第19話『会うか、会わぬか。』

 運がいいことに、湊先生が連絡した教員が、森さんと今も続いている呑み仲間ということもあり、連絡先と現在働いている職場がすぐに分かった。

 午後2時過ぎという時間や、急に会っては申し訳ないと思い……森さんとは午後4時に職場の休憩所で会うことになった。アポイントメントの電話を湊先生にしてもらったけれど、凄く嫌そうな顔をしていたな。

「電話をしていただいてありがとうございます、湊先生」

「……いいよ。小さくなった藍沢君のためでもあるし、それに……あの人には色々と言いたいことがあるの。15年経っているけれど。だから、あたしもついていくわ。知らない高校生達だけだと、森先生も戸惑うだろうし。あたしは数学を教わっていたから」

「そうですか。ありがとうございます」

 湊先生が一緒にいてくれることは有り難い。

「お腹が空きましたね、直人先輩」

「そういえば、お昼ご飯がまだだったな」

「腹が減っては何もできぬって言うもんね、直人」

「……それは言えてるな、渚」

 本当は腹が減っては戦もできぬ……なんだけど、これから大事なことをするんだ。お腹が減っていたら、普段なら言えることも言えなくなるかもしれない。

 御子柴さんと日下さんとはお別れをして、俺達は月原総合病院を後にする。

 森さんの職場に行く途中にファミレスがあったので、そこでお昼ご飯を食べることに。

 日下さんを目覚めさせてくれたお礼だと言って、湊先生が奢ってくれたけれど……渚と咲はもう少し遠慮してもいいんじゃないかと思うくらいにたくさん食べていた。

 それに対して俺は、普段よりもあまり食べられないので……お子様ランチを食べた。彩花達の勧めもあったんだけれど、お子様ランチの量がちょうどいいことに切なくなってしまった。

「お子様ランチ、美味しかったですか? 先輩」

「……美味かったよ。量もちょうど良かったし、プリンも付いてたからな」

「ふふっ、そうですか」

 まあ、お子様ランチを食べることなんて二度となかっただろうから、そういう意味では良かったのかな。

「本当に子供になっちゃったんだね、藍沢君」

「……ええ。こういうときに、体の小ささを実感します」

「なるほどね。でも、あたしも今年で31歳だから……このくらいの子供がいてもおかしくはないんだよね」

 そう言うと、湊先生は優しい笑顔を浮かべながら俺の頭を優しく撫でてくる。母親になるとこういう表情を見せるのかもしれない。何にせよ、さっきは不機嫌そうなときもあったから、先生の笑顔を見ることができて安心した。

「でも、直人の妹さんって今の直人みたいな感じじゃなかった? その……洲崎にいた頃に直人が妹さんと一緒に歩いているのを見かけたことがあって」

「そう……かもな」

 咲が洲崎にいた頃っていうと、だいたい4年くらい前か。ただ、小学生の頃の美月は今の俺よりもよっぽど可愛いと思うけれど。もちろん、今の美月もとても可愛い。

「へえ、先生も一度会ってみたかったな」

「……夏休みの前半あたりは俺の家で過ごしていましたよ。今度来たときには湊先生にご紹介します」

「うん、約束だよ。……何だか、小さくなっても藍沢君は藍沢君なのね」

「……頭脳は17歳のままですからね」

 湊先生みたいに考えを抱いてくれると話しやすいけれど。これから会う森さんとは、もちろん初対面だ。小さな俺が日下さんのことを色々言ったところで、まともに聞いてくれるかどうか不安だな。

 そして、いい頃合いになったので、ファミレスを後にして、俺達は森さんが働く学習塾へと向かう。到着したときには約束の時間である午後4時近くになっていた。

 休憩時間なのか、入り口近くには塾の生徒が何人かいる。


「ねえ、あの女の子かわいくない?」

「ほんと! お姉ちゃんと一緒なのかな。手を繋いじゃって可愛いよね」


 と、女性を中心にそんな声が聞こえてくる。やっぱり、ワンピース姿にカチューシャをつけているから俺のことを女の子だと思っているんだ。

「ふふっ、お姉ちゃんですって。本当は私の彼氏なんですけどね」

 優越感に浸っているのか、彩花はドヤ顔に。

「ねえ、直人……あそこに凄く大柄な男性がいるね」

「……そうだな、渚」

 端の方に……ワイシャツ姿のスキンヘッドの大柄な男性がいる。背も元の姿の俺よりも高そうで……厳つい印象を抱く。

「まさか、あの人が例の森さんなのかな?」

「……そうだよ、広瀬さん。昔はスキンヘッドじゃないし、皺ももう少し少なかったけれど……あの大柄な体にあの顔つきは間違いなく森先生だよ」

「そ、そうなんですね」

 咲、ちょっと顔が引きつっているな。きっと、怖いと思っているんだろう。

 ただ、あの大柄で強面な人に激しく怒られているところを見たら……彼のせいで日下さんは自殺をしようとしたんだと考える生徒がいてもおかしくない……か。あまりそういうことを考えちゃいけないけれど。

