第52話『記憶の旅路』

 いつも、あの人は突然なの。

 夏休みだからっていって、私の都合なんて考えないで。

 でも、事情を聞いて、今日や明日じゃないと駄目だと言われたので行くことにした。それに、紬ちゃんと一緒に行ってもいいって言われたから。

「いやぁ、まさか高校最後の夏休みに旅行に行けるとは思わなかったよ」

 今、特急列車で悠子さんが待っているアクアサンシャインリゾートホテルに向かっているところ。私の隣に座る紬ちゃんは爽やかな笑みを浮かべながら、今回の旅行をさっそく楽しんでいるみたい。

「……ごめんね、付き合わせちゃって」

「気にしないでいいよ」

 そう言うと、紬ちゃんは私の頭を優しく撫でてくれる。それはきっと、私が旅行に誘うときに、悠子さんから言われたことを軽く説明したからだと思う。

「私は……晴実と一緒に旅行できることが嬉しいんだからさ。受験勉強も大変だったし、3泊4日、ゆっくりと羽を伸ばそうよ」

「……伸ばせるようになればいいよね」

 お姉ちゃんのことをいじめた中心人物である、氷高裕美さんが家族と一緒に滞在しているのは明日まで。

 悠子さんは今、ホテルに滞在している高校生と大学生の6人と一緒に氷高さんと決着を付けると意気込んでいる。

 私にもその場に居合わせて欲しいと言われたとき、不思議と氷高さんという女性がどういう女性なのか気になった。お姉ちゃんはどんな女性を好きになって、心を壊され、自殺へと追いやられたのか。それは私の生まれた理由を作ったとも言える。だから、悠子さんに生まれたきっかけと向き合いたいと言ったの。

「ねえ、晴実。今から行くホテルって、晴実は行ったことあるの?」

「ううん、初めて。そこのホテルでお姉ちゃんが亡くなったことは知っていたけれど。毎年、夏休みになっても、お父さんとお母さんは旅行でそのホテルと周辺には行かないって決めていたみたい」

「そっか」

 20年前、お姉ちゃんが自殺してから、そのホテルでは心霊現象が夏を中心に起こるらしいけれど、あれって絶対にお姉ちゃんの仕業だと思う。

 それにしても、氷高さんっていう女。悠子さんに脅迫をしてまで、どうして10年間もそのホテルに泊まり続けているんだろう。いじめていた相手でも、自分の知り合いが自殺したホテルなんだよ。お姉ちゃんは自殺をしてしまったのに、氷高さんは結婚して2人の子供がいるらしい。

 ホームビデオでお姉ちゃんの姿は見たことがあるけれど、お姉ちゃんはとても可愛くて、笑顔が素敵な女の子だった。そんなお姉ちゃんの生きる道を奪った人間を許すことはできない。

「そういえばさ、その……相良さんだっけ? その人に協力をしている学生さん達ってどんな子達なんだろうね」

「……私もどんな子達なのかは言われてないな。でも、信頼できる子達だとは強く言われたから、いい子……なんだと思うよ」

「知らない人のことでここまで親身になれる、って考えれば信頼できる……か。どんな子達なのか楽しみだな」

「……そうだね」

 悠子さんに協力している6人も、きっと楽しい旅行になるはずだったのに。ある2人の体が入れ替わったことをきっかけに、お姉ちゃんのことに関わってしまうことになるなんて。その6人のためにも早く決着が付けられるように協力しないと。

「何があっても、私が側にいるから。安心して」

 そう言うと、紬ちゃんは私の手をぎゅっと握ってくれる。それはとても温かくて、とても優しかった。

「……うん」

 彼女と一緒で良かった。1人きりだったら、既に色々と悩んで……心が潰れてしまっていたかもしれない。

「晴実。今からでも家に帰ってもいいんだよ。本当に……大丈夫なの? お姉さんをいじめた人と会うことになるかもしれないんだよ。今からホテルに行かないって言っても、謝れば相良さんも許してくれると思うけれど」

 確かに、紬ちゃんの言うとおりだと思う。お姉ちゃんをいじめた人と会うかもしれないのは危険なことであり、辛いこと。それは分かっているのに、今もなお、あのホテルに少しずつ近づいている。

「……どうだろうね。私達が向かおうとしているのは、物凄く恐ろしいところかもしれない。でもね、紬ちゃんと一緒だったら大丈夫だって思えたの。だから、悠子さんから連絡をもらった後、すぐに紬ちゃんに連絡したし、軽くだけれど事情だって話したんだよ。一緒に行くって言ってくれたとき、凄く嬉しかったの」

「……そうか」

「泣くかもしれないし、怒るかもしれない。お姉ちゃんをいじめた人を叩いてしまうかもしれない。それでも、紬ちゃんは……私の側にいてくれる? それは物凄く我が儘だってことは分かっているけれど」

 それだけ、私の中で紬ちゃんという女の子の存在が大きくて、大切なんだ。

 すると、紬ちゃんは再び私の頭を優しく撫でる。

「さっきも言ったじゃないか。何があっても、私は晴実の側にいるよ。だから、安心していいんだよ」

「……ありがとう」

 そうだった。紬ちゃんは何度も私の側にいてくれるって言っていたじゃない。それに、これまでだって紬ちゃんと一緒にいる時間ばかりじゃない。

 できれば、悠子さんに協力してくれる6人が紬ちゃんのように、いい人であってほしいな。そんなことを想いながら、紬ちゃんの隣でゆっくりと目を瞑り、眠りにつくのであった。

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