第17話『やりたいこと』

 ――君のことは知っているよ。藍沢直人君。

 小さな声だったけれど、日下さんははっきりとそう言ったのだ。やっぱり、俺のことを知っていたか。

「そうですか。では、隣の赤髪の女の子は?」

「宮原……彩花さん……だね」

「ど、どうして私や直人先輩のことを? 湊先生は……先輩や私のことを日下さんに話したことはありましたか?」

「……ううん、ないよ」

 きっと、誰も日下さんに俺や彩花のことを話したことはないだろう。あるとすれば、水代さんのような幽霊だと思う。そうでないと、15年間も眠り続けた日下さんが高校生の俺達を知る術はないだろう。

「直人、看護師さんを呼んできたよ!」

「ああ、ありがとう」

「日下さん、分かりますか? ここは病院ですよ!」

 そして、意識が回復したことを受け、日下さんは精密検査を受けることになった。

 その間に御両親が月原総合病院にやってきて、15年ぶりに目覚めた日下さんと再会した。湊先生や俺達に何度も目覚めさせてくれてありがとう、とお礼を何度も言ってきた。15年間も眠り続けたんだ。何度も言いたくなってしまうのだろう。

 思えば、俺達が来てすぐに目が覚めるなんて。偶然の可能性だってもちろんあると思うけれど、どうもタイミングが良すぎるのではなかろうか。これも、俺の体が小さくなったことに関わっているはず。いや、絶対にそうだろう。だって、俺や彩花のことを知っていたのだから。

 検査が終わって、日下さんが大丈夫そうなら、彼女に色々と訊いてみることにするか。

「意識を取り戻して良かったですよね、直人先輩」

「ああ、そうだな」

「……でも、体が戻りませんね」

「さすがにまだ戻らないんじゃないか? 水代さんのときのように、彼女には何か思惑があり、それを俺達の手によって達成しなければいけないかも」

「それはありそうですね」

 水代さんの場合は、好きな人が立たされている苦しい状況を打破することだった。多くの人の協力があったことで何とかすることができた。そのことにより、彩花と遥香さんの入れ替わっていた状態から元に戻った。

「じゃあ、今度は私の番ですね! 直人先輩が元に戻れるように頑張ります!」

「私も協力するよ」

「あ、あたしだって!」

「私は入院しているけれど、何か力になれるといいな」

「……どうもありがとう」

 俺の体が元に戻るために協力してくれるのは嬉しいけれど、それなら……ちょっとくらいは俺のことを考えてくれてもいいんじゃないかな。例えば、ワンピースを着させないとか、カチューシャを付けさせないとか。

「まさか、15年近くたって目覚めるときが来るなんて。まるで、藍沢君の体が小さくなったことがその予兆だったように思えるよ」

「……意外とその通りかもしれませんよ」

 高校2年生の俺と高校1年生の彩花のことを、15年前の9月から眠り続けている日下さんが知っていたんだ。しかも、彼女はさっき……出会ったのは初めてだけれど、俺達の名前をはっきりと言っていた。彩花の両親は分からないけれど、俺の両親が日下陽子という女性について話してくれたことは一度もない。

 もう少しで目覚めるから……俺や彩花に自分の存在を知ってほしい。助けて欲しいという意味を込めて俺の体を小さくしたのかもしれない。

 そして、2時間ほど経って、検査が終わり……日下さんの体には特に異常がないことが分かった。ただ、15年間も寝たきりだったので、筋力が著しく衰えているので、日常生活を送るために少しずつリハビリを始めることになった。

「……陽子先輩。色々と話したいこともありますけど、藍沢君のこともありますから……彼からの話を聞いてもらっていいですか?」

「……うん、いいよ。麻衣ちゃんには悪いけれど、今は……藍沢君や宮原さんと話したい気分だから」

「いえ、気にしないでください。きっと、これからは……先輩は話せる機会がたくさんあると思いますから」

「……ありがとう」

 しかし、こうして見てみると……日下さんが湊先生よりも2歳年上だとは思えないな。30代前半だけれど……見た目、中学生くらいにしか見えない。中学2年生の美月の方が大人っぽいような気がする。

「いいよ、藍沢君」

「……ありがとうございます」

 日下さんに聞きたいことは色々とあるけれど、やっぱり……最も知っておきたいのはあのことだ。


「日下さん。俺の体を小さくしたのは……あなたですか?」


 今までの日下さんの反応や言動を考えると、俺の体を小さくさせたことに日下さんが関わっていることは間違いない。

 すると、日下さんは穏やかな笑みを浮かべて、


「……そうだよ。藍沢君の体を小さくしたのは……私なんだ」


 落ち着いた口調でそう言った。

「じゃあ、早く藍沢君を元の体に戻してあげてください!」

「湊先生、落ち着いてください。……日下さん、ここからは俺の勝手な推測です。俺にはどうもあなた自身が俺の体を小さくする力を持っているとは思えません。誰かから力を与えてもらったか、代わりに縮めさせてもらったのでは? そして、その時に俺や彩花のことを教えてもらった。いかがですか?」

