第15話『坂井遥香』

 俺は遥香さんと一緒に10階の部屋へ。戻るまでの間に自動販売機があるので、遥香さんに何か飲み物を買おうと思ったんだけれど、今はいらないと遠慮されてしまった。俺と一緒にいたいと絢さんに言ったことで、元気がなくなってしまっているのかな。

 部屋に戻るとベッドが綺麗になっていた。多分、さっき部屋を出てから30分も経っていないと思うけれど、ちょうどシーツを取り替える時間帯だったのかな。

「ちょっと暑くなってきたので、エアコンを強くしてもいいですか?」

「は、はい……」

 時刻も午前11時を回り、部屋のエアコンは朝に弱めにしていたこともあって、部屋の中がちょっと暑くなっていた。設定温度を1℃下げて、風量も『弱』から『中』に変える。

「ごめんなさい、藍沢さん。私の我が儘で彩花さんと一緒にいられなくしちゃって。彩花さん、藍沢さんの恋人なのに……」

「……気にしないでください。それに、自分のしたいことを口にすることって結構大事なことだと思いますよ。我慢すると気持ちも不安定になりますから。それに、彩花の姿が見えて、声も聞けると安心するんです。って、そう言うと何だか申し訳ないですね……」

「ふふっ、本当に彩花さんのことが好きなんですね」

 遥香さんの笑みは可愛いな。姿は彩花なんだけれど。

「……彩花と付き合うまでには色々なことがあって。それを乗り越えて付き合うようになったので、ちょっとのことでは彼女の手を離すことはないと思います」

 ただ、入れ替わりなんていうのは想定していなかったけれど。

「さっきのお二人を見ていたら、信頼し合っているんだって思えます。まあ、彩花さんの方は私の姿なんですけど、それを素直に感じることができて」

「そうですか。……そうだ、俺も遥香さんのことを名前で呼んでいるので、遥香さんも俺のことを名前で呼んでください」

「そ、そうですね。え、ええと……直人、さん。彩花さんの体に入っているからなのか、何だか名前で呼ぶと照れちゃいますね」

 あははっ、と遥香さんは頬を赤くしながら笑っている。

 遥香さんが言っているともちろん分かっているけれど、彩花の姿をして彩花の声で「直人さん」と言われると凄く嬉しいな。というか、物凄く可愛い。いつかは彩花にも俺のことを「直人さん」と呼ばせてみるか。

「とりあえず、まずはゆっくりしますか。遥香さんはコーヒーか紅茶を飲みますか。紅茶の方は結構な種類があるんですけど」

 普通の紅茶、アップルティー、ピーチティー、ミントティーなどのティーパックが用意されている。コーヒーの方も普通のコーヒー以外にカフェオレがあるけれど。

「では、アップルティーをお願いできますか」

「うん。ホットとアイスのどっちにします?」

「ホットで。夏でも涼しい部屋では温かいものが飲みたくなって」

「俺もそうなんですよ」

 俺は……ホットコーヒーのおかわりでいいかな。

 遥香さんのアップルティー、俺のコーヒーを作って、俺はベッドの横にあるテーブルまで運ぶ。

 そして、俺と遥香さんは向かい合うようにして椅子に座った。

「アップルティー美味しいです」

「良かったです」

「……絢ちゃん、今頃どうしてるかな」

「彼女のことが気になりますか。付き合っていますもんね。俺も彩花がどうしているのかなって思います」

 俺のことを考えているのか。それとも、意外と絢さん達と楽しい時間を過ごしているのか。3人はいい人達だし。

「楽しく過ごしていると信じましょう」

「……そうですね」

「ただ、こういう状況になっても、絢さんのことを考えるということは、それだけ絢さんのことが好きなんですね」

「……はい」

 遥香さんは顔を赤くして頷く。彩花の姿だからか可愛らしく見えるな。

「女の子同士で付き合っているんですか。素敵ですね」

「……女子校に通っているからか、女の子同士のカップルって結構多いんです。絢ちゃんとは入学式の日に出会って一目惚れして。でも、絢ちゃんは王子様みたいな容姿で、気さくな性格ですから学校では人気者で」

「確かにそんな感じはしますね」

 思い返せば、絢さんは結構なイケメンだったな。背が高くて、髪型もポニーテールということもあって、渚と重なる部分があるな。渚も気さくなところがあるから、女子にかなりモテるんじゃないか。

