ベッドの中は大炎上

「私、奥でいい?」

「ああ……うん」


 由美さんは遠慮しながらも、掛布団を持ち上げてベッドの中に入っていく。俺はというと、彼女が入ったという事実がブレーキとなって、どうしても一歩が踏み出せないでいる。


「綴君?」

「あ……うん。失礼します」


 俺のベッドなのに、なんか違う人のベッドのような感じがする。


 中に入って、俺は由美さんの居る方向とは逆の向きに横たわり、ソファから持ってきたクッションを枕に寝た。由美さんとは今、背中合わせになっている状態だ。


 背中に体温を感じる。由美さんに触れている訳じゃないのに、近くにいると言うだけでこうも温かいものなのか。それに普段と違う香りが混じっていて、正直ドキドキする。変な気を起こしそうだ。


 イカンイカンと目を瞑り。そうそうに寝てしまおうとするが、こういう時に限って寝れない。もう夜も遅いというのに、むしろ2時間前より目が冴えてしまっている。


「綴君」

「な……何?」

「少し、近寄って良い?」

「へっ?」


 変な声が出た。思っている以上に動揺している自分がいて、恥ずかしくなる。


「……どうぞ」

「……」


 少し掛布団がずれる音がして、背中に由美さんの背中が触れた。もはや熱い。熱くて変な汗が出る。


「綴君ってさ」

「うん」

「思ったより、表情豊かだよね」

「えっ? そう?」


 言われたことのない事だったので、自分ではかなり不思議な言葉だった。俺は昔から表情が変わらない人間だと言われていたので、ずっとそうなんだろうと思っていた。現に妹の真澄は俺と同じで表情が変わらない。


「笑ったり、泣いたり、恥ずかしがったり……そういうのが顔には出ないけど、それでも綴君が今喜んでたり、悲しんでたり、面倒だなって思ってるってことが、最近わかるようになったの」

「そうか。なんだか照れるな」

「見てるもん。わかるようになるよ」


 自分のことをよく見ていてくれている。その事実が恥ずかしくもあったり、嬉しくもあった。あまり俺は好意を寄せられるようなことが無かったので、真澄以外にそうやって見てくれてる人がいなかったのだ。


「なんか、ありがとうな。そうやって言ってくれる人、いままでいなかったから。嬉しいよ」

「そうなんだ。綴君、魅力的だし。結構いるのかと思った」

「魅力的って。告白されたことなんて、俺は一度もないよ」


 こんな顔だし、女の人が好んで寄ってくることはなかった。それこそ女友達言えば、由美さんや阿子ぐらいだ。


「そもそも、俺を好きな奴なんて、そうそういないだろうし」

「……いるよ?」

「えっ?」


 また布団がずれる音がする。背中から体温が離れたと思ったら、今度は背中とは違うものを感じる。

 由美さんが、振り向いたことがわかった。


「由美さん?」

「目の前に……いるから」


 ドクン。と心臓が高まる。静かな空間に、鼓動だけが鳴っているみたいで、煩くて仕方がない。


「由美さん……それって……」


 振り向いて、今すぐ彼女の顔を確認したかった。だけどそれをして、自分がどんな反応をすればいいのかわからなかった。そういう好意を、向けられたことがなかったから。だけどそれでも確かめたかった。今の言葉が、どういう意味を持っているのかを。

 由美さんからの反応を待った。だけど待てど暮らせど由美さんからの返答はなかった。代わりに聞こえたのは、規則正しい寝息だった。


 その息を聞いて、俺はもやもやした気持ちを抱えながらも、由美さんを起こさないようにベッドから抜け出した。


「下で寝よう」


 本当……どんな意味だったんだろう?

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