第41話 Those invited to the supper.

    †


「最初にはっきり言っておくけど、貴女は《魔女》ではないわ」


 その人は、その人が自分で言った通り、最初にはっきりとそう言ったのです。

 最初、というのはつまり、私が零さんに案内されて、食事の席に着いたとき、という意味です。

 私はそれまで、ほかに人がいたことにも気づいていませんでした。


『え……っと、……?』


 だから、私が困惑して、椅子を引いてくれた零さんや、私の横の椅子に座ろうとしていた白い死神さんを交互に見たのは、私としては当然の反応だったわけです。

 でも皆さんが、私の悩みに答えてくれることはありませんでした……。


「どうしたの? 早く座って、ご飯にしようよ」


「大変残念なことではありますが、死神様の分はご用意しておりません」


「えぇー……そりゃ残念だ、ホントに」


 私に分かったのは、どうやらこの白い死神さんは、零さんと仲が良くないみたい、ということだけです。

 私の対面に座って、カップを傾けている女性について、説明をしてくれる人はいません。


『えー、っと……あなたは、ひょっとして――』


「この屋敷の主? ……違うから安心して」


『はぁ……』


 安心……? 私、そんなに不安そうな顔をしていたんでしょうか。

 その人はカップを置いて、黒い革の手袋をした手を組んで、にこやかにしています。


「貴女から見て、私はどう見える?」


『どう、とは……?』


「“誰に見える?”ってことよ。この屋敷の主でないことは今否定したわ。じゃあ、今貴女の対面に座ってお茶を飲んでるこの人は誰?」


『うぅ~ん……あのぅ、これって謎掛けクイズですか……?』


「違う違う。あまり深く考えすぎないで、屈託のない貴女の答えが聞きたいの。“自分の正体を知らない人”と会うのって、滅多にないから」


『はぁ……そうですねぇ……』


 改めて、私はその人を観察してみます。

 長い髪はつやつやで、ちゃんと手入れがされていますが、纏め方はちょっと乱暴な感じがします。あまり外見を取り繕うようなタイプではなさそうです。

 テーブルを挟んで座っているので、こちらからは胸から上しか見ることができませんが、身形も一見ちゃんとしているようで、その実粗雑な感じが見受けられます。

 着ているのは白衣のようですが、皺や汚れが多く、あまり清潔とは言えません。医者というよりは、研究者とか技術者のような印象を受けます。

 顔には化粧などもなく、鼻の頭と耳の付け根に跡があることから、普段は眼鏡を掛けているのでしょうか。今掛けていないのは、目が悪いというわけではないのでしょう。何か細かいものや小さいものを見る仕事をされていると考えられます。

