エピローグ『終わり、始まり。』

 9月1日、日曜日。

 ゆっくりと目を覚ますと、俺の体が……小さくなってはいなかった。普通に元の姿のままだった。

「本当に日常が戻ったんだな……」

 元の姿のままで目覚めるのは水曜日以来だけれど、水曜日は旅先のホテルでの目覚めだったので、家での目覚めは旅行初日以来となる。

 隣で寝ている彩花ももちろん小さくなっていることはない。腕を絡ませ、豊満な胸を押しつけている。

「直人、先輩……そんな。えへへっ」

 どうやら、彩花は夢の中で俺と楽しい時間を過ごしているようだ。


「私の体が……小さくなったからって、イチャイチャしちゃうなんて……」


 ど、どういうことだ。

 まさか、彩花の夢の中では……彩花の体が小さくなってしまったというのか。しかも、イチャイチャことをしたとは……夢の中の俺は悪いやつだな。ただ、夢は願望を映像化するらしいので、自分の小さくなっても俺とイチャイチャしたいという気持ちの表れとも言える。


「もう、子供ができちゃいましたよ」

「できちゃったのか……」


 思わず声に出してしまったぞ。

 夢の中の俺、何やっているんだよ。小さくなった彩花への配慮が著しく欠落しているぞ。これ以上、この夢を見させないためにも起こした方がいいのかな。


「ほら、直人先輩によく似た女の子ですよ」

「産まれるのが早い!」


 思わずツッコミを入れてしまったぞ。

 何だ、妊娠が発覚したのが出産直前まで気付かなかったのか? それとも、彩花の体が小さいから早いうちに帝王切開で出産したのか……って、どうして彩花の夢の中のことを現実の俺が真剣に考えているんだよ。

 でも、俺によく似た女の子が産まれる夢を見るってことは……小さくなった俺のワンピース姿が相当気に入っていたってことなのかも。


「お母さん、胸は全然ないですけど……お乳はちゃんと出ますよぉ。あっ、これは赤ちゃんの分で直人先輩の分はないんですよぉ」


 彩花、体をビクつかせているぞ。

 夢の中の俺、自分の欲求に忠実に生きているように思える。ただ、行動があまりにもくだらなさすぎて……まったくもう。あぁ、早く彩花には目が覚めて、現実に帰ってきてほしいところ。

「……ふああっ。直人、先輩……」

 俺の気持ちが通じたのか、彩花はすぐに目を覚ました。

「おはようございます、直人先輩」

「……おはよう、彩花」

「……体、元のままですね、良かった。私の体も……変わっていないですね」

「彩花の体が変わっているわけないじゃないか」

「そうですよね。実は、体が小さくなった夢を見たんですよ。私の体が小さくなって、直人先輩に溺愛されて、現実では経験していないくらいのイチャイチャをして、その果てに子供ができて、元気な女の子を出産して、私達の娘にお乳をあげるという夢でした」

 寝言の通りの内容だ。というか、よくそこまで見た夢の内容を細かく覚えているな。

「こ、濃い夢だったんだな」

「ええ。一夜で見た夢にしてはかなりの内容でした。まったく、私の体が小さくなっているのに、夢の中の先輩は精神的に子供になっている感じでしたよ」

「……今、彩花が見た夢の内容を聞くだけで、夢の中の俺はとても自分の欲求に忠実に生きているんだなって思ったよ」

「子供っぽい先輩も可愛いと思いましたけど、現実の直人先輩には到底敵いませんね」

「……その言葉を聞けて、俺は凄く嬉しいよ」

 夢の中の俺に勝ったような気がして。

「あと、今の年齢で妊娠は控えるべきということですね」

「……夢で勉強できて良かったな」

「はい!」

 俺も気を付けないと。事と次第では、彩花と俺の将来が大きく変わることだから。その場の気持ち良さと欲に身を任せすぎてはいけないな。

「直人先輩、その……目覚めの口づけをお願いします」

「……ああ」

 俺は彩花に口づけをする。あぁ、やっぱり元の体でする目覚めの口づけは最高だ。ようやくいつもの朝を迎えることができた感じ。

「……幸せです、直人先輩」

「……俺もだよ」

 そう言って、俺は彩花のことをぎゅっと抱きしめる。あぁ、この体で彩花のことを抱きしめて、温もりや匂いを感じることができて……本当に幸せだ。

「……きっと、直人先輩の体が小さくなって、昨日……元の体に戻った直人先輩と一緒に寝たからこういう夢を見たんでしょうね」

「……そ、そうかもな」

「でも、現実でも……いつかは先輩との子供ができて、産まれるんでしょうね」

「……そうだな」

 それが何年後になるかは分からないけれど、その時は必ず来ると信じている。もちろん、お互いに大人になって、結婚とかを具体的に考え始めたら……だけど。

 俺は彩花と一緒にバルコニーへと向かい、朝の日差しを浴びることに。

「う~ん、今日もいい天気ですね」

「ああ。朝だから、そこまで暑くないな」

 穏やかに吹く風もなかなか爽やかだ。

「ええ。それに、今日から秋が始まりますもんね。9月1日も休むことができるなんて、ちょっと得した気持ちになりますね」

「確かに」

 まあ、その代わり2学期は月曜日スタートになっちゃうけれど。今回のことを除いたら、記憶が戻ってから学校に行くのって初めてなのかな。記憶を取り戻した際、俺の心は一時的に壊れてしまい、8月初旬まで入院していたから。

