第16話『再会のとき』

 午前11時過ぎ。

 お花屋さんでお見舞いの花を買ってから、俺達と湊先生は月原総合病院に到着した。

 月原総合病院は月原市にある市内最大の総合病院だ。俺も何度かお世話にもなったけれど、まさかこの夏の間にもう一度来ることになるとは思わなかった。まあ、ある意味で体に異常があるから俺にはうってつけの場所なんだろうけど。

 そういえば、ここには……御子柴さんが今も入院しているんだよな。およそ1ヶ月前、俺が入院しているときに出会い、一時は危篤状態にも陥った。しかし、その際の手術が成功し、今は大分回復し、日常生活の送るためにリハビリを始めたという。彼女にこの姿を見られたらどんな反応をされるか心配だ。

 受付で面会の手続きをする。そして、日下さんが入院している病室がある10階に行くためにエレベーターホールへと向かう。


「あれ、湊先生! それに宮原さんや吉岡さんも……」


 水色の寝間着姿の御子柴さんがいた。噂をすれば何とやら……とは聞くけれど。噂はせずとも、彼女のことを考えていたからかな。今の彼女を見る限り……以前よりも元気になっているな。術後の経過がいい証拠か。

「御子柴さん、先月末に急変したから手術したって聞いているけれど、その後は大丈夫なの?」

「はい。手術があって1週間くらいは息苦しかったり、体が重かったりしましたけど、今はこういった涼しい場所なら歩いても大丈夫なくらいになりました。まあ、元気な頃に比べたらすぐに疲れちゃうし、食べられる量もまだまだ少ないですけど……」

「そっか。じゃあ、少しずつではあるけれど良くはなっているんだね」

「はい。時期は分かりませんが、必ず高校に戻りたいと思います」

「うん、待ってるよ」

 目の前で危篤状態に陥ったところを見た俺にとっては、少しずつでも体調が良くなっていると本人の口から聞けてとても嬉しい。

「このまま快復に向かえば、日常生活は問題なく送ることができるとのことです。まあ、以前のように剣道に打ち込むことはダメみたいですが……」

「そっか。確か、今年は惜しくもインターハイに出られなかったから、来年は……ってところだったのに」

 剣道が大好きだということは知っていたけれど、インターハイに出ることができるかもしれないくらいの実力もあったとは。

「まあ、病気になってしまったのは仕方ないですよ。今年は女バスがインターハイに出場することを知って、病室から応援して見事優勝してくれたからいいです。来年は……どうなんでしょうね。多分、ダメだと思いますけど、軽くやるくらいには体が治ってほしいですね」

 御子柴さんの笑みを見る限り、今の言葉は彼女の本音だろう。

「そういえば、こちらの金髪のかわいい彼女は?」

「広瀬咲です。えっと……金崎高校の2年生です」

「あぁ、インターハイで吉岡さんが戦った相手の高校の生徒さんだ。ええと……準優勝おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます」

「私、月原高校の2年生の御子柴香苗です。今は……心臓の病気で入院していて。でも、手術が成功して今は快復に向かっているから」

「そうなんだ。……良かった」

 もしかしたら、日下さんも御子柴さんのように病状が快復していけばいいけれど。目覚めて、御子柴さんのような可愛らしい笑みを浮かべる日は来るだろうか。

「それで……この女の子は藍沢君によく似てるね。でも、藍沢君が宮原さん達と一緒にいないわけがないから、君……小さくなった藍沢君だね!」

「そ、そうだよ」

 凄いな、御子柴さん。こっちは何も言っていないのに、自力でこの姿の俺が藍沢直人だと見抜いたのは初めてだぞ。

「へえ……可愛くなったんだね」

 いい子いい子、と御子柴さんに優しく頭を撫でられる。そういえば、唯のことを彼女に話したときも今と同じように頭を撫でられたような。


「御子柴先輩。ご報告があるんです」

「どうしたの? 宮原さん。もしかして、藍沢君との子供でも妊娠したとか?」


 御子柴さんがそう言うので、彩花、渚、咲の顔が真っ赤になる。

「ち、違いますって! 直人先輩と付き合うことになったんです!」

「へえ、そうなんだ! おめでとう! てっきり、藍沢君や湊先生と一緒に病院に来ているから子供ができたのかと思ったよ。ここ、産婦人科もあるし」

 確かに……案内板を見てみると、産婦人科のフロアもある。彩花はまだ高校1年生だから、俺だけじゃなくて湊先生も診察に同伴したと思ったのか。想像力に長けすぎていないだろうか。

「まあ、もし本当に妊娠していたら、おめでとうって言うけどね。死にかけた経験をしたから、新しい命が産まれるのは嬉しいしね」

「ふふっ。いずれは直人先輩との子供を産みたいなぁ……って思ってます。もし、先輩によく似た子供が産まれたら、今の先輩のような雰囲気になるんじゃないかなって思いますね」