 そして、今も白衣を着ていることからも、どうやらその仕事にようです。


『……分かりました。あなたはいわゆる“仕事大好き人間”さんですね?』


「ん゛……っ!」


 私の横で、白い死神さんがお茶を喉に詰まらせました。


「けほっ、けほっ、……すごい観察眼だね、当たりだよ!」


「当たりじゃないっ!」


 白い死神さんが笑っているのを、その人はすごい形相で睨んでいます。


『ご、ごめんなさい、私ってば失礼なことを……!』


「ははは、いやいや、君が謝る必要はないよ。だって事実なんだ、そうだろ?」


「わ、私は、別に“仕事”が好きなわけじゃ……“研究”よ! 私が好きなのは“研究”!」


「似たようなものだろ、君にとっては」


「違うわよ! 全然!」


 お二人が言い争うのを、私はただあわあわと見ていることしかできません。

 すると、私の後ろからパン、パン、と手を打つ音が響きました。


「お二方とも、その辺りでもうよろしいでしょうか。お嬢さんレディが困惑されています」


 零さんがお二人を鎮め、一挙にこの場を掌握しました。さすが執事さんです(?)。


お嬢さんレディ、こちらはミス・アラストル。貴女の見立て通り、“仕事熱心”な方です」


「えぇそう、私は“働くことが生き甲斐”の女よ! フン、何よどいつもこいつも……」


 アラストルさんはカップを一息に呷ると、ダン、と音を立ててテーブルに叩きつけるように置いて一言。


給仕ウェイター、お代わりを貰えるかしら! あっついやつを!」


「かしこまりました」


「―――待って! やっぱりぬるいやつでいいわ」


「……かしこまりました」


 零さんがカップを持って下がると、アラストルさんは纏めていた髪を解いてわしゃわしゃと掻き広げました。

 白い死神さんは、その様子にまた小さく笑って、


「ところで、その髪はどうしたんだい? 何か“仕事上でトラブル”でも?」


「は? ……嗚呼、こののこと」


 アラストルさんの髪は、夕焼けのようなオレンジ色をしていました。てっきりそれが地の色なのだと思っていましたが……。


「気がついたらこうなってたの。あんたが小さくなってたのとよ。世界の根に変化があって、それが末端の葉にまで影響してるってわけ」


 オレンジ色の毛先を鼻先で弄び、ため息をひとつ。


「私はあんたたちと違ってベースは普通の人間だからね。むしろこれくらいの変化で済んだのは奇跡よ。下手したら存在が消えてた可能性もあったわけだし」


「へぇー、そうなんだー」


「興味なさそうにしてるけど、あんたも相当ヤバかったんだからね。……というか、あんたはどうして元に戻ってるワケ? やっぱり神って規格外だわ」


を排除してやったんだ。だから僕の変化は直った」


「あっそ。じゃあ何で私の変化は元に戻らないのかしら?」


がほかに在るんだろ。僕らに起こった変化とは


「…………」


 アラストルさんはそれきり黙ってしまいました。白い死神さんはカップを傾けながら、小さく笑っています。


「いっつもこうなんだ。考えてるときは口が利けなくなる」


『はぁ……』


 零さんが紅茶の入ったカップを三つ持って戻ってきました。ひとつをアラストルさんへ、もうひとつを私にサーブし、もうひとつは、


「ん、僕のはまだあるけど?」


「もう一方のお客様にです」


 食堂の扉が開き、別の女性がやってきました。

 銀色の髪を結い上げ、金のピンで留めていて、銀のドレープドレスに金のスカーフ、金の錫杖ステッキを両手で持ち、ヒールを鳴らしてゆっくりと歩いてきます。


『嗚呼。皆さん、お揃いのようですね』


 ふわりと微笑むと、彼女はアラストルさんの横の空席へと腰を下ろそうとしましたが、アラストルさんが手を突き出して止めます。


「待って。……どういうことか説明してもらえる?」


「君と同じだよ、ハーデスは―――」


「あんたに聞いてない」


 椅子がひっくり返る勢いで立ち上がると、アラストルさんは微笑みを絶やさない金銀煌びやかな女性に詰め寄り、睨み上げてもう一度問いました。


「どういうことか、説明してもらえる?」


『落ち着いてください、。感動の再会と行きたいところでしょうが今は―――』


「ノエルって誰」


『はい?』


「あんた今私のことって呼んだのよ気づかなかった?」


『あ―――……のですか?』


「違うわよ! 私はアラストル! ! 見て分かんないの!?」


『はぁ……それは、申し訳ないです、ね?』


「疑問しながら謝るな!! 誠意が感じられないわ!」


 アラストルさんは今にも殴りかかりそうな勢いでしたが、何とか踏み堪え、ひっくり返した椅子をガタガタと直してドカッと座り直します。

 白い死神さんはお二人のやり取りを興味深そうに眺めていますが、正直、私は何がなにやら、状況に付いていけていません。


「分かったことがひとつあるね」


『それは、なんでしょう?』


「ああ、つまり―――がいたではアラストルはノエルって名前の別人なんだ」


『はぁ……別人さん……』


「で、きっとそのノエルって人は、のようなオレンジの髪で、今みたいなやり取りをと交わす間柄なんだ。……やれやれ、じゃないか、アラストル」


「ううううるさいな! 勝手にと比較するなっ!」


 アラストルさんは、何故か顔を真っ赤にして慌てています。


「で!? になったみたいだけど、もう始めてもいいのかしら!?」


『え……でも、まだ……』


 そう、まだこの場に現れていない人がいるはずです。このお屋敷の主であり、私を救ってくれた人。

 そう思ったのですが、どうやら本当にこれで全員のようです。零さんが鈴を鳴らし、場を仕切ります。


「では、軽いお食事など交えながら、お話し合いと参りましょう。皆様、お飲み物のお代わりやディッシュの追加など、お気軽にお申し付けください」


『はーいはーい! ボクの席が無いみたいなんですけどー!』


 アラストルさんの隣に座る女性の背から、薄紫色の大きな蝶の羽根が広がりました。

 私がそれに驚いていると、零さんが低い声で、


「悪魔に用意する席など此処にはない」


『えぇーっ! そりゃないでしょーっ! ボクぅ、君の主に呼ばれて此処に来たんですけどー?』


 女性の肩からひょこっと顔を出して、その人は零さんにブーイングを浴びせかけます。それでも零さんが無視すると、『ちぇーっ!』と舌打ちして、ふわっと飛び上がると、アラストルさんの膝の上に落着しました。


『小さくな~ぁるっ♪』


 くるくると指で円を描きながら唱えると、ポンっと音を出して縮んでしまいました。それから小さな羽根でぱたぱたと飛び上がると、アラストルさんの肩の上に留まります。

 アラストルさんは大きくため息を吐くと、肩に乗ったその人の頭を一度だけ撫でます。


『やーん、もっともっと~♪』


「うるさい耳元で喚くな。まったく……“あの方”が特別に許可したから此処にいられるんだからね、あんたは。何か余計なことをひとつでもしたらただじゃ置かないわよ―――零が」


 零さんは白手袋を改めてぎゅぎゅっと嵌め直しています。その目はとてもとても冷ややかで、私まで背筋が冷たくなります……。


『おぉ~こわこわ♪ でもさー、執事クンの主ちゃん出て来ないよー? どうしたのかなー?』


「“我が主”はこの話し合いには参加しません。代わりに皆様に集まって頂いたのですから」


『えぇーそうなのー? なんでなんでー?』


「大体の見当は付くよ。アラストルが最初にはっきり言ってくれたから」


『ふぅ~ん? それはー?』


「ああ。つまり、こちらの彼女は《魔女》じゃないってさ」


 白い死神さんが私を指してそう言います。確かに、アラストルさんは最初にそう言っていました。


『私……何なんですかね……?』


「それをこれから話し合うんでしょ。まぁ僕の見立てだと、のひとつであることは確かじゃないかな」


『な、なるほど……さっぱり分からないです』


「ありゃ」


 白い死神さんは首を前に落とし、他の皆さんには苦笑されてしまいました。


「ま、とにかくまずはご飯でしょ。お腹が空いてちゃ話もできない」


「では少々お待ちください」


 零さんが空いたカップを持って下がり、いよいよ食事会が開始されました。



    †

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