「さあ、今日は夏休み最終日ですけど……どうしますか?」

「そうだなぁ……」

 確かに、今日で夏休みが終わるんだよな。ただ、昨日まで湊先生に会っていたし、学校にも一度行ったから、個人的には普通の日曜日の感覚だ。

「課題は終わったし、まあ……明日から学校だから、今日は家でゆっくりしよう」

「そうですね。明日から学校ですし、直人先輩と一緒にいられる時間が減ってしまうので、今日は直人先輩とゆっくり過ごしたいですね」

 そう言うと、彩花は俺に口づけをしてくる。

「まったく、可愛い女の子を彼女にしたな、俺は」

 彩花のことを後ろから抱きしめながら、バルコニーからの景色を眺める。あまり変わっていないのに、進学してここに引っ越してきたよりも随分いい景色になった気がする。

「ねえ、先輩。出会った頃から比べると表情が大分柔らかくなりましたよね」

「……そうかな?」

 彩花と付き合うようになってから楽しい時間が増えたのは事実だけれど。楽しい気持ちが顔に出るようになったのかな。まあ、彩花の方は出会った頃と変わらず、可愛らしい笑みをたくさん見せてくれる。

「絶対に柔らかくなりましたって。笑顔を見せることも多くなりましたし。これも……私と付き合い始めたからでしょうかね?」

「……きっとそうだと思うよ。付き合っている相手が彩花じゃなかったら、多分……こんなに幸せだと感じられないと思う」

「……あうっ。う、嬉しいことを言ってくれますね。でも、直人先輩は優しいから、きっと他の方と付き合ったとしても同じようなことを言うような気がします」

「そんなことない。彩花だからだよ。……たぶん」

 彩花と一緒だから、こんなにも深く温かい幸せを感じられているのだと信じたい。

「ふふっ、直人先輩らしいですね。もちろん、先輩のことを信じていますよ。ただ、明日から学校ですし、まだ私達が付き合っていることを知っている生徒は少ないですから……先輩に告白する生徒が出てくるかもしれません。可愛らしい子もたくさんいますから気を付けてくださいね」

「分かった。でも、彩花にも言えることだから、気を付けるんだぞ」

 まあ、彩花は結婚前提に俺と付き合っていると言って、はっきりと断ってくれそうだけれど。

「はい! じゃあ……約束の口づけをしましょう」

 そして、向かい合う形で彩花のことを改めて抱きしめ……俺は彩花と口づけをした。

「これからもずっと側にいてくださいね! 直人先輩!」

「……もちろん。彩花こそ、俺に側にいろよ。まあ、お前のことだから何が何でも離れないと思うけどさ」

「ふふっ、直人先輩ったら……もちろんですよ」

 まあ、ここ最近の彩花を見ていれば容易に想像できる。俺が離れそうになったら、自分の所に引き寄せるというか。繋ぎ止めるというか。出会った頃はか弱いイメージがあったけれど、今はとても強い女の子になった。

「今後、少しでも平和に過ごすためにも、明日からさっそく、俺達が付き合っていることを周りの生徒に話していくか」

「そうですね。既に友達も女バスの方には伝わっていますが」

「……俺もそんな感じだな」

 電話やLINEでは伝えたけれど、実際に自分の口から改めて言った方がいいだろうな。

「それにしても、今年の夏は直人先輩達のおかげでとても素敵な夏になりました。このまま素敵な秋にしたいなって思います。もちろん、直人先輩と一緒に」

「……そうなるように一緒に頑張ろうな」

「はい!」

 そして、俺と彩花はぎゅっと抱きしめ合って口づけをする。

 高校2年生の夏は波瀾万丈っていう言葉が似合う3ヶ月だったと思う。それでも、2年前のことに決着を付け、心の整理をして……宮原彩花という女の子と共に人生を歩むという決断をできたのはとても大きい。かけがえのない夏となった。

 今日から高校2年生の秋が始まり、明日からは2学期が始まる。

 どういう未来が俺や彩花のことを待っているのだろうか。いや……正確にはどういう未来を彩花と歩んでいくのか。彩花と一緒なら、何があってもきっと大丈夫だろう。




特別編-小さな晩夏- おわり

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