第14話『君の名は。-後編-』

 俺は遥香さんと一緒に部屋を出て、坂井さん達が泊まっている15階の部屋へと向かう。

 俺達が乗るエレベーターが15階に到着して、1501号室の扉の前に到着したとき、遥香さんは俺の来ているワイシャツの裾を掴んだ。

「……不安ですか? やっぱり」

 よく知っている人と会うのは辛いのかもしれない。

「……彩花さんが悪いわけではありません。ただ、この姿の私を見たときにみんながどう反応するのかが凄く不安で。特に私と付き合っている絢ちゃんが……」

「付き合っている人が別の女の子と入れ替わってしまった、からか……」

 彩花もそういうことを考えているのかな。しかも、彩花と入れ替わった遥香さんと一緒に部屋に来るんだ。このツーショットを見て彩花はどう感じるか。ショックを受けるのか、デレデレするのか。入れ替わるなんて初めてのことなので、彩花の反応がどうなるのか全く予想できない。

「まあ、何かあったら俺がサポートしますから」

「……ありがとうございます」

 遥香さんは笑顔を見せるけれど、彩花の姿なのでやけに可愛く思えるな。

「遥香さん、インターホンを押しますよ」

「はい」

 インターホンを押すと、すぐに扉が開いた。扉が開くと、そこには坂井さんの姿が。

「藍沢さんですか。それと……遥香でいいのかな」

「……うん、お兄ちゃん」

 敬語じゃない彩花っていうのも可愛いな。美月がいるからか、俺も彩花にお兄ちゃんと呼ばれてみたいものだ。って、今は彩花じゃなくて遥香さんだったか。

「本当に入れ替わっているとはなぁ。さあ、入ってください」

「はい。失礼します」

 俺は遥香さんと一緒に部屋に入る。

 坂井さん達の部屋もダブルルームか。ただ、部屋の端に隣の部屋に行ける扉があって、今はそれが開いている状態になっている。

 部屋の中には香川さんに金髪ポニーテールの女の子、そして茶髪のショートボブの女の子・遥香さんがいた。ただ、今は遥香さんの体に彩花の魂が入っている、ということか。

「直人、先輩……」

 遥香さんの声で、俺の名前を呼ばれると違和感があるな。もちろん、可愛いけれども。

「絢、ちゃん……」

 彩花の声で絢……おそらく、金髪の女の子の名前だろう。昨日、プールサイドで会ったな。ほぼ面識のない女性の名前を呟いていることにも違和感がある。

「まずは遥香と彩花さん。お互いの姿を見て、相手が元の自分の体であることを確認してくれるかな」

 坂井さんがそう言うと、遥香さんと彩花は向かい合う形で立つ。

「うん。目の前にいる女の子が元々の自分の体だよ、お兄ちゃん」

 と、彩花の声で話す遥香さん。

「私も目の前にいる女の子が、元の自分の体です」

 と、遥香さんの声で話す彩花。

 これで、彩花と遥香さんがお互いに入れ替わってしまったことが確認できたか。

 さて、これからどうしていくか。入れ替わってしまった原因を調べていくか。それとも、元に戻る方法を探すか。

「彩花さん。この男の方が?」

「はい! 彼が私の彼氏の藍沢直人先輩です!」

 彩花は遥香さんと入れ替わってしまっても元気だな。遥香さんの声でも、彩花が喋っているんだとすんなり思える。

「そうなんだ。私、原田絢といいます。遥香と付き合っています」

「そうですか。藍沢直人といいます」

「いやぁ、お互いに付き合っている彼女が入れ替わってしまうと、何とも言えませんね」

「まあ、そうですね。入れ替わるなんて漫画にしかないと思っていたので、こうして現実に起こってしまうと……」

 って、何を絢さんと世間話をしているのか。確かに、恋人が入れ替わってしまったという意味では絢さんと同じ立場だけれどさ。

「とにかく、現状を整理しよう。遥香と彩花さんは今朝、お手洗いの入り口でぶつかったことで体が入れ替わってしまったと」

「そうですね」

「……どうすれば戻れるんでしょうね、藍沢さん」

「そこで詰まっちゃいますよね……」

 入れ替わってしまったんだから、もちろん元の体に戻ることを目標にしないと。目標を達成するには、元に戻る方法を見つけなければならないわけだけど。

「頭をぶつければすれば戻るんじゃないでしょうか、お兄さん」

「……手っ取り早そうなのはそれだね、絢さん」

 彩花と遥香さんが入れ替わったきっかけが頭をぶつけたことなら、同じことをすれば元に戻れるっていう考えか。ただ、それで元に戻れるほど単純な話じゃなさそうな気がするけれど。

「じゃあ、遥香と宮原さん、思いっきり頭をぶつけてみよう!」

「えぇ……」

「いきなり言われましても……」

 絢さんは威勢良くそう言うけれど、彩花と遥香さんがとまどってしまうのも無理はない。それに痛いことはしたくないよなぁ。でも、これで戻る可能性もゼロじゃない。

「ええと、思いっきりじゃなくてもいいから、頭を当てる感じでやってみよう」

「先輩がそう言うのであれば……」

「……やってみましょうか」

「じゃあ、私が遥香さんの肩を押さえますね」

 そう言って、彩花は遥香さんの両肩を添える。

「行きますよ、遥香さん」

「……はい」

「せーの!」

 彩花の掛け声で、2人は思いっきり頭をぶつけた。

 ――ドンッ!