 15年間眠り続けていた日下さんが、俺や彩花の名前や姿を知っている。つまり、眠り続けている間にそれを教えられたことになる。そして、そういったことができる人物を1人、俺や彩花は知っている。

「……凄いね、藍沢君は。あの人が言ったとおりだ」

「あの人って誰なんですか! 陽子先輩……」

「それは分からないんだ、麻衣ちゃん。これまでずっと……15年近く、か。私は暗闇の中を彷徨っている感覚だった。でも、あるとき……優しい光が私を照らしてくれた。そのとき、知らない女性の声でそろそろ意識を取り戻すよ、って言われたの」

「女性の声ですか……」

「どうやら、その女性には私の心が見透かされているみたいで。私のやりたいことが何なのかを言われちゃって。きっと、目覚めても私だけじゃどうしようもできないだろうから、誰かに協力を仰ごうってことになった。そして、どうやって調べたのか、藍沢直人君と宮原彩花さんが協力者に相応しいと言ってきた。特に藍沢君は麻衣ちゃんの教え子だからって。彼等なら絶対に成し遂げてくれると言われて」

「それで……俺の体を小さくしたんですか」

「うん。数日前に宮原さんには体の入れ替えをやったから、今度は藍沢君の方にやるって言われてさ。体が小さくなる程度だったら、協力してもらうことに支障はないって言われたからその女性にお願いしたの」

「そ、そうなんですね」

 入れ替わりという言葉で……日下さんに俺と彩花のことを教えてもらったのは、水代円加さんだということが分かった。信頼してくれているのは嬉しいけれど、俺の体を縮めることをしなくても良かったんじゃないかな。

「予想通りでしたね、直人先輩」

「……ああ」

 さすがに、彩花も水代さんが関わっていると推測できていたか。入れ替わりを経験しているからかな。というか、先日のことで水代さんは成仏したのかと思ったけれど、今もこの世にいるんだ。

「その女性の声の主に心当たりがあります。彼女なら、俺の体を小さくしちゃおうと考えるでしょう。でも、体が小さくなったら、それに気付いた時点で普通じゃない出来事が起きたことくらいは分かります。それは昨日の朝のことでした。でも、あなたのことかもしれないと思ったのは、昨日の夜……俺の課題に湊先生が撮影したあなたの写真が挟まっていたことです。どうして、夜まで写真を挟むことをしなかったのですか?」

 おそらく、写真を課題に紛れ込ませたのも水代さんの仕業だろう。

 でも、彼女は俺や彩花を信頼した上で俺の体を小さくしたんだ。すぐに、日下さんの写真を俺達に見つけさせれば、もっと早くこうして日下さんと話すことができていたかもしれないのに。

「彼女と話すときには既に、藍沢君はクラスメイトの課題の面倒を見ることが決まっていたからね。課題の呪い……だっけ。その話もされてね。もちろん、これまでに怪我や病気にさせたのは私じゃないけれど、その呪いの通りにはさせたくなかった。だから、その子の課題が終わったら写真を挟もうってことにしたの」

「な、なるほど」

 課題の呪いの話の発端は日下さんだけれど、生徒の怪我や病気に彼女は関わっておらず、あくまでも偶然だったのか。だから、呪いの話の通りにさせないためにも、渚や咲の課題が終わるまで待っていたと。

 それでも、どうして写真を紛れ込ませるようなことをしたのか。水代さんなら、誰かに憑依して俺達に直接このことを話してくれてもいいような。成仏していないことを知られたくなかったのかな。それとも、自分が話しても信じてもらえないと思ったのか。

「俺の体が小さくなったこと、写真のことについてはおおよそ分かりました。では、次の話題に入りましょう。俺や彩花が予想している女性があなたの協力者だとしたら、日下さんの言う『やりたいこと』を成し遂げないと、俺の体は元に戻らないようになっていると思います。あなたの『やりたいこと』というのは、いったい何なのですか?」

 水代さんは、俺や彩花のことを信頼しているだけではなく、俺達だからこそ協力者に選んだ理由があるはずだ。その理由にはおそらく日下さんの『やりたいこと』に関係していると考えている。


「……もう一度、森先生とお話がしたい」

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