第11話『あやはるか』

 彩花の寒気が引いたということで、俺と彩花は朝食の会場へと向かう。夕食と同様、朝食はバイキング形式となっている。和食、洋食はもちろん、フルーツやヨーグルトなどのデザート系も充実している。

 俺はしっかりと朝食を食べることができたけれど、彩花はあまり体調がよくないのか普段よりも食べる量が少ないな。時々、浮かない表情もしている。

「彩花、大丈夫か? あまり食べることができていないようだけれど」

「……ちょっと寒気が残ってますね。気持ち悪さはないんですけど、胸がいっぱいというか。いつもみたいに食欲が湧かなくて」

「そっか。まあ、そういうときもあるよな」

 怖い夢を見たことが体に相当影響しているのだろう。俺も以前、とても辛いことがあったときに暫くの間、体調が優れなかったからな。

「とりあえず、午前中は部屋でゆっくりするか」

「……すみません。私のせいで……」

「ははっ、気にするなよ……って言われても色々と考えちゃうよな。俺だって、昔、家族で旅行に行ったときに旅先で具合が悪くなったことがあった。その日も泊まることになっていたから、ずっと部屋で寝てたんだ。遊べないっていう悔しさもあったし、母さんがつきっきりで看ていてくれたことへの申し訳なさがあった」

「先輩……」

「……でもさ、元気になったら父さんも母さんも、美月も嬉しそうだった」

「では、昨日の夜に先輩が健康第一だと言ったのは……」

「ああ、そのことがあったからな。どんなときでも体調が優れなかったら、ゆっくりと休むことが大切だよ」

 もちろん、体調を崩さずにいつも元気なことに越したことはないけれど。そうするのは実はとても大変なことだし、体調が悪くなってしまうときがあるのは仕方ない。それが旅行と重なってしまったのは運が悪かったと割り切るしかない。

「では、お言葉に甘えて……午前中は部屋でゆっくりしましょう」

「うん、そうしよう。お腹が空いたら、昨日買ったお菓子を食べようか」

「そうですね」

 確か、昨日の夕飯後に買ったお菓子はほとんど食べていないはず。花火を見終わった後、すぐにお風呂に入ったし、その後はちょっとの間だけだけどイチャイチャしたから。

「先輩、お部屋でゆっくりするなら朝からイチャイチャしちゃいましょうか?」

「下手に体を動かすのは止めよう。元気になったら解禁ってことで」

「……早く元気になります」

 彩花の目の色が変わったぞ。まあ、彩花が元気だったら今のイチャイチャの誘いに乗っていたと思うけれど。

「さあ、直人先輩! 早く部屋に戻りましょう! 私は大人しく寝ます!」

「ああ、そうだな」

 大人しく寝る、という割には結構元気そうだけれど。これなら、午前中にしっかり休めば午後から海やプールで遊ぶことができるかな。

「俺は部屋でコーヒーでも楽しむか」

 部屋にホテル側が用意してくれているドリップコーヒーをまだ飲んでいなかったから、この機会にゆっくりと楽しむことにしよう。

 俺と彩花は食事の会場を後にする。

「あっ、すみません。そこのお手洗いに行ってもいいですか?」

 エレベーターホールの近くまで来たところで彩花がそう言う。

「ああ、じゃあ……俺はここで待ってるよ」

 近くにお手洗いがあるな。

「あれ、向こうに……」

 昨日助けた坂井さんと香川さん、妹さんの彼女がいる。もしかして、俺と同じでお手洗いに行っている妹さんを待っているのかな?

 彩花が小走りで女性用のお手洗いに行き、彼女の姿が見えなくなったときだった。


「うわっ!」

「きゃあっ!」


 2人の女性の声が聞こえた直後に、鈍い音も聞こえた。2人の声のうちの1人は彩花だ。それに、もう1人の方も聞き覚えがあるぞ。もしかして、

「遥香!」

 坂井さんの妹さんと付き合っている女の子が、女性用のお手洗いに向かって走り出した。妹さんの名前、遥香っていうのか。

 俺も女性用のお手洗いの入り口まで行くと、そこには彩花と遥香さんが倒れていた。

「彩花!」

「遥香、目を覚まして……」

 遥香さんの彼女さん、この状況を間の当たりしてショックを受けているのか、目に涙を浮かべている。

「大丈夫ですよ。おそらく、2人が出会い頭にぶつかって、そのことで気を失っているだけだと思いますから」

「そう、ですか……」

「遥香、大丈夫か! あっ、君は……」

 振り返ると、そこには坂井さんと香川さんがいた。

「遥香ちゃん、それに宮原さん……」

「多分、ここで遥香さんと彩花が出会い頭にぶつかってしまったんだと思います。彩花、小走りでお手洗いに行ったので、遥香さんのことを避けることができなかったんでしょう」

「きっと、そうでしょうね」

 気を失うほどだから、2人が激しくぶつかってしまったのか、それとも倒れたときの衝撃が強かったのか。鈍い音が聞こえたからな。いずれにせよ、彩花と遥香さんには意識が回復するまでベッドなどで横になるのが一番かな。

「2人とも、部屋のベッドで休ませましょう」

「そうですね。奈央と絢さんは遥香のことを部屋に連れて行ってくれ。俺は藍沢さんと一緒に宮原さんのことを部屋に運ぶから」

 遥香さんと付き合っている彼女さんの名前、絢さんっていうのか。

「分かったわ、隼人。絢ちゃん、遥香ちゃんのことをおんぶしてくれる?」

「はい」

 絢さんが遥香さんをおぶり、香川さんが遥香さんを支える形に。

「俺が彩花をおんぶしますので、坂井さんは何かあったときにお願いします」

「分かりました」

 そして、俺達は6人でエレベーターホールに向かう。彩花と遥香さんがただ眠っているだけだと思われているのか、特に周りから注目を浴びることはなかった。

 エレベーターに乗ると香川さんが15階のボタンを押したので、坂井さん達が泊まっている部屋は15階にあると分かった。

 そして、エレベーターは俺と彩花の泊まっている部屋がある10階に到着した。俺と彩花、坂井さんが降りる。

「じゃあ、すぐに戻るから。さあ、行きましょう」

「はい」

 まさか、意識を失ってしまった彩花をおんぶして、坂井さんと一緒に3人で戻ってくるとは思わなかったな。

「本当にすみません、昨日から色々と……」

「いえ、お互い様ですよ」

「ただ、今日の遥香……妹は運が悪いですね。占いの運勢が悪かったのかな。あいつ、結構信じる方だから」

「遥