 と、彩花は俺のことを後ろからぎゅっと抱きしめる。

「ふふっ、クールな女の子だとそうかもね。それにしても、藍沢君の体がちっちゃいままだと、私の病気が治ってもあの約束を果たすことは難しいかな?」

 御子柴さんの言うとおり、この体だと竹刀をまともに扱えるかどうか。きっと、御子柴さんも高校生の姿の俺と剣を交わしたいと思っているだろうし。御子柴さんが竹刀を握れるようになる前に、俺の体が元に戻らないと。

「な、何を約束したんですか? 御子柴先輩。もし、差し支えないのであれば、私に教えてくれませんか?」

 そういえば、彩花達は御子柴さんとの約束のことは知らないんだっけ。

「藍沢君が入院しているときに、彼の悩みが解決し、私の心臓の病気が治ったら、一度剣を交わそうって約束したんだ」

「剣を交わす……とは?」

「剣道で闘おうって意味だよ。まあ、藍沢君の悩みは解決できたみたいだけど、新たな問題が出てきちゃったからおあずけかな?」

「……できるだけ早く、元の体に戻れるようにするよ」

 本音としては夏休みが終わる前に戻りたい。

「藍沢君の体が小さくなった話を聞いて、どうやらそれが……あたしの2年先輩の女性が関わっている可能性があって。その女性が10階の病室に入院しているから、これからそこに行く予定だけれど……御子柴さんも行ってみる?」

「はい! 午前の検査も終わって、暇で散歩していたので……」

「分かった」

 そういえば、あの時も暇だからという理由で俺の病室に遊びに来たって言っていたな。暇だと病院の中を歩き回る癖でもあるのかな。

 そして、御子柴さんを加えて、俺達は日下さんが入院している1001号室へと向かう。

「失礼します」

 湊先生を先頭に、俺達は1001号室の中に入る。

 中には心電図や点滴などの医療機器がベッドの横にある。

「彼女が……日下陽子先輩。15年前からずっと眠ったままで、姿も当時と全く変わっていないよ」

 そして、ベッドの上で眠っている日下さんと初対面。

 日下さんの顔は、俺の課題に挟まっていた例の写真と同じく可愛らしい。事情を知らなければ、ただ眠っているようにしか見えないな。点滴が打たれていて、心電図と呼吸器が付けられている。これもおそらく、命を守るため……なんだろうな。

「ここに来ると毎回思うよ。どうして、陽子先輩がこんな目に遭わなきゃいけないんだって。そして、教師になってからは、生徒をしっかり育てるって先輩に声を掛けているんだ」

「そうですか……」

「写真の話からして、藍沢君の体を小さくしたことに陽子先輩が関わっているように思えるけれど、先輩はずっとここで眠っている。そんな人に藍沢君の体を小さくすることってできるのかな?」

「……普通はそう考えると思います。ただ、俺は……数日前に旅先で、入れ替わりという経験を目の当たりにしました。そして、その入れ替わりを経験したのは彩花で、旅先で自殺した幽霊の仕業と分かりました」

「……だから、今回のことは陽子先輩が関わっていると考えたわけなんだね。先輩の写真を見つけたときに……」

 ただ、彩花と遥香さんを入れ替えた水代さんは20年前に亡くなり、幽霊の状態だった。だから、2人のことを入れ替えることができたんだと思う。

 しかし、日下さんは生きている。彼女の魂が体から離れて、俺の体を小さくすることはできるのだろうか。

「麻衣先生! 今……日下さんの左手の指が動いたように見えたのですが」

「えっ?」

 渚がそう言うので、湊先生と一緒に日下さんの手元を見てみることに。

 すると、若干ではあるけれど、日下さんの指が動いているのが分かった。

「湊先生、こういうことって今までにもあったんですか?」

「ううん、これは初めてだよ!」

 じゃあ、もしかして……日下さんの意識が戻る兆候ってことなのかな?


「ここ、どこ……?」


 枕元の方から知らない女性の声が聞こえた。

 しかし、湊先生の驚いた表情を見る限り、この声は日下さんのものだろう。すぐに日下さんの顔を見てみると、彼女のうっすらと開いている。

「陽子先輩、分かりますか? あたし、湊麻衣です!」

「……麻衣ちゃん。何だか、大きくなったね」

「ようこ……せんぱい……」

 日下さんが意識を取り戻したからか、湊先生は号泣する。

「すまないけれど、渚と咲……このフロアにもナースステーションがあるはずだから、そこから看護師を呼びに行って欲しい」

「分かった、直人。行こう、広瀬さん」

「うん!」

 病院側に伝えるのは2人に任せて、日下さんに俺の体が小さくなったことに関わっているかどうか確かめないと。

「……俺のことが分かりますか? 日下陽子さん」

 俺がそう問いかけると、日下さんはほんの僅かだけど頷いて、


「……実際に会うのは初めてだけど、君のことは知ってるよ。藍沢……直人君」

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