第26話『君は君になった。』

 日下さんと森さんは15年ぶりに再会し無事に和解できたということで、俺の役割もこれで終わりかな。

「藍沢君、ありがとう。君のおかげだよ」

「あたしからもお礼を言わせて。本当にありがとう」

「……いえいえ。それに、彩花達の協力あってのことですよ」

 俺はただ……日下さんに頼まれたことをしただけだからな。森さんと話したい、という彼女のやりたいことを叶えることができて本当に良かった。

「ふふっ。そうだ、こうしてやりたいことも叶ったから、体を元に戻そうか?」

「ちょっと待ってください。このワンピースのままだとまずいので、ちょっと着替えてきます。お手洗い、お借りしますね」

 そう言って、俺はお手洗いの中に入る。

 今日はショルダーバッグの中に元の俺が着ているズボンとワイシャツを入れておいた。また、戻ったときに履く靴は彩花に持ってきてもらっている。

 ブカブカのズボンとワイシャツに着替えて姿でお手洗いから出ると、彩花達はちょっとがっかりしていた。もう少しで元に戻るっていうのに。それだけ俺のワンピース姿が気に入っていたってことかな。


「じゃあ、日下さん。俺の体を元に戻してください」

「……分かった。藍沢君、元に戻れっ!」


 日下さんは元気にそう唱えるけれど、本当は水代さんが俺の体を元に戻してくれるんだよな。

 そんなことを考えると、俺は白闇に包まれる。

 そして、体がどんどん熱くなっていて……俺の体さえも見えなくなった。俺の体が小さくなったときもこんな感じだったのかな。それならよく目が覚めなかったな。

 俺の姿が見えるようになったときは、ブカブカだった服がちょうど良くなっていた。

「……こうして、本当の姿で会うのは初めてだね、藍沢直人君」

「……そうですか。ちょっと鏡で確かめてみます」

 日下さんに対して話す声は元に戻っているな。

 洗面所にある鏡のところまで行き、自分の姿を確認する。

「元に……戻っているな」

 こうして、元の姿の自分を見るのは3日ぶりだけれど……随分と久しぶりに見たような気がする。


「……ご苦労様でした、藍沢君」

「えっ……」


 鏡には俺の後ろに水代さんがいるのが見える。実際に振り向いてみても、そこには彼女の姿はない。

「今は藍沢君にしか見えないよ。鏡越しにね。やっぱり、君は私の期待通りの子だった。私にも日下さんにも……君のような人が側にいれば変わっていたかもね」

「……そうかもしれませんね。ただ、実際はそうでない時間が流れ……長い年月が経ってあなたも日下さんも笑顔になれた。だから、良かったと思いますよ」

「……そうかもね。じゃあ、私はこれで。死んだら会うだろうけど、また……あなたが生きている間に会おうね」

「その時は平和な形でお願いしますよ」

「……うん」

 今度は入れ替わりや体が縮むことなく彼女と会いたいところだ。


「君が本来の君になったことで……きっと彼女も喜んでいるよ」


 彼女というのは彩花達のことだろうか。それとも、日下さんのことだろうか。誰のことなのか分からず、俺は何も言うことができなかった。

「じゃあ、私はこれで」

「……はい」

 そして、水代さんはすっと姿を消した。きっと、あのホテルに戻って大好きな相良さんのことを見守っていくのだろう。

「どうしたんですか? 直人先輩。独り言をぶつぶつ呟いて……」

「……水代さんがいたんだよ、俺の背後に。鏡越しに、俺にしか見えなかった」

「えっ!」

「……一応、このことは2人だけの秘密にしておこう」

「そうですね。私達だけの秘密……ふふっ」

 そう言うと、彩花は嬉しそうな表情をしてウインクをした。

 そして、俺は渚達の所へと戻る。

「どうしたの? 直人。何かぶつぶつ言っていたけれど……」

「ようやく、小さい体に慣れてきたところで元の体に戻ったから、逆にちょっと違和感を抱いちゃってさ。目の前にいる自分が本当に自分自身なのか疑っちゃって。それで、独り言を言っていたんだ」

「ふふっ、吉岡さんの持ってきたワンピースが気に入ったのね」

「……それは違うよ、咲」

 俺はともかく、彩花達は俺のワンピース姿をとても気に入っていたから……ワンピースで女装させられてしまわないかどうか心配だ。

「今は私服姿だけれど、元の姿に戻ると藍沢君が帰ってきた感じがして安心するよ。6月くらいから色々あったし……」

「そうなんだ、麻衣ちゃん。私は小さい藍沢君の方をたくさん見ているから、ちょっと新鮮かな」

「……そうですか」

 人によって、俺の体が元に戻ったことに対して抱く印象は違うと思うけれど……俺としては本来の姿に戻ることができて良かった。それも、夏休みが終わる前に。

「それにしても……イケメンだね、藍沢君。学校でもモテるんじゃない?」

「モテるかどうかは分かりませんが……自分の周りでは色々なことがありました」

「否定しないだなんて、イケメンだとさすがに言うことが違うね」

 まあ、実際にこれまで色々なことがあって、特に女性とは多く関わってきたから。今月に入って彩花と付き合い始めたことでようやく落ち着くことができた。といっても、旅先で彩花は入れ替わりに遭い、俺は体が小さくなっちゃったけれど。

「日下さんが意識を取り戻して、元気な表情を見ることができて良かったですよ。それが今回のことで一番嬉しいです。まあ、俺の体も戻って嬉しいですけど」

「ふふっ、小さい頃の藍沢君も素敵だけど、元に戻った姿も素敵だね」

「ははっ、そうですか。ところで、これから日下さんはどうするんですか?」

「う~ん、まずはリハビリをして体力を付けないとどうにもならないからね。あと、15年経ったから色々なものが変わっているし。例えば……麻衣ちゃんとか、小さなテレビみたいなものを持っているじゃない」

「あぁ……スマートフォンのことですか」

 15年前にはなかったもんな。

「まずは色々なことを勉強していないと」

「……分かりました。俺達もサポートしていきますよ」

「ありがとう」

 これで、日下さんも明るい未来に向かって一歩ずつ歩いていくことだろう。

「じゃあ、俺達はこれで帰ります」

「うん。藍沢君達……陽子先輩のために本当にありがとう」

「いえいえ。これでいい夏の終わりを迎えられそうです。じゃあ、また月曜日……新学期になったら」

「ええ。寝坊して遅刻しないこと。宿題は大丈夫?」

「みんな大丈夫ですよ。俺と彩花はもちろん、渚と咲の課題も手伝いましたから」

「それならよろしい。じゃあ、月曜日にね」

「はい。では……失礼します」

 夏は今日で終わるけれど、夏休みは明日もある。まあ……さすがにもう夏休み中に事件が起こることはないだろう。

 俺達は日下さんの病室を後にする。

「さて、これからどうしますか? もうお昼過ぎだけど」

「途中で卵を買って、3人へのお礼に玉子たっぷりのチャーハンを作るよ」

「ふふっ、分かりました。もう、体が戻っても卵好きは変わらないですね」

「ははっ、そう簡単には変わらないよ」

 それに、小さい頃から卵料理が好きだし。

「じゃあ、みんなで家に帰ろう」

 俺にとって嵐のような夏は、どうやら穏やかに終わりそうだ。病院から出るとかなり暑いけれど、穏やかに吹く風はとても心地よかったのであった。

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