第41話『未来予想図・その2』

 遥香さんにベッドまで連れられた俺は、とりあえず彼女と隣り合った状態でベッドの上で仰向けとなる。2日連続でバスローブを着て横になるとは思っていたけれど、遥香さんと一緒に横になるとは思わなかった。

「……今日は色々とありましたね、遥香さん」

「そうですね。色々とあり過ぎましたよね」

「ははっ、確かにそうですね」

 入れ替わりが起こった時点で俺達は非日常の時間を過ごしているんだ。でも、実際に起きたんだよなぁ。そして、俺は彩花と入れ替わった遥香さんに告白された。

 そして、20年前にこのホテルで起こった事件を調べて、その関係者に会って……果てには自殺した少女の霊とも話すなんて。本当に……色々とあり過ぎて、今朝、彩花が寒気で震えていたことが遠い昔のように思える。

「入れ替わったときは不安でしたけれど、直人さんがずっと側にいてくれるので安心しています。本当にありがとうございます」

「いえいえ。それに、これはこれで楽しいですよ……って言っていいのか。でも、楽しめるんだったら楽しんだ方がいいのかなって」

「そうですね。それに、直人さんと一緒にいる時間はとても愛おしいです」

 そう言うと、遥香さんは俺と腕を絡ませてきて、俺の肩に頭を乗せてくる。今の遥香さんの嬉しそうな顔を見ると、彼女は本当に俺のことが好きなんだな。

「ねえ、直人さん」

「何ですか?」

「……直人さんに訊きたいことがあるんです」

 その言葉を放った次の瞬間、遥香さんは仰向けになっている俺を跨ぐようにして座った。俺のことを見下ろしながら微笑んでいる。


「直人さんは私のことが好きですか?」


 静かな声で俺にそんな問いかけをしてきたのだ。そして、口づけをしてくる。

「私は直人さんのことが大好きです。でも、直人さんの気持ち……今まで一度も聞いたことがなかったなって。私……直人さんとイチャイチャしたい」

 やっぱり、遥香さんはそこまでしようと考えていたのか。ベッドに連れて行かれるときにそれは予感していた。

「ねえ、直人さん。私への気持ちを……教えてくれませんか?」

 今まで、遥香さんの気持ちを乱さないようあまりはっきりと言わなかったけれど、ここまで問いただされたら有耶無耶にしてはいけないか。

「……好きか嫌いかどちらなのかと言えば、好きですよ。遥香さんのこと」

「直人さん……」

「……ただ、人として好きなんです。遥香さんは可愛いですし、素敵な方で。彩花の姿や声をしていますから、うっかり女性として好きになってしまいそうですけど。何度も言ったように俺は宮原彩花という彼女がいるんです。ですから、女性としてあなたを好きになることはできません」

 そういう想いを強く心に持っておかないと、遥香さんのことがうっかりと好きになってしまいそうなんだ。それが恐いんだ。

 すると、遥香さんは悲しげな表情を浮かべる。

「……もしかしたら、彩花さんと元の体に戻れないかもしれません。もし、そうなってしまったら、直人さんはどうしますか? 体が宮原彩花さんである私のことを彼女にしてくれますか?」

 俺は宮原彩花の彼氏だと言った。このまま……体が元に戻らなかったら、遥香さんが宮原彩花として生活をしなければならない。だから、俺の彼女になってくれるかと訊くのか。それだけ俺のことが好きなのは嬉しいけれど、

「……考えたことがないですね、そういうこと。俺は彩花と遥香さんが元の体に戻ると信じていますから。絢さんもきっと同じように信じているんじゃないでしょうか。元の体に戻った遥香さんのことをずっと待っていると思います」

 と、信じたい。

 もしかしたら、絢さんの方も彩花にこうして迫られているかもしれない。ただ、絢さんならきっと、元の体に戻った遥香さんのことを待っていると信じたいんだ。

「……そう、ですよね」

 そう呟くと、遥香さんは大粒の涙を幾つもこぼす。

「ごめんなさい、遥香さん。俺は……宮原彩花という女の子としか付き合わないと決めていますから」

「……私こそ、ごめんなさい。自分のことばかり考えていて、直人さんや絢ちゃん、彩花さんのことを考えてなかった……」

「彩花の体に入れ替わっているんです。仕方ないですよ。それに……好きな気持ちを抱いてくれることや、それを言葉や行動にして俺に伝えてくれることはとても嬉しいです。それは本当です」