 という鈍い音がした後、2人が倒れそうになったので、彩花のことは俺が、遥香さんのことは絢さんが受け止める。倒れそうになるくらいなので、2人ともかなり痛いんじゃないだろうか。鈍い音だってしたし。

「うううっ……」

「戻りませんよ、直人先輩……」

 やっぱり、こんな簡単に戻れるわけがないか。

「ごめんね、彩花と遥香さん。痛い目に遭わせちゃって。頭をぶつけるっていう方法はひとまず置いておいた方がいいと思います」

 何度も頭をぶつけ合って、2人に痛い目に遭わせるわけにはいかない。

「そうですね」

「隼人も絢ちゃんも藍沢さんも、入れ替わった原因を考えた方がいいんじゃない? 大学の友達から聞いた話を思い出したけれど、このホテルってお化けが出るらしいよ」

「お化けが原因で入れ替わりは起こらないと思うけどな、奈央」

 このホテル、心霊スポットで有名なホテルだったりするのか? お化けとか幽霊とかそういう類の話が多いんだったら、香川さんの言うことは意外とありそうな気がする。あとでこのホテルについて調べてみるか。

 どうすれば元に戻れるかも重要だけれど、考えなければいけないことは他にもある。

「これからどうしましょうか。特に寝るときとか。お互いに昨日から3泊4日なので、あと2日間泊まることになりますけれど。2人の体が早く元に戻れればいいですけど、戻れないことも想定して一応考えておいた方がいいと思って」

 昼間は全員で一緒に過ごすとして、夜はどうするかを考えなければいけない。心を重視して彩花と一緒にいるか、体を重視して遥香さんと一緒にいる方がいいのか。それとも、それ以外の部屋割りにするか。

「藍沢さんの言うとおりですね。ただ、こればかりは遥香と彩花さんの2人で決めるべきだと思います。遥香、彩花さん……どうだろう? もちろん、夜のことだから今すぐに決めなくてもいいよ」

 坂井さんの言うとおり、これは夜の話だから今すぐに決めなくてもいいことだ。多分、心の方を重視して、元々泊まっている部屋に行くと思うけれど。

 少しの間、沈黙の時間が過ぎた後、


「私、藍沢さんと2人きりがいい……」


 遥香さんがそう言ったのだ。俺はその言葉に耳を疑ってしまう。

 絢さん達が驚いた様子を見せる中で、彩花だけが落ち着いているのが印象的だった。

「どうしてなの? 遥香……」

「……藍沢さんと一緒にいる方が落ち着くから。彩花さんの体だからかもしれないけれど」

「そんな……」

 絢さん、悲しそうな表情をしている。目には涙を浮かべているし。体は入れ替わってしまっても、ここにいたいと言ってくれると思ったのだろう。

 俺と一緒にいたいだけなら、彩花と一緒に3人で過ごすことも考えたけれど、2人きりがいいと言われたからそれはできない。

「彩花はどうかな」

 とりあえず、彩花の意見も聞かないと。

「直人先輩の側にいたい気持ちもありますが、私も遥香さんと同じで……この体の影響なのか絢さんの側にいる方が落ち着くんです。いたいっていう気持ちもあって……」

「そう、か……」

 絢さんの側にいたいと言われるとさすがに気持ちが複雑になってしまうけれど、こればかりは仕方ないか。入れ替わりの影響もあるだろう。

 2人の気持ちは分かった。周りの人間は彼女達の気持ちを尊重すべきだと思う。

「遥香さんのことは責任を持って預かります。体は彩花でも心は遥香さんですから、気をつけて行動したいと思います。絢さん、坂井さん、香川さん……彩花のことを宜しくお願いします」

 俺は3人に向かって頭を下げる。

「……分かりました。彩花さんのことは俺達が責任を持って預かります」

「ありがとうございます。宜しくお願いします。そうだ、彩花のスマートフォンを持ってきていたんだ。メールとかLINEメッセージなら、自然と話せるだろう」

「ありがとうございます」

 俺は彩花にスマートフォンを渡す。メールやLINEは声を使わずに会話できるので、今までと変わらずにコミュニケーションを取れるだろう。

「遥香も持っておいて。いつでも連絡してきていいからね」

「ありがとう、絢ちゃん」

 遥香さんも絢さんも笑みを見せている。スマートフォンという連絡手段があれば、気持ちは少しでも楽になるだろう。

「じゃあ、俺と遥香さんはこれで」

「何かあったら誰でもいいので連絡をください。もちろん、一緒に行動したくなったときでもいいので」

「分かりました。では、失礼します。彩花、またな」

「はい」

 遥香さんの姿や声なのに、彩花の寂しい気持ちが伝わってくるな。

「遥香さん、行きましょう」

「……はい」

 そして、俺と遥香さんは坂井さん達の泊まる部屋を後にするのであった。

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