第22話 Ghost Later On./1
†
廃教会のくすんだステンドガラスを、夕焼け色が突き抜けてくる。
オレンジに染まるその空間で、黒尽くめの男と女は、並んで長椅子に座って項垂れていた。
そもそも、お互いに行くあてのない逃走・遁走の身の上で、ここは何処とも知れぬ僻地で、食糧だけは豊富だが、それ以外は何もないのだ。
始めのうちは、お互いのことを話し合ったりもした。しかし、それもすぐに尽きてしまった。互いに話せることが少なかったし、話したからといって進展や発展が望めるものでもなかった。
「君を追ってるっていう、魔女狩りの連中が、此処に辿り着かないとも限らないけど……」
『うーん、どうでしょう? なんせ山を三つも越えてきてますからね~……』
「……もしそうなったときは、僕のことはいいから、君ひとりでも逃げるんだよ」
『な、何言ってるんですか! そんなこと、できるわけないじゃないですか……』
振り返り言うが、その言葉は徐々に尻すぼみとなっていく。それも当然といえば当然のことだ。相手は魔女を狩ることに特化した連中で、魔女である自分では到底太刀打ちなどできるわけがない。現にこうやって逃げ回っているのが現状だ。
死神を名乗る男とは行きずりで出会っただけだが、見捨てろと言われてはい分かりましたと言えるほど、自分はまだ人間を辞めたわけではない。
だが、彼を守って魔女狩りの連中とやり合いながら逃げ続けるのは困難だろうというのも分かる。できれば、此処まで追って来ないことを祈るばかりだ。
『ここでじっとしてる限りは安全なんでしょうけど、それもいつまで持つかは分からないですしね……』
「……」
今のところ、危険が迫っている様子はないが、それもいつかは破られるかもしれない。自分は魔女だが、特別な力があるわけではない。ただ人とは違う理の中で生きることを強いられているに過ぎないのだ。疲れもすれば眠気も来るし、お腹も空く。
『暗くなっちゃう前に、もう少し木の実を集めてきたほうがいいですかね? お腹空きますよね』
「そうだけど……昼間はえらく時間が掛かってたでしょ。今から出ても、すぐ日が暮れちゃうんじゃないの?」
『う~ん……まぁ、昼間はいろいろ採ろうと思ってうろうろしちゃいましたからね~。昼間採ってきたやつで、美味しかったやつだけ狙い撃ちで採りに行けば、そんなに時間も掛からないと思いますよ?』
「そう? ……まぁ、君がどうしても行くっていうなら、僕は止めないけど。……僕も一緒に動ければよかったんだけどね」
空腹は満たしたが、彼の中の気だるさはまだ抜けていないらしく、しばらくは動けなさそうだった。そりゃそうだ、一度は死ぬかもというところまで消耗しきったのだから、腹を満たしたとしても休息が必要なのは明らかだ。
休息が明ければ、また腹が減る。そのときに食べるものがなければ、回復しきれないだろう。だから、まだ動けるうちに少しでも食糧を採りにいくべきだと考える。
『よし! そうと決まれば、早速行ってきますね! 今度はすぐ帰って来るようにしますんで、待っててください!』
「うん。気をつけてね」
精をつけるためには肉が欲しいところだが、贅沢は言っていられない。昼間の探索を頼りに、木の実を採集してくるしかない。
『……よし!』
気合を入れて、廃教会の扉へ向かった、そのときだった。
『―――え』
まだ自分が触れる前から、ひとりでに扉が引き開けられた。――否、外から押し開けられたのだ。
敵、だった。
「フゥゥゥ~~~~……ヤァっと見つけたゼェ? お嬢ちゃんヨォ……!」
夕焼け色を背に、魔女狩りの一団が下卑た笑いを浮かべて立ちはだかった。
†
タクシーを飛ばし、指定された場所に着いたときには、もう大分日が傾いていた。
電話の男は「すぐに来い」と言っていたが、すぐに向かってこの時間になったのは交通事情の問題で、自分に非があったわけではない。
それでも早足にならざるを得ないのは、キヨの命運が懸かっているからにほかならない。
呼び出されたのは、昨夜と同じ場所だった。海に面した埠頭で、貨物船が引っ切り無しに往来していて、夜と違ってまだ騒がしさがある。
そういえば、あの黒猫はどうしただろうか。キヨが動物病院に連れて行くと預かっていったが……そのキヨが誘拐されたとなると、黒猫の安否も分からない。
「クソ……」
毒づき、足を速める。電話の男の口振りからすると、相手はただの仲介役で、誘拐犯は別にいると考えられた。相手は「もしものときの連絡先」を言い残さなかったため、こちらからは連絡を取ることができない。とにかく指定された場所に行き、相手と直接相対するしかなかった。
向こうも向こうで、こちらに連絡してくる素振りもなかった。気長に待ってくれているのか、或いは既に見切りを付けられたのかもしれない。
「クソ……!」
道が混んでいたのは仕方の無いことだ。自分が焦ったところでどうにかなる問題ではない。それでも、人の命が懸かっていると思うと、焦燥を拭い去ることができなかった。