「……そんなに優しい言葉を言わないでください。私、直人さんのことがもっと好きになってしまうじゃないですか。もっと、直人さんともっとイチャイチャしたい気持ちが強くなってしまうじゃないですか……」

 遥香さんは元来持っている絢さんへの好意と、入れ替わってから生まれた俺への好意が複雑に絡まっているんだ。ただ、俺とこうして一緒にいることで、絢さんよりも俺への気持ちがどんどん膨らんでいってしまっている。そのことを彼女自身もきちんと分かっている。だからこそ、泣いているんだ。

「……遥香さん」

 俺は遥香さんのことを抱きしめて、そっと口づけをした。もしかしたら、これが俺からする遥香さんへの初めての口づけ……かもな。

「……できる範囲でイチャイチャしましょう」

 これが正しいことなのかどうか分からない。間違っているかもしれないし、最低だと言われてしまう行為かもしれない。しかし、俺の目の前で泣いている女の子が俺のことを求めているのなら……遥香さんになら応えてもいいと思ったんだ。

「……本当にいいんですか?」

「できないことはできないと言います。ですから、遥香さんは俺に身を委ねてください」

「……分かりました。では、イチャイチャしましょう」

 そして、僕は遥香さんとできる範囲でイチャイチャした。

 イチャイチャしている中、遥香さんは何度、僕に好きだと言ったのか。それは分からないけれど、遥香さんの抱く俺への好意はかなり強いことは分かった。

「イチャイチャしちゃいましたね」

「ええ」

「ただ……ごめんなさい。直人さんとイチャイチャしているとき、たまに絢ちゃんのことを考えてしまっていました。直人さんに集中していないといけないのに……」

「気にしないでください。それだけ絢さんのことが好きだということでしょう? 彩花とどうしているか気になるでしょうし。それに……俺も時々、彩花のことが頭によぎることがありましたのでお互い様です」

「ふふっ、そうですか。そうなるのも仕方ないですよね。彩花さんの体はここにあるんですから。ただ、嫉妬しちゃっているってことは……直人さんのこと、やっぱり好きなんですね。さっきよりも強くなってる」

 苦笑いをしながらも、遥香さんは俺のことを見つめていて……そして、口づけをした。もう、これで何度目だろうか。

「……あの、直人さん。20年前、相良さんと水代さんもこのホテルでこんな風にイチャイチャしたのでしょうか」

「どうでしょう。ただ、2人は付き合っていました。相手のことが好きであれば、こういうことをしたかったんじゃないでしょうか。水代さん、彩花の体に入り込んだとき、俺を誘ってきたぐらいですから」

 まあ、それは亡くなってから20年分の欲求を満たしたかっただけかもしれないけれど。

「そんなことがあったんですね」

「……もちろん、何もしなかったので安心してください」

 と、遥香さんに言ったけれど、その言葉を一番に言うべき人は彩花だろうな。そして、遥香さんとしたことも。

「直人さん。今夜は……ずっと側にいてくださいね」

「もちろんですよ」

 そういえば、俺の彼女の彩花は絢さんと今頃、どういう風に過ごしているのだろうか。

「今、彩花さんのことを考えましたね」

「……遥香さんも俺の考えていることを当ててくるようになりましたね」

「1日過ごしてみて分かりました。直人さんはクールそうに見えますけど、周りのことを考える優しい方だって」

 たまにクールだと言われるけれど、本人としてはそんな風には思えない。気持ちが表情や態度にあまり出ていないのかな。

「眠くなってきちゃいました。そろそろ寝ましょうか」

「そうですね」

「直人さん、おやすみなさい」

「おやすみなさい、遥香さん」

 遥香さんは俺に口づけをすると、とても嬉しそうな笑顔をして眠りについた。眠ると彩花そのものに思えてしまうけれど、可愛いことには変わりない。

「……連絡はないか」

 スマートフォンを確認したけれど、誰からの連絡がなかった。色々と考えてしまうけれど、今のところ何も問題が起きていないと思っておこう。

 既にぐっすりと眠っている彩花……ではなく、遥香さんのことをそっと抱きしめる。この柔らかな感触も、優しい温もりも、甘い匂いも彩花にしか思えなかった。気付けば、額にキスをしていた。

「……おやすみ」

 遥香さんのことを抱きしめながら、程なくして俺も眠りにつくのであった。

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