「一目惚れしてから色々なことがあって、絢ちゃんの方から告白してくれて。その時はとても嬉しかったなぁ。両想いなことが分かったので。しかも、私と同じタイミングで一目惚れしたそうで」

「じゃあ、告白されるまでは絢さんが遥香さんのことが好きそうな素振りを見せなかったってことですか」

「たまたま2人きりの時に話しかけてくれたり、遊園地に誘ってくれたりしましたけど……まさか、その時点から好きだったとは思わなかったですね。まあ、私が緊張してずっとドキドキしていたっていうのもありましたけど」

 絢さん、女性を上手にエスコートしそうだもんな。遥香さんのように絢さんのことを一目惚れした女の子は多いんじゃないか。まさか、彩花がそんなこと……遥香さんの体の影響でその可能性は否定できないか。

「絢ちゃんと付き合い始めてからは色々なことがありました。中には、女の子同士で付き合っているからこそぶつかった壁、みたいなものもあって」

「そう、ですか……」

 女性同士で付き合うのって大変……なんだな。俺は特に同性で付き合うことには何の抵抗感もないけれど。

「直人さんの通っている高校では同性で付き合っている方はいらっしゃるんですか?」

「実際にはいるかもしれないけれど、そういう話は聞いたことはないなぁ」

「やはり、女子校ならではかもしれませんね」

 男なので女子校には行ったことはないから想像はできないけれど、共学とは違う雰囲気のような気がする。

 遥香さんと絢さんのおおよそのことは分かった。2人は友人としてではなく、恋人として真剣に付き合っていると。彼女達のためにもなるべく早く元の体に戻さなければ。

「……家族以外の男性とこんなにも話したのは初めてかもしれません」

「そうですか」

「彩花さんの体にいるからでしょうか。直人さんと話していると本当に心が落ち着きます。うっかりしたら好きになっちゃうかもしれません」

 はにかむところが可愛らしいな、まったく。

「絢さんのためにも、うっかりしてしまわないように気をつけないといけませんね」

 俺も気をつけないといけないな。彩花の姿、声で好きになっちゃうかもしれないと言われたら、俺も好きになってしまいそうだから。

「早く元の体に戻れるように頑張りましょうね」

「そうですね! 彩花さんの体が悪いわけではありませんが、やはり自分自身の体が一番いいですから」

「……まずは、体が入れ替わってしまった原因を探しましょう」

「彩花さんとぶつかってしまったことが原因じゃないんですか?」

「それは入れ替わってしまったポイントだと思います。何だか、このホテルやその周辺に体が入れ替わってしまうような背景があるのかもしれません」

「でも、私はここには初めて来ますし、彩花さんの方もそうでしょう?」

「……おそらく。前に来たことがある、という旨の言葉は聞いていません」

 もちろん、俺だってこのホテルやその周辺に来るのは今回が初めてだ。

「俺がそういうことを言うのは、さっき香川さんがこのホテルにはお化けがあると大学の友人から聞いたことが気になっているからです」

「……そういえば、奈央ちゃんが言っていましたね」

「お化けとか幽霊に遭遇したことはないですし、そういう話も信じない方ですけど、入れ替わりという普通はないだろうと思っていたことが起きてしまいました。もしかしたら、その原因はこのホテルにまつわる噂が関わっているんじゃないかと考えています」

「このホテルにいるお化けが、彩花さんと私の体を入れ替えさせたと……」

「可能性はありそうです。今朝になってから彩花は寒気がすると言っていました。確か、遥香さんも今朝になってからお腹が痛くなったそうですね」

「そうですね。じゃあ、それはもしかしたら入れ替わる前兆だったのかも……」

 遥香さんの考えに俺も同感だ。体が入れ替わってしまった2人は、どちらも今朝になって突然具合が悪くなった。もしかしたら、お化けや幽霊が2人をあのお手洗いで鉢合わせるように仕組んだことかもしれない。

「まずは、それぞれスマートフォンでこのホテルの噂について調べていきましょう。何か気になる情報が見つかったら教えてください」

「分かりました。やってみましょう」

 何か有力な情報が手に入ったら、彩花達にも伝えないと。

 そして、俺と遥香さんはスマートフォンを使ってこのホテルについて調べ始めるのであった。

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