りとはいえまだ高校生に、三日以上も姿を眩ませることなんて」
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