第31話『VIP』

 ――氷高さんは水代さんに告白された人物であり、彼女をいじめていた人物でもあった。

 まさか、水代さんの話に登場してきた人に会ってしまうなんて。しかも、彼女をいじめていた中心人物という重要な方に。

「水代さんの話を聞いた直後に、そういう方と出会ってしまうなんて。何というか運命みたいなものを感じてしまいますね」

 いや、運命というよりも宿命の方が合っているかもしれない。これも水代さんの霊が仕組んだことなのかと勘ぐってしまう。

「でも、娘の七実ちゃんはとても素直そうで可愛い子でしたよね、直人さん」

「そうですね」

 海で泳ぐことに夢中になっちゃったり、俺に一目惚れしちゃったりして可愛らしかったな。そんな七実ちゃんのお母さんが、水代さんをいじめていた中心人物だったとは。七実ちゃんが素直に育っているところを見ると、20年の間に氷高さんの心が変わったのか、学校など周りの環境がいいのか。それとも、七実ちゃん本人の性格がいいのか。

「娘さんが真っ直ぐに育ってくれていて私も安心しています」

「……そう言ってしまうほど、氷高さんは悪い方だったんですか? いや、悪い方ですよね。女性が好きだという気持ちが気持ち悪い、ということを口実にして何年も水代さんのことをいじめていたんですから……」

「そう言って頂けると、円加も喜ぶと思います。実は彼女……円加が自殺したあの日にすぐそこの浜辺で出会った女子生徒のことです」

「そうだったんですか。何というか……悪い意味で巡り逢ってしまったんですね」

「藍沢様の仰る通りです。本当にあの瞬間、それまで楽しかったことが崩れ去ってしまった感じがしましたから。神様はまだ私達を不幸にしたいのかと思いました」

 海で出会ってさえいなければ、今も相良さんは水代さんと付き合っていて、水代さんも生きていたかもしれないからな。

 どうやら、氷高さんは相良さんと同じくらいに、水代さんが亡くなったことに深く関わっているようだ。

「円加が自殺したことを受けて、2学期になってすぐはさすがに動揺していました。しかし、彼女はその動揺を晴らすかのように私をいじめてきました」

「そうですか。しかし、そんな氷高さんがどうしてこのホテルに? いじめていた生徒ですが、知っている人が自殺した場所です。20年も経ったら水代さんの自殺を何とも思わなくなってしまうのでしょうか」

「いえ、むしろ……円加の自殺が氷高さんをVIPとして扱わなければいけない理由となっているんです。本当は彼女にそういう扱いはしたくないのですが……」

 どうやら、水代さんの自殺が絡んだ不当な理由で、氷高さんと彼女のご家族をVIP扱いしなければならないようだ。そして、相良さんは今も氷高さんのことを恨んでいるということも分かった。

「10年前、私がこのホテルの名前を現在のアクアサンシャインリゾートホテルに変えて、リスタートをしたことは先ほどお話ししたと思います」

「そうですね。遊泳施設を充実し、地元と連携することでこのホテルを復活させたと」

「ええ。このホテルに名前を変えてから1年ほど経ったときでしょうか。ホテル経営が安定し始めたところでテレビの取材を受けたんです。有り難いことに、今、藍沢様が仰ったようにこのホテルを復活させたという理由で」

「そうですか。あっ、もしかして、それがテレビで放送されたことで……」

「ええ。氷高さんはその時の放送を観ていたそうなんです。そして、私がこのホテルの経営陣の一人であることを知られてしまいました。その放送があった翌日、彼女から連絡が来ました。円加の自殺したホテルで働いるなんて今まで知らなかったと。このホテルで最高のおもてなしをしろと言ってきました。さもなければ、私が円加を自殺へと追い込んだと世間にばらすと。そう脅してきました」

「そんな……」

「当時、彼女は結婚して間もない頃でした。毎年夏に家族で滞在してあげるから、数日ほど、このホテルに滞在させろと。最高級の客室を用意し、格安で提供しろと」

 なるほど。水代さんの自殺と相良さんの気持ちを利用して、相良さんを脅迫したってことか。

「自分の過去を知られることも恐かったですが、もしかしたら私の過去が世間に公表されることで、またこのホテルが経営難の危機に陥るかもしれない。何よりも、円加や彼女のご家族が非難の声を浴びることになってしまうかもしれない。それを考えたら、断ることはできませんでした」

「相良さんはそう考え、氷高さん一家がVIP扱いされている状況が現在まで続くということですか……」

 まさか、氷高さんがそういうことをしていたなんて。本当に七実ちゃんが真っ直ぐ成長していることに安心できるな。

「酷いですよ! それって、相良さんや水代さんに対していじめをしていたことを反省していない何よりの証拠じゃないですか! 七実ちゃんや悠太君のためにも、このままにしていてはいけないと思います」

「絢さんの言うとおりですね」

 2人の子供達が母親と同じように、誰かをいじめて、それを反省しないような人になってしまうかもしれない。それに、今の状況が続くということは、相良さんの苦しみも続くということになる。何とか打破できないものか。

「ちなみに、相良さんが20年前の事件に関わっていることを知る方が、ホテル関係者の中にはいるんですか?」

「……上層部の人間と、年配のスタッフは存じております。20年前のあの日もスタッフとして働いていた者もおりますし」

「そうですか……」

「氷高さんのことについては、高校時代の知り合いということでVIP扱いということにしております。ただ、中には20年前の事件と関係があるのでは、と気付く者もいましたが本当のことは一切話しておりません」

「では、本当に俺と絢さんに話すのが初めてだったんですね」

「ええ……」

 今の話を聞いていると、おそらく、既に亡くなっている水代さんへの世間からのバッシングを恐れて、氷高さんのことを未だにVIP扱いしているんだろう。それに、水代さんには今、高校生の妹さんがいる。水代さんのご家族に迷惑はかけられないと考えているのかも。

「初めてVIPとして迎えたときは怒りを抑えることに必死でした。ですが、家族が3人、4人と増えて……お子様を喜んでいる姿を見て、今はこの子供達に楽しい思い出を作ってもらうためにVIPとして来てもらっていると割り切るようにしました」

「氷高さんの子供達には何の罪もないから、ですか……」

「ええ。最初は円加を散々いじめていたのに、自分は結婚し、2人の子供にも恵まれたことに怒りを覚えていました。ただ、それでも2人のお子様は氷高さんが旦那さんと愛し合ってできた幸せの象徴。そんな子達を傷つけるようなことなんてできるはずがありません。幸いなことに、今のところ……七実ちゃんも悠太君も素直に育っているようですから。私の顔も覚えてくれていて、可愛いですよ」

「2人に会えるから、ということでVIP扱いすることを我慢していると」

「ええ。ですが……いつまでもそうするわけにはいきません。それは分かっているんです。もしかしたら、円加は藍沢様や原田様達を信頼して、入れ替わりを起こしたのかもしれませんね。都合の良い解釈かもしれませんが……」

 と、相良さんは苦笑いをしながら言った。

 元々、ここは霊が出ると有名な地域だ。入れ替わりという不思議なことが起きれば、俺達が20年前の事件を知ることになると考えたのだろう。相良さんが考えるように、俺達に今のこの状況を変えてほしいと思ったから入れ替わりを起こした、という可能性は十分に考えられる。

「水代さんの本心は分かりません。ただ、生きている相良さんや、昨日からここに来ている俺達ができることはきっとあると思います。ちなみに、氷高さん一家はいつまでこのホテルに滞在する予定ですか?」

「火曜日にチェックアウトの予定です」

「俺達と同じですか。まだ丸々2日間くらいありますし、何かできることはあるでしょう。それに、遥香さんと彩花の体が元に戻るには、このことについて何らかの決着を付けなければならないような気がしてきましたし」

 そうは言ってみるもののそれはかなり難しいことだろう。何せ、水代さんが自殺をしたのは20年前だし、そこには同性愛が絡んだいじめが背景にある。決着を付けるためには更に調べていかないと。

「大変申し訳ございません。楽しい旅行になるはずが……」

「……真意は本人達に訊かなければ分かりませんが、すぐ側にいる自分から見た限りでは2人とも入れ替わったなりに楽しんでいると思いますよ」

「直人さんの言うとおりです。それに、入れ替わりがなければ、直人さんや彩花ちゃんと仲良くなれなかったかもしれませんし」

「俺も同感です。起きてしまったことはもう仕方がありません。重要なのは、起きたことに対してどう向き合っていくかだと思っています」

 そう、唯が亡くなった事件を通してそれを学んだんだ。2年以上かかったけれど。

「……あの時、お客様のような方が側にいたら、何か変わっていたかもしれませんね」

 相良さんは微笑みながらそう言った。彼女がそう思えるのなら、20年経った今からでも決着を付けるチャンスはあるだろう。

「すみません、お時間を取らせてしまいまして」

「いえ、重要なことを教えていただきありがとうございます」

「後で遥香達にこのことを話すつもりですが大丈夫ですか?」

「ええ。ただ、彼女達以外には話さないでいただけると幸いです」

「分かりました。それについては気をつけます」

 俺と絢さんに初めて話してくれたことだ。そこはきちんと守っていかないと。4人なら口外しないと信頼できるけれど。

「それでは、私はこれにて失礼いたします。楽しい時間をお過ごしください」

 相良さんはそう言うと、ホテルの方へと戻っていった。

「直人さん、これからどうしましょうか」

「まずは、4人に今の話をしましょう。まだ2日間ありますから、何かできることがあると思います。それを考えていきましょう」

「そうですね」

 今後、どういう行動を取るにせよ、相良さんや氷高さんとは一度は顔を会わせなければいけないだろう。俺達6人で、20年前のことについて何らかの着地点へと向かわせなければならないと思ったから。

 俺と絢さんはゆっくりとビーチに戻るのであった。

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