「じゃあ、みんな。行くよ」

 そして、湊先生を先頭に、俺達は森さんの所へと向かう。

「お久しぶりです、森先生。湊です」

「……湊か。久しぶり……だな。15年ぶりか。君のことは佐藤から聞いている。月原高校で英語教師をしているんだって?」

「ええ。もう9年目ですから、さすがに慣れましたけどね」

 これから日下さんの話をするからか、さっそく微妙な空気が漂っている。

 それにしても、森さん……とても低い声で落ち着きがあるな。だからこそ、怒ったときの声はかなり恐そうだ。

「それで、彼女達は? 1人、私にとっては懐かしい服装をしている女性もいるが。湊の教え子か?」

「茶髪のポニーテールの子が私の受け持っている生徒です」

「2年の吉岡渚です」

「1年の宮原彩花です」

「金崎高校2年の……広瀬咲です。2人の友人です」

「ええと、俺……じゃなくて、私……」

 湊先生や浅井先生はともかく、森さんに俺の正体を明かしたらどんな反応をされてしまうかが恐い。

「このワンピースの女の子は……もしかして、湊の娘か?」

「いえいえ、違います! 宮原さんの知り合いの娘さんで……藍沢直人ちゃんって言うんです。男の子みたいな名前ですけど、女の子なんですよ」

「あ、藍沢直人です……」

 湊先生……とっさの嘘でも女の子だって言わないでくださいよ。まあ、今のこの服装だとその方が自然だけれどさ。

「まあ……小さな女の子がいても別に構わない。ちょっとここだと周りに生徒がいるから、こちらにどうぞ」

 そして、俺達は森さんの案内で会議室へと向かう。こういう学習塾でも会議室ってあるものなんだな。

「それで、どうしたんだ、湊。湊と話すなんて……俺が月原高校にいた頃以来だが。15年ぶりくらいだろうか」

「……そうですね。森先生ならもうお気づきかと思いますが……日下陽子先輩が今日の昼前に意識を取り戻しました」

 その事を湊先生が言うと、さすがに森先生も当事者だけあって……目を見開かせた。

「……そう、か。ようやく、目覚めたのか」

「ええ。奇しくもこの時期に」

「……日下の体調はどうなんだ? さすがに、目覚めてすぐだと具合が悪そうだったか?」

「……ベッドから起き上がることはできませんでしたが、問題なく話せます。15年間眠りについていたことも、すんなりと受け入れてくれました。あと……あなたが月原高校を懲戒解雇処分になったことも」

 湊先生、目つきを鋭くさせて森さんのことを睨んでいるぞ。早くも臨戦態勢……という感じだ。

「麻衣先生、落ち着いてください」

「……落ち着いているよ、渚ちゃん。ただね……森先生。あなたには陽子先輩に謝って、ずっと償ってもらう必要があるんだよ!」

「だから落ち着いて!」

 渚は荒ぶる湊先生のことを抱きしめる。

「……陽子先輩の15年を、返しなさいよ……」

 湊先生は涙を流すと、渚の胸の中で泣き始めた。

 きっと、今の先生は……15年前の高校1年生なんだ。それなら、彼女の先輩として俺達が助けないと。

「……森さん」

「何だろう……藍沢、さん?」

「……15年ぶりに目を覚ました日下さんと話してきました。湊先生から事前に聞いた話からは想像できないくらいに、強い女性だという印象を抱きました。15年前のことは人から聞いた話でしか知りません。ただ、日下さんは課題を忘れ、あなたに叱られ、生きることに疲れ、自ら電車に轢かれ……その結果、15年間眠り続けました。それは揺るがない事実です。そんな彼女は……目覚めてすぐにやりたいことがあると言いました。森さん……あなたと会って話したいということです。日下さんに会っていただけませんか」

 こちらが一方的に日下さんの願いを言ってしまう形になってしまったけれど……果たして森さんは日下さんと会ってくれるだろうか。

「……何だか、藍沢さんを見ていると湊よりも大人っぽく見える。まるで、本当は大人であるかのようだ」

 森さんは落ち着いた口調でそう言う。まあ……本当は高校2年生なんだけれど、それ以外はズバリ当たっている。

「日下の本心は分からない。しかし、俺に会いたいと言ってくれることは素直に嬉しく思うよ」

「じゃあ――」

「日下に伝えておいてくれないか」

 すると、それまで若干ではあるけれど笑みを浮かべていた森さんは急に真面目な表情になって、


「あの時はすまなかった、と伝えておいてくれないだろうか。俺には……日下ともう一度会う資格はない。一生会わないと決めたんだ」

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