第69話『HANABI』
ホテル側のお礼ということで、急遽、旅行が一日延びることとなった。
体が入れ替わっていた間も海やプールでは遊んだということで、彩花の要望でホテル周辺にある観光地巡りとご当地スイーツを堪能することに。
遥香さん達も同じようなことを考えていたようで、6人全員で観光とスイーツ巡りをすることになった。
色々なところに行ったこともあり、時間はあっという間に過ぎていった。それぞれの場所でスマートフォンや持参したデジカメで写真をたくさん撮ったり、お土産を買ったりして、この旅行の思い出を一つでも多く形に残すことにした。
彩花はもちろんいつもの楽しい表情をたくさん見られるようになった。
遥香さんと絢さんはこれが普段の2人なのかな、と思えるような自然なやりとりと笑顔を見せていた。
坂井さんと香川さんは……何だか俺達と出会った当初よりも距離が縮まっているような気がする。香川さんが積極的に坂井さんに近づこうと頑張っているけれど、坂井さんが普段と変わらないという感じだろうか。
彩花と遥香さんの体が入れ替わったことで何らかの影響はあっただろうけれど、それはいい方向への影響となりそうだ。
夕方まで観光をして、ホテルに戻ってからは日が暮れるまで海やプールで遊んだ。まさに盛りだくさんの一日となった。
午後8時。
夕ご飯を食べ終えた俺達6人は、相良さんに浜辺に呼び出された。浜辺には晴実さんや紬さんもいる。何があるんだろう?
「みなさま、一昨日、昨日と本当にありがとうございました。ホテル側からお礼ということで、今夜は特別に花火大会をしようと思います! それではお願いしまーす!」
相良さんがそう言うと、次々と打ち上げ花火が上がっていく。綺麗だけれども、昔のトラウマで大きい爆発音がする打ち上げ花火はちょっと苦手。
幾多の色の光が夜空をバックに花開き、俺達のことを照らす。横目で浴衣姿の彩花を見ると、花火の光に照らされた彼女はとても綺麗で艶やかだった。
「ふふっ、直人先輩なら見てくると思いました」
彩花はちょっと意地悪そうな笑みを浮かべ、俺のことをじっと見てくる。
「こういう姿ってあまり見られないからな。凄く……綺麗だ」
「それって花火ですか? それとも私ですか?」
「お前、分かっているくせにわざわざ訊くなよ。その……花火も綺麗だけど、一番綺麗なのは彩花に決まってるだろ、まったく……」
「ふふっ、ありがとうございます。分かっていましたよ。私も……花火も見たいですけど、一番見たいのは直人先輩ですから」
彩花はとても満足していそうだ。それまで手を繋いでいるだけだったけど、さりげなく腕を絡ませてくる。浴衣姿ということもあって、普段よりも胸の柔らかさを感じることができる。
あぁ、顔が熱い。遥香さん達に聞かれていなければいいんだけれど。恥ずかしいから。でも、打ち上げ花火の音で聞こえていないかな?
