第12話 大討伐


 カイトが転生してから一年が経ち、彼はすっかりアイフィオーレでの生活に溶け込んでいた。国を守る“騎士団”の一員として任務をこなしているうちに、民衆からの支持も受けるようになり、ミリルとの仲は最早誰もが認知している。まぁ、それでも刺々しい視線を送る者がいないわけではないが。


「じゃあ、今回の作戦について説明するわね」

「うむ、頼むぞ、レミル」


 巨大戦艦アイフィオーレの第一ミーティングルームにて、国の重鎮たちが集まっていた。その中心に居るのは、騎士団長であるレオンと、副騎士団長であるレミルだ。アングラウス皇帝は、玉座に設置されたモニターから、この光景を眺めているはずである。


「“怨嗟の森”にて、ドラゴン種の目撃情報が確認されたわ。で、現地に向かわせた偵察隊によると、どうやら“カースドレイク”みたい。これは、はっきり言って異常な事よ」


 怨嗟の森というのは、一年前に、レミルに連れられ、新兵たちと共にカイトが赴いたあの場所のことである。そこで、なんとドラゴンが目撃されたというのだ。

 早速派遣された偵察隊の報告によると、その正体は“カースドレイク”という、羽を持たないタイプのドラゴン種だという。本来、あの森には住んでいないはずの怪物だ。


「新兵クンの訓練にも度々用いられるあの場所にそんなのが居たら困るし、それを差し引いても、奴はいずれ、あたしたち人間の生活圏をも脅かしてくるわ。更に、カースドレイクの影響か知らないけど、他の魔物も数を増やしているようだし、今回は思い切って大討伐を実施する事にしたわけ」


 用意されていたモニターに、怨嗟の森の地図が表示された。帝都から最も離れた位置にドクロマークが付けられており、その他にも所々が赤く塗りつぶされている。


「ここが、カースドレイクが確認された場所。で、この赤い範囲は、他の魔物たちの活動領域よ。今回は、あたしが率いる“機甲師団”がカースドレイクの討伐を担当するわ。レオン兄様の“歩兵師団”は、それ以外を任せるわね」

「うむ。カースドレイクは強大だ。霊機人無しでは戦えまい」

「ミリル、頼りにしてるわよ」

「はい、任せてください」


 レオンは規格外だが、彼の部下たちはそうもいかない。生身でドラゴン種と戦える程、普通の人間は強くないのだ。よって、この手の怪物を相手にするのはレミルたちのような、“霊機人の演者”がこなすべき仕事となる。


「レミルさん、質問です」

「何? 義弟クン」

「本で情報を仕入れてはいますが、念のため、カースドレイクについて、詳しい事をお聞きしたいのですが」

「ん、そうね。でも、ここで言っても仕方ないわ。機甲師団の駐留基地で、改めて説明するから」

「あ、はい。確かにそうですね。先走ってすみません」

「いいのよ。何かあったら何でも聞きなさい」


 今はあくまで国の重鎮たちに向けたミーティングであり、実際に動く兵たちはこの場にはほとんどいない。本来は、カイトのような新参者が居合わせるべき場所ではないのだ。一応一年が過ぎたが、新参者は新参者である。


「大臣たちは、何か質問は?」

「ありませんぞ。レオン様とレミル様、そしてミリル様が率いる騎士団の方たちを信頼しております故」

「そ。なら、この場は解散よ。レオン兄様、後は任せるわね」

「うむ。シルキーによろしく伝えてくれ」

「はいはい。シスコンもほどほどにしておきなさいよ? ウザがられるわよ」

「なっ……」

「ちょ、レミルさん! レオンさんがショックを受けてますよ!?」

「置いときなさい。ほら、行くわよ」

「は、はい……行こう、ミリル」

「はい、カイトさま」


 シルキーというのは、アルフィオーレ兄妹の末っ子の事だ。つい最近15歳になり、成人を迎えたばかりだが、演者として類い希なる才能を発揮し、大いに期待されている。レオンは彼女の事をとても可愛がっているのだが、肝心のシルキー自身は、兄を若干遠ざけている感があった。

 ちなみに、もう一人、一番上の姉が居るのだが、とてつもない美人である反面、レオンですら恐れる程の“怖いお姉ちゃん”であった。カイトは何故か気に入られているようだが。彼女は、レオンと同じ歩兵師団の一員である。というか、歩兵師団の副師団長だ。




 レミル、ミリル、カイトの三人は、機甲師団の駐留所にやってきていた。既に霊機人たちがずらりと並んでおり、出撃準備は万端らしい。


「皆、注目!」


 レミルの声に反応し、素早く整列する兵士たち。ノロノロしていると怒鳴られるため、彼らはとても動きが早いのだ。


「お姉ちゃんたち、お帰り~」

「あら、シルキー。ただいま」

「ただいま、シルキー。霊機人の整備は終わったのですか?」

「うんっ!」

「シルキーちゃん、頬にすすがついてるよ」

「あ、ありがとう。カイトお兄ちゃん」


 クリーム色の短いサイドテールをした小さな女の子。レミルをそのまま小型化したような愛くるしさを誇る彼女こそが、アイフィオーレ兄妹の末っ子。〈シルキー・ニーア=アイフィオーレ〉である。一応15歳なのだが、身長はかなり低い。ロリの領域である。


「さて、じゃあ軽く説明するわね」


 コホンと咳払いをし、真剣な表情に切り替えて兵たちと向かい合うレミル。


「本作戦の目標は、怨嗟の森に住み着いた、カースドレイク、及び、過剰に増えた魔物たちの討伐! あたしたち機甲師団は、カースドレイクの方を狙うわよ!」


 応! と、勇ましい声が返ってくる。ちゃっかりカイトの隣にいるシルキーも、「おーっ!」と、可愛らしく右腕を上げている。その瞬間、兵たちの一部が、顔を気持ち悪く緩ませた。ロリコンだろうか。


「知ってる子も居るだろうけど、カースドレイクは翼を持たない代わりに、通常のドラゴン種以上の強靱な鱗と、高い身体能力を持っているわ。おまけに、高位の霊術まで使う。厳しい戦いになるわ。もしかしたら、死者も出るかもしれない」


 ふっと顔を伏せるレミル。それを見て、兵たちが少しざわめいた。いつも気丈な彼女が、このような仕草を見せるのは初めてなのだ。


「でも! あたしたちは退かない! 負けない! 何故なら、あたしたちこそが、この国を守る剣であり、鎧であり、盾だからよ!」


 キッと顔を上げ、力強く叫ぶ。


「皆さん、安心してください。我々には、偉大なる機械神……霊王機“シヴァ”がついています! そして、わたしがそれを操る限り、我々に負けはありません!」


 沈黙を守っていたミリルも、力強く叫んだ。


「シルキーも頑張るから、みんなも一緒に頑張ろうねっ!」


 小さな体で、シルキーが可愛らしく叫んだ。


「皆さん、日々の訓練を思い出してください。俺たちは、こんな時のために、腕を磨いてきたのです。一人じゃない、仲間がいる。守るべき、祖国がある。守るべき、人がいる。それだけで、人は、何よりも強くなれるんです! 俺たちは、ドラゴンなんかに、魔物なんかには、絶対に負けません!!」


 皇族でもないのに場違いかな? と思いつつ、カイトも力強く叫んだ。


「機械帝国アイフィオーレ、機甲師団……! 出撃ッ!!」

「「「応ッ!!」」」


 レミルが号令をかけ、全員が己の愛機に向かって走り出した。

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静寂のディザイア外伝 転生サーキュレーション 初音MkIII @ouga1992

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