第34話『漣』

 夕ご飯は昨日と同じでホテルのバイキング。今日は6人で食べた。

 そして、日曜日なので今夜もホテルのすぐ目の前の海岸で夏休み限定の花火大会が行なわれた。昨夜は彩花と2人で部屋のバルコニーから見ていたけれど、今夜は海岸まで足を運び6人で花火を見た。間近で見る花火というのは迫力があっていい。

 花火を見た後はこれまでと同じように、俺は遥香さんと2人きりになって部屋に戻る。

「花火、とても綺麗でしたね。直人さん」

「そうですね」

 花火がとても良かったのか遥香さんは嬉しそうにしている。

 そして気付けば、すっかりと遥香さんと手を繋ぐことが自然になっていた。遥香さんの方からすっと手を握るようになっていて。それだけ俺との心の距離が近くなっている証拠か。それに、エレベーターの中で彩花が絢さんの手を握っていたからなぁ。

「直人さん、あの……先にお風呂に入ってきてもいいでしょうか?」

「いいですよ。そうだ、着替えは確か彩花のスーツケースの中に……」

 彩花の持参したスーツケースは……開いた。これなら大丈夫だな。

「この中に下着や寝間着はあると思いますから……あとは遥香さんが見てくれませんか。さすがに、男の俺が物色するのは良くないので」

「分かりました」

 遥香さんはスーツケースの中を物色し始める。

 物色はせずとも、遥香さんが物色する様子を見ていてはいけないか。遥香さんを背にしてスマートフォンを弄り始める。

「すごーい! おっきい……」

 その言葉だけ聞くと、とてもいかがわしく思えてくる。昨晩も彩花が同じようなことを言っていたからかな。

 その後もガサガサとスーツの中を物色する音が。遥香さんの口から次にどんな言葉が飛び出すのかがちょっと怖いので早く終わって欲しい。

「直人さん、彩花さんって寝るときにはブラジャーはするんですか?」

「えっ、えっと……気分次第でしょうかね、たぶん」

 俺と色々なことをした後には裸のままでよく寝るからなぁ。

「遥香さんの習慣に合わせればいいと思いますよ、そこは」

「じゃあ、付けましょう」

 遥香さんは……付けて寝るのか。今後、二度と入れ替わるようなことはないだろうけれど、彩花の習慣をちょっと覚えておかないといけないかな。

「下着と寝間着、ありました」

「そうですか、良かったです」

「では、お先にお風呂に入ります。もし、直人さんさえ良ければ……一緒に入ってもいいのですが」

「えっ」

 思わず、遥香さんの方に振り向くと、彼女は下着と寝間着を持ってもじもじとしていた。顔を赤くして恥ずかしそうに笑ってちらちらと俺の方を見てくる。

「俺が一緒だとゆっくりできないでしょう。それに、姿は彩花ですから……何をしてしまうか分かりません。俺のことは気にせずにゆっくりと入ってきてください。慣れない彩花の体で過ごして疲れたでしょうから」

 俺がそう言うと、遥香さんはちょっと寂しそうな笑みを浮かべて、

「……分かりました。では、お言葉に甘えて」

 小さくお辞儀をすると浴室の方へと入っていった。

「ふぅ……」

 ベッドに腰を下ろす。何とか……遥香さんと一緒にお風呂に入ることを避けることができたか。残念そうにしていたから、一緒に入りたかったのかな。これも彩花の体の影響であると思っておきたい。

「そういえば、ようやく1人になれたな」

 彩花と遥香さんが入れ替わってから、常に誰かと一緒にいたからな。こうして1人の時間を過ごすのは初めてか。

 テレビを観てもいいし、スマホのパズル系アプリで遊んでもいいんだけど……今は誰かと話したい気持ちが強い。渚に電話をかけてみるか。あいつなら気兼ねなく話せるし、もしかしたら彩花から何か悩みを聞いているかもしれないから。

 渚のスマートフォンに電話をかけてみると、すぐに通話状態となった。

『もしもし、直人』

「もしもし、渚。今、話しても大丈夫かな」

『うん、大丈夫だよ』

 彩花が遥香さんと体が入れ替わってしまったからか、よく知っている人の声を聞けることに安心する。何というか、日常に帰ることができた感じだ。

『彩花ちゃんとプレ・ハネムーン楽しんでる? って訊きたいところだけれど、彩花ちゃん……体が入れ替わって、遥香っていう女の子と一緒にいるんでしょう?』

「彩花から現状を教えてもらっていたのか」

『うん、LINEでね。メッセージをもらったよ』

 彩花にスマートフォンを渡しておいて正解だったな。渚やクラスメイトの友人と話すことで少しでも気持ちが落ち着けばいいな。

『直人のことだから、このことにしっかりと向き合っていると思って、敢えて電話はかけなかったんだけれど。直人から電話をかけてくるってことは、何か私に相談したいことがあるのかな?』

「いや、特に……ただ、渚の声が聞きたくてさ」

『……もう、あなたには彩花ちゃんっていう恋人がいるのに、そんなこと言っちゃっていいの? 嬉しくなっちゃうじゃない』

 その言葉通り、ふふっ、と電話の向こうから渚の笑い声が聞こえる。声が聞きたくて電話をかけたのに……恋人がいたらかけちゃいけないものなのか?

「じゃあ……切るか」

『いやいや! 私もちょうど直人と話したいなぁ、と思っていたの。彩花ちゃんからああいうメッセージが来たから、直人がどう考えているのかちょうど聞きたかったところで』

「そっか」

『そうだ、お土産は忘れないでね』

「ちゃんと買ってくるよ」

 しまった、入れ替わりがあって、20年前の事件について考えていたから、お土産のことを今まですっかりと忘れていた。テーブルの上にメモ帳とボールペンがあるので、

『お土産 絶対に買う』

 と、大きな字で書いておいた。氷高さんとの決着を付けて、彩花と遥香さんの体が元に戻ったらすぐに買っておかないと。

『しっかし、入れ替わりが起きるなんてね。原因が何なのか分かったの?』

「ああ。20年前、このホテルで起きた高校生の女の子の自殺が原因だと思ってる」

『夏になると、2人が泊まっているホテルで心霊写真がよく撮れるそうね。入れ替わったことを彩花ちゃんに言われてから、ちょっと調べてみたの』

「そうか。ホテルの支配人の女性は自殺した少女の恋人で、少女へのいじめの中心となっていた女性が俺達と同じ日程で滞在する予定になっている。迷子になった娘さんを通じて、その女性とは出会ったよ」

『……そう。まるで、その自殺した女の子の霊が全て操っているように聞こえるわね』

「ははっ、確かに。でも、俺は真面目にそう考えているよ。入れ替わりなんてこと、普通は起きないと思ってる。心霊が関わっていると考えた方が自然じゃないかな」

『直人の言う通りかもね。でも、直人。霊が関わっているなら気をつけた方がいいよ。いつどこで、直人の目の前に現れるか分からないし、直人の中に入り込んでくるかもしれないから』

「そうだな、忠告ありがとう」

 これまでは、心霊は写真や動画を撮影したときに現れるものとしか考えなかったけれど、入れ替わりが起こった以上、何をしてくるか分からない。渚の言うとおり、いつ、どこで、どのようにして俺達の前に現れるか分からないし、俺の体の中に入り込んでくるかもしれない。気をつけないと。

『あと、もう一つ。彩花ちゃんと入れ替わった女の子……坂井さんだっけ。体は彩花ちゃんだけど、心は坂井さんだからね。直人なら、そこはちゃんと考えて接していると思うけれどね』

「そこはしっかりと心に刻んで彼女と接するようにしているよ。ただ、彩花の体の影響が結構あるようで、遥香さんは俺のことがかなり気になっているらしい。逆に、彩花は遥香さんの恋人に好意を抱いているようだ」

『そっか……それだと、仕方ないところはあるのかも』

「でも、絢の言うとおり、気をつけて彼女とは接するよ」

 本当に気をつけないとな。心が遥香さんであると分かっていても、俺の側にいる彩花の姿をした女の子のことが可愛く思えてしまっているから。

『うん。何か相談したいことがあったらいつでも連絡してきてね』

「ありがとう。彩花の方から何か連絡があったら、俺に教えて欲しい。もちろん、俺に言っても大丈夫そうなことだけでいいからさ」

『分かったわ。じゃあ、またね』

「ああ」

 そして、渚の方から通話を切った。

 もしかしたら……俺や絢さん達のすぐ側に、水代さんの霊がいるかもしれない。既に今の俺の様子をどこかで見ているかも。

 ベッドから立ち上がって、俺は窓のすぐ側に立って夜景を見る。穏やかな海が月明かりによって照らされている。あの日の夜、水代さんはこうした景色を最後に見て飛び降り自殺をしたのだろうか。


「お先にお風呂……いただきました。とても気持ち良かったですよ」

「それは良かっ……うわっ!」


 遥香さんの方に振り返ると、バスタオル姿の彼女が俺のことをぎゅっと抱きしめるのであった。

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