第13話『君の名は。-中編-』

 また、あの寂しい夢だ。

 直人先輩の姿が見えて、手を伸ばしているのに先輩に触れることができない。直人先輩も私のことに気付いていなくて、私なんかいないように思えてくる。

「直人先輩!」

 大きな声で直人先輩の名前を呼んでも、先輩は私の方に振り向いてくれなかった。

 この前とは違って先輩はゆっくりと遠ざかっていく。先輩に近づこうとしても、足を前に出しても一切近づくことができなくて。

 何だか、先輩との間に決定的な距離が生まれてしまったような気がした。



「うんっ……」

 ゆっくりと目を開けると、いつもよりも高い天井があった。ああ、部屋のベッドの上にいるんだ。

 そっか。お手洗いに行こうとしたら、あのショートボブの女の子とぶつかっちゃったんだっけ。あれ以降、全然記憶がないから、もしかしてぶつかった衝撃で今まで意識がなくなっちゃったんだ。あの子は大丈夫かな。

「遥香! 目を覚ましたんだね。良かった……」

 どこかで聞いたことのある女の子の声がする。はるか、って言っていた。もしかして、あのショートボブの女の子の名前かな。隣にいるのかな。

 右の方を向くと……いない。

 左の方を向くと……いない。

 正面を見ると……金髪のポニーテールの女の子がいた。ああ、昨日……直人先輩と一緒に坂井さんを助けたときにいた女の子だ。涙を浮かべた目で私のことを見て嬉しそうな表情をしている。

「はるかああっ!」

「えっ?」

 金髪の女の子にぎゅっと抱きしめられる。初めて感じるはずの匂いなのに、不思議と心地よく思えて、愛おしくとも感じられるのはどうしてなんだろう。

「おっ、遥香が目を覚ましたんだ」

「遥香ちゃん、良かった……」

 あっ、坂井さんと香川さんだ。昨日、初めて出会った私のことでここまで嬉しそうな笑顔を浮かべてくれるなんて。なんていい人達なんだろう。

 それにしても、直人先輩はどこにいるんだろう。あと、ぶつかってしまったショートボブの女の子……遥香さんも。

「あの、直人先輩……藍沢直人はどこにいるんですか? あと、ショートボブの女の子……遥香さんは大丈夫ですか?」

 私がそう言うと、金髪の女の子も、坂井さんも香川さんもおかしいものを目の当たりにしたような表情を見せる。あれ、私……何かおかしいこと言った?

「昨日、坂井さんを助けた藍沢さんと、妹さんの遥香さんのことですよ……って、あれ?」

 そういえば、声がおかしい。普段と全く声が違う。今朝は寒気がして、時々、咳も出ていたけれど、声がおかしくなるほど酷くはなっていないはず。それに、今の声だって枯れているような感じではないし。

「何を言っているんだよ、遥香。藍沢さんってあの青髪の男性だよね。彼は彼と宮原さんが泊まっている10階の部屋にいるよ」

「えっ、じゃあ、ここは違う客室……?」

「それに、遥香はここにいるじゃん」

 ほらっ、と金髪の女の子から手鏡を渡されたので、自分の顔を見てみると、そこにはぶつかったはずの女の子が写っていたのだ。


「えええっ! 何なのこの可愛い子は!」


 口だけ笑ってみたり、目つきを細くしたり。よくできている鏡かもしれないと思って、髪を1本抜いてみたら、私の赤い髪ではなく茶色の髪だった。抜いたときに痛かったからこれはカツラやウィッグではない。

「どういうこと……」

 まさか、私……あの、遥香って女の子と。


「ねえ。……君の名は?」


「宮原彩花です」


 私は自分の名前をきちんと伝える。すると、

『えええっ!』

 金髪の女の子と香川さんが驚いた表情を見せる。まさか、私と遥香さんが入れ替わったと信じられないんだろう。

 しかし、そんな中で坂井さんだけは落ち着いて、

「つまり、妹の遥香は宮原さんと入れ替わってしまったのか。まさか、現実にそういうことが起こるなんて。入れ替わるとしたら、さっき、食事会場の近くにあったお手洗いでぶつかったときだろうね」

「そう……だと思います」

 ということは、今頃、直人先輩もきっと私と入れ替わった遥香さんと会っているんだろうな。先輩だったら落ち着いて対処してくれると思うけれど。

「意外と落ち着いているんだね、遥香……じゃなくて宮原さん」

「可愛い女の子ですからね。直人先輩や坂井さんと入れ替わってしまった方が慌ててしまうと思います」

「確かにそうだね。女の子同士なのがまだ良かったのかな。まあ、本人が落ち着いているのが何よりだよ。ほら、絢さんと奈央も落ち着いて」

「だって、超常現象が起きたんですよ! お兄さん!」

「入れ替わるなんてアニメだよ、アニメ!」

 確かに、現実で入れ替わりが起こるなんて信じられないよね。坂井さんからは落ち着いていると言われたけれど、実際にはとまどっている部分もあるし。

「ということは、藍沢さんと一緒にいる宮原さんの体の中に遥香の魂が入っているってことなのかな」

「そうだと思います」

 ということは、いずれ……自分自身に会うわけになるんだ。何だか不思議な気分だな。きっと、直人先輩の隣に立っているんでしょ? ちょっと楽しみかも。

「……そっか。やっと落ち着いてきた。ええと……宮原さんだっけ。私、坂井遥香と付き合っている原田絢はらだあやといいます」

「原田絢さんですね。素敵なお名前ですね、絢さん」

「……さん付けで呼ばれるとキュンする。遥香の声だからかな。彩花さん」

 姿や声は遥香さんそのものだからかもしれない。

 絢さん、背も高いし、スタイルもいいし……何よりも顔が整っている。学校では女の子から人気がありそう。王子様的なポジションというか。直人先輩が女の子になったら、こういう感じの見た目になりそう。

 ――プルルッ。

 誰かのスマートフォンが鳴っている。

「おっ、藍沢さんからだ。向こうの方も意識を取り戻したんだろうね」

 そして、坂井さんは直人先輩と電話で話す。話し声から、直人先輩も遥香さんと入れ替わっていることを知ったことが分かった。

「予想通り、遥香と入れ替わったようだ。今から藍沢さんと宮原さんの体に入っている遥香がこっちに来ることになった。現状の確認のためにも、お互いに入れ替わっていることを自分達の目で確認して欲しい」

「分かり……ました」

 私と入れ替わった遥香さんと会うのか。でも、姿は私だから、目の当たりにしたとき……どんな感覚になるんだろう。

 そして、直人先輩……私の姿を見てどういう反応をするのかな。遥香さんは可愛いし、そんなに変な表情を見せるとは思わないけれど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます