第21話『とまどい』

 お昼ご飯をどこで食べるかを遥香さんと相談し、近隣の散策を兼ねてホテルの近くにあるお店で食べようということに。

 そして、ホテルから数分歩いたところにあるおそば屋さんに決定。俺は冷たいせいろそばを食べて、遥香さんは温かい鶏南蛮そばを食べた。

 途中、遥香さん提案でお互いに頼んだものを一口ずつ食べることに。昔から、お兄さんである坂井さんと一口交換をよくやるらしい。俺も昔は美月に同じことをされていたので何の抵抗感もなかったし。鶏南蛮そばもなかなか美味しかった。

 おそば屋さんを後にして、俺と遥香さんはアクアサンシャインリゾートホテルへと歩き始める。今は午後1時過ぎだからなのか、おそば屋さんに来たときよりも暑くなっているような。

「美味しかったですね。せいろそばも美味しかったです」

「鶏南蛮も美味しかったですよ。暑くても、温かいものっていいですね」

「お店の中は涼しかったですからね。今日になってからは一番体の調子がいいです。彩花さんの体で言ってしまっていいのか分かりませんが」

「ははっ、複雑ですよね。でも、体の調子が良くなって安心しました。彩花は今朝、寒気があると言っていましたから」

「寒気もすっかりとなくなりました」

 部屋では温かい紅茶を飲んで、今、温かい鶏南蛮そばを食べたからかな。何にせよ、体調が戻ったことに安心している。

「何だかこうして歩いていると、本当に直人さんと一緒に旅行に来ているように思えます」

「そうですか」

 俺の隣にいる女の子が遥香さんであると分かってきているけれど、ふと彼女の姿を見たり、声を聞いたりすると未だに彩花がすぐ側にいるように思える。姿や声が彩花そのものだからかな。

「でも、それだと何だか彩花さんに悪いですよね。体や声が彩花さんでも、一番大事な心が彩花さんではないんですから。しかも、恋人である直人さんと楽しい、って思えてしまうことに罪悪感を抱き始めているんです」

 遥香さんはそう言うと立ち止まる。口元で笑っていても、俺からは視線を逸らしてしまう。そして、そんな彼女の眼は潤み始めていた。

 体は彩花だけれど、心は遥香さん。そして、遥香さんの心は彩花の体の影響を受けてなのか、俺と一緒にいることを楽しいと思えるようになってきてしまっている。それは仕方のないこと。それが分かっていても、彩花のことを考えると罪悪感を抱いてしまうこともまた仕方ないんだ。

「……確かに、彩花のことを考えると罪悪感を抱いたり、こういう風にしていていいのか……って戸惑ったりしますよね」

「直人さん……」

「……ただ、楽しいと思えることって俺は凄く素敵なことだと思います。彩花の体の影響があるとしても。だから、楽しいっていう気持ちをわざわざ抑えつけるようなことをしなくていいと思うんですよね」

「でも、このまま楽しんでしまったら、直人さんと一緒にいたいと思うようになって、直人さんのことを好きになってしまうかもしれません。私には絢ちゃんという付き合っている女の子がいるのに。だって、直人さんがこんなにも素敵なんですもん……」

 遥香さんは恍惚な表情をしながら、俺にそう訴えかけた。思い上がりかもしれないけれど、もしかしたら、既に遥香さんは俺のことを男として気になっているかもしれない。

「……俺のことをどう思っていただいてもかまいません。ただ、2つだけ……覚えておいていただけますか。1つは楽しいときには思いっきり楽しんでいいということ。もう1つは、絢さんに対する気持ちを無くさないで欲しいということです」

「直人、さん……」

「遥香さんの気持ちは俺がきちんと受け止めます。ただし、俺は宮原彩花の彼氏として、坂井遥香さん……あなたと向き合います」

 それは彩花と遥香さんが入れ替わったことが分かった瞬間から、心に決めていたこと。その気持ちさえあれば、今後、遥香さんに何があっても彼女と向き合うことができるだろう。ただ、姿や声、匂いが彩花そのものだから、うっかりと好きになってしまわないように気をつけないといけないけれど。

「それに、体は入れ替わってしまいましたけれど、お互いに今は旅行中じゃないですか。楽しめるときは楽しんでいいんですよ。そうじゃないと損をしているというか。それに、元の体に戻ったら、絢さんに思いっきり甘えればいいと思います」

 彩花も元の体に戻ったら俺に思いっきり甘えようと考えていそうだ。もしそうだったら、存分に甘えさせてやるか。

「……ふふっ」

 遥香さんはくすくすと笑っている。


「彩花さんが直人さんのことを好きになった理由が、ますます分かってきたような気がしますね。でも、どうしてなんでしょう。不思議と胸の苦しみがなくなってきました」


 自分の気持ちに素直になっていいと思えるようになったのかな。それとも、彩花の体に馴染んできたのか。

 俺達は再びホテルに向かって歩き始める。

「……今頃、彩花さんも同じように戸惑っているのかもしれませんね」

「そうかもしれないですね。絢さんは素敵そうな女の子ですからね」

「絢ちゃんはとてもかっこよくて可愛い素敵な女の子なんです! 絢ちゃんとは入学式の日に一目惚れをして、絢ちゃんから告白されたときは本当に嬉しくて。ああ、今でも思い出すと幸せな気持ちでいっぱいになります」

 それ、さっき部屋で聞いたんだけれど。

 ただ、恋人である絢さんの話をするときはとてもいい笑顔を見せる。姿は彩花だけれど、ちゃんと遥香さんの笑顔が見える。

「すみません。今の話、お部屋で話しましたね……って、どうして笑っているんですか?」

「……本当に絢さんのことが好きなんだな、と思って」

「それは本当ですけど、言われると照れちゃいますね」

 と、遥香さんははにかんでいる。

 そういえば、彩花がはにかんだところをあまり見たことがないような気がする。はにかむと今のような感じになるのかな。

「今、彩花さんのことを考えていましたね?」

「よく分かりましたね。付き合っている人の話を聞いたので、俺も付き合っている人の顔を思い浮かべました」

 彩花の顔だけならすぐ側にあるのに。ちょっと不思議な感覚だ。

「ふふっ、そうですか。直人さんの気持ちも分かりますけれど、目の前に女の子がいるのに別の女の子のことを考えていると、ちょっと嫉妬しちゃいます」

「嫉妬するところは彩花にそっくりだ」

「ああ、また」

 仕方ないじゃん、付き合っている彼女のことなんだから。

 遥香さん、ちょっと意地悪そうな笑みを浮かべている。でも、こういう笑顔を見せることができるくらいに元気になってくれて良かった。

 気付けば、アクアサンシャインリゾートホテルの入り口が見えていた。戻ったら、20年前の事件について知っている人がいるかどうか聞き込み調査をすることにしよう。

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