第68話『もう1日』

 坂井さんと一緒に男湯から出て、数分後。彩花が遥香さん達と一緒に女湯から出てきた。やはり、彩花は彼女達と女湯で会っていたんだな。

 女性陣からの提案により、午前8時前にレストラン前に集合して、朝食を一緒に食べることになった。これまで一緒に過ごしてきたので、最終日は6人で朝食を取りたいよな。

 そして、坂井さん達と別れて彩花と一緒に部屋に戻ってゆっくりすることに。僕はコーヒーを飲み、美来は緑茶を飲んで。

「今回の旅行は色々とありましたけれど……もう最終日なんですね」

「そうだね」

「初日に直人先輩と2人きりで海やプールで遊んだことが遠い昔のことのように感じてしまいます」

「確かに。2日目の朝から、遥香さんや絢さん達と一緒に行動することばかりだったからね」

 何だか、今回の旅行では彩花よりも遥香さんと一緒にいた時間の方が長かったんじゃないかと思えるくらいだ。初日にここへ来たとき、まさか入れ替わりが起こるなんてみんな想像していなかっただろう。

「直人先輩、もういい時間になってますね」

「7時45分か。そろそろ行く準備をしてレストランに行こうか」

「その前にお手洗いに行ってきますね」

「ああ」

 そういえば、この朝食でホテルでの食事は最後になるのか。お腹を壊さない程度にたくさん食べることにするか。

 そして、彩花のお手洗いから出たところで、俺達は1階のレストランへと向かう。

 約束の時間よりも5分も前だけれど、レストランには既に遥香さん達がいた。そして、俺達を待っている間に晴実さんと紬さんが来たということで、合計8人という大所帯で朝食を食べることになった。

 朝食のバイキングも3回目となると慣れてきた感じではあるけれど、料理の種類が豊富ということもあって飽きは全く来ない。これが最後だからといって、食べ過ぎないように気をつけないと。

「美味しいですね、直人先輩」

「ああ、美味いな。だからって、あまり食べ過ぎないように気をつけような」

「はい。では、あ~ん」

 彩花はフォークで刺したミートボールを俺に食べさせようとしてくれる。

「……恥ずかしいんだけれど。つうか、普段はそういうことを全然やらないじゃないか」

「旅行なんですからいいじゃないですか」

 旅行だから、って言えば何でもしてくれると思ったら大間違いだぞ。と言いたくなったけれど、彩花の屈託のない笑みと6人からの注目を浴びたことで、断れる空気ではなくなってしまい、俺が折れることに。

「美味しいですか?」

「……凄く美味しい」

 彩花が食べさせてくれたおかげで美味しさが倍になったような気がする。

 あと、周りをちらっと見てみると、みんな笑顔でこっちを見てくるからとても恥ずかしい。穴があったら入りたいというのはこういうことを言うんだろうな、きっと。

 そんなことを考えていると、俺達に影響されたのか、遥香さんが絢さんにミニトマトを食べさせていた。絢さん、かなり嬉しそうだな。そこには恥ずかしい様子は全く無く、彼女は爽やかな笑みを浮かべていた。恋人から食べさせてもらうことって、恥ずかしくないことなのか? それとも、俺と絢さんのメンタルの強さが違うだけなのか?

「皆さま、おはようございます」

 ワイシャツ姿の相良さんがこちらにやってきた。昨日、全てに決着を付けることができたからか、今までよりも明るい笑顔を見せている。

「昨日は本当にありがとうございました。これからは、マスコミの対応には追われますけれども、これを機会に円加の気持ちを全国に伝えたいと思います」

 確かに、水代さんが経験したことや、彼女の抱いた気持ちを全国に伝える絶好のチャンスだ。それによって、彼女達のような人達に何かいい影響を及ぼすかもしれない。


「あと、皆さまが今、宿泊されているお部屋から移動する必要がありますが、本日分は3部屋空きがあります。これまでの感謝ということで、ホテル側から本日の宿泊を皆さまにプレゼントしたいと考えております。いかがでしょうか?」


 相良さんがそんな提案をしてきてくださったのだ。夏休みは終盤だけれど、1日くらいなら延長しても大丈夫だろう。

「彩花、どうだろう? 俺は構わないけれど」

「私も大丈夫ですよ」

「じゃあ、俺と彩花の方は大丈夫です。もう一日、このホテルでお世話になります」

「かしこまりました、藍沢様」

 まさか、もう一日泊まることができるとは。今日が本来の旅行最終日ということもあってか、1日延長したことでこの旅行が終わるのが大分先のように思える。

「私達の方もお願いします」

「かしこまりました、坂井様。では、後で手続きをしましょう」

 遥香さん達の方も1日延長することを了承したか。

「今日は何をしましょうか、直人先輩。海やプールで遊ぶか、ホテルの近くにある観光地に行くか……」

「そうだなぁ。今日は帰るつもりでいたから、渚達にお土産を買うことだけを考えていたよ。朝食を食べ終えたら考えようか」

「はいっ!」

 旅行が続くことに彩花はとても嬉しそうだ。

 ホテル側からのご厚意によって頂いた時間。できるだけ、楽しくて思い出深い1日にしたいな。観光地に行くなら、そこでお土産を買うのもいいかも。

 今日を迎えても、楽しい時間はまだまだ続く。それはもしかしたら、水代さんからの20年分の感謝なのかもしれないと思うのであった。

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