「……ははっ」
俺の隣に立っていた坂井さんが小さな声で笑っている。遥香さん、絢さん、香川さんは花火の方に夢中みたいだから、どうやら今の俺達のやりとりは坂井さんにしか聞こえなかったようだ。恥ずかしい想いも最低限で済んだかな。
「綺麗ですね、直人先輩」
「ああ、そうだな」
そうだ、この様子も写真で撮っておくか。今はスマートフォンしか持っていないのでスマートフォンで撮影しよう。
俺達の前に相良さん、晴実さん、紬さんがいる。花火をバックに彼女達も撮影するか。まだ、彼女達の写真はないので。まあ、花火を見ているから後ろ姿なんだけれど。ということで、スマートフォンを彼女達に向けると、
「んっ?」
俺から見て右から紬さん、晴実さん、相良さんと……あれ、相良さんの左側に浴衣姿の人が立っているぞ。
「なあ、彩花。そこに相良さん達が立っているけれど、何人いる?」
「えっ? 右から紬さん、晴実さん、相良さんの3人ですよ?」
「……彼女達の写真も撮ろうと思っているんだけれど、スマートフォンの画面には4人映っているんだよ」
「ちょっと見せてください」
彩花は俺のスマートフォンの画面を見る。
「……確かに、相良さんの左側に浴衣姿の人がいますね」
「とりあえず、撮影してみようか」
「ええっ、怖いなぁ」
撮影ボタンにタップして、
――カシャッ。
と、撮影音が鳴る。
さて、どんな写真が撮れているのかな。写っている人数は果たして3人なのか、4人なのか。でも、たまに真っ白になっていたり、真っ黒になっていたりするときもあるからなぁ。
「直人先輩、これって……」
「……水代さんだな」
まるで、俺が相良さん達の写真を撮影することを知っていたかのように、水代さんだけがカメラ目線でピースサインをして笑っている。
「何だか、とても楽しい心霊写真が撮れましたね」
「そうだな。花火を打ち上げるから遊びに来たのかもしれないし、もしかしたら、これまでと変わらずにこのホテルの周りに霊として居続けるのかもね」
「そうかもしれませんね」
何にせよ、確実なのは水代さんも一緒にこの花火を見ているということか。それだけ、花火は人を惹き付ける魅力があるってことなのかな。
「おっ、花火だ!」
「うわあ、凄く綺麗ね!」
「平日はやらないって聞いていたけど、何かのサプライズなのかな?」
「旅行に来てこんなに花火を見られるなんて超ラッキーじゃん!」
これだけ打ち上げ花火を上げていると、ホテルに泊まっている人や地元の人がどんどん観に来るか。
「いつの間にかたくさん来ちゃいましたね」
「賑やかになっていいんじゃないかな」
もしかしたら、唯もこの花火を見に来ているかもしれないな。あいつ、打ち上げ花火やネズミ花火みたいな派手な奴が好きだったから。
「今、他の女の子のことを考えていたでしょう。例えば、柴崎さんとか」
「……凄いな。何で分かるの?」
「ちょっと切なそうな笑顔を浮かべていたからです」
「ははっ、そうか。あいつも花火は大好きだったからな。だから、こういう打ち上げ花火を見るとどうしても思い出しちゃうんだよ」
「そうですか。彼女もこの花火を見ているといいですね」
「……そうだな」
せっかくだから、花火だけの写真も撮っておくか。
――カシャッ。
花火が開いたタイミングで写真を撮ると、人型の影がくっきりと写っていた。まさかと思って写真を拡大してみると、そこには水代さんのように笑顔でピースしている唯の姿が。ということは、今朝、大浴場の鏡で見た唯は俺の幻覚ではなかったのかな。
「……ははっ」
「どうしたんですか? 直人先輩」
「……水代さんも観に来ているんだ。唯もいるんだろうな、って」
「もしかして、今撮影した写真に柴崎さんが?」
「……見てみ」
唯の姿が分かるようにして、彩花にスマートフォンを見せると彼女は驚いた表情を見せた後、すぐに嬉しそうな顔を見せる。
「これ、凄いことですよね」
「……ああ。旅行の思い出、また一つできたな」
「……はい!」
まさか、水代さんとは顔見知りだったりするのかな。亡くなった年齢を考えると、2人は2, 3歳差なので意外と楽しく話しているかもしれない。
「ねえ、直人先輩。花火大会が終わって、部屋に戻ったら……しましょうね」
彩花は耳元でそう囁く。
「……まったく、彩花は本当に……」
目の前にある花火を楽しむってことはしないのかい。まあ、今の彩花の囁きにドキッとした俺にそういうことを言う権利はないけどさ。ここまで彩花がエロいのは元々なのか、俺と付き合い始めてからなのか。
「嫌、ですか?」
彩花は上目遣いで俺のことを見つめてくる。目を潤ませないでくれるか。
「そんなわけないだろう。ただ……その時のためにも、今は花火を楽しもう」
「……はいっ!」
そう言う彩花の笑顔は花火よりも煌めいていた。
それからは涼しい風が穏やかに吹く中、全ての花火が打ち上げられるまで、俺は彩花と一緒に静かに見上げるのであった。
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