もはや駆け足になりながら、臣也は目的の場所へとなだれ込んだ。
「キヨさん……!」
駆け込み、声を張り上げて呼びかけるが、返事はない。
代わりに返ってきたのは、複数の少女の、くすくすと笑う声だった。
「やぁっときたーぁ」
「いやいや、待たせすぎだろう。もう日が暮れてしまうぜ?」
「まぁまぁ、せいいっぱい急いで来てくれたみたいだし、これくらいは大目に見てあげないと」
「だ、誰だ……?」
積まれたコンテナの上辺に、人影がある。こちらからは逆光となっていて、顔がよく見えない。
息を切らせ、汗を拭うこちらを見下ろすようにして、三人の少女たちはそれぞれ好き勝手に口を開いた。それを打ち止めるように、パンパンと拍手が響く。
「はーいはい、みんな好き勝手しゃべらなーい。……臣也くんだね? 待ってたよ」
少女たちの足元、コンテナの影から、男が一人歩み出てきた。革のジャケットにブルーのジーンズの男は、その顔に笑みを浮かべて、両手を広げてこちらを歓待した。
「あんた……あんたたちは、一体何者なんだ? キヨさんをどうするつもりだ!」
「まぁまぁ、落ち着いてくれよ。といっても、その結論を急ぐ姿勢は嫌いじゃない。俺も話は短く切り上げたいタイプでね」
男は数歩こちらに歩み寄り、ある程度の距離を置いて立ち止まった。ジャケットのポケットに両手を突っ込み、真っ直ぐにこちらを見据えて、話を切り出した。
「単刀直入に用件を伝えよう。俺たちはある人物から依頼を受け、ある男を探している。そして、その男の行方を君らに尋ねるようにとも言われている」
「ある男……?」
「ああ。最初は月代 キヨに訊ねようとしたんだが、邪魔が入ってね。狙いを君に変えることになった。月代 キヨの携帯を手に入れたのはそのときさ。こいつは返すよ、君から返しておいてくれ」
男はポケットから携帯を取り出し、こちらに放って寄越した。受け取り、中身を確認すると、確かにキヨの携帯で間違いなかった。
「……待ってくれ、じゃあキヨさんは」
「彼女は無事さ。俺たちには手が出せなかったからね。いやー、もし君が勘付いて来てくれなかったら、ホントどうしようかと思って冷や冷やしてたんだ。素直に来てくれて助かったよ」
全身から力が抜け、臣也は膝から崩れ落ちた。
「あっはは! 驚いてる驚いてるー。ほらねー、「誘拐」を口実に使ってよかったっしょー?」
「別に。奴さんの行方を尋ねるだけなら、こんな回りくどいことしなくても良かったと思うんだけど」
「私もそう思うけど、一度言い出したら聞かないからねぇ」
「むー。なんだよなんだよー、せっかく愉しくしてあげたのにさー」
「はーいはいはい、みんな静かにねー」
コンテナの上から3人の少女たちがこちらを嘲弄し、男が再度手を打って黙らせる。
安堵からくる脱力で膝を衝いた臣也は、ゆっくりと立ち上がって、それから踵を返して歩き始めた。
「おいおい、何処に行くんだ? 待てよ、話はまだ終わってない」
「知るか。こっちはお前らに付き合ってやる義理はない。帰らせてもらう」
コートのポケットに手を突っ込み、来た道を戻るが、ジャケットの男が足早に追ってきて、此方の肩を掴んだ。
「待てって……言ってんだろ、っと」
「なん―――ぐっ!?」
そのまま、男は信じられないほど強い力でこちらを引っ張ると、そのままコンテナへ向けて投げ飛ばした。激しい音を立てて背中からぶつかり、臣也はその場に蹲り咳き込む。
「げほっ、ごほ……っ」
「おーっとっと、やり過ぎたか。ごめんよー」
「あーあー、出た出たバカぢからー」
「派手に吹っ飛んだなぁ」
「頭を打たなかったのは不幸中の幸いねぇ」
少女たちの嘲笑を受けて頭を掻きながら男が歩み寄ってきて、臣也の襟首を掴んで無理矢理立たせ、コンテナに押し付ける。
「ぐぅ……っ!」
「まだ肝心なことを訊いてないんだから、勝手に帰ってもらっちゃ困るよ臣也くん。こっちもあんまり手荒にしたくはないんだからさー」
「言う言うー」
「どの口が言ってるんだか」
「粗野な男は嫌われるのよ?」
「外野から一々うるさいんだよ君らは。ちょっと静かにしててくれる?」
少女たちは呆れ顔で適当に肯き、男は改めて臣也に詰め寄る。
「俺たちは人を探してるだけだ。君らをどうにかしようとしてるわけじゃない。分かるだろ? 君は知ってることを話してくれればそれでいいんだ」
「ぐっ……だ、誰なんだ、その、探してる男ってのは……!」
「聞く気になったか? よーしよし。そいつは君らに所縁のある人間で、三年前、君をここに棄てて行った男でもある」
「……! なん、だって……まさか……!」
「思い出したかな? そう、俺たちが探してるのは、三年前君をこの埠頭に置き去りにして姿を消した、君の実の兄――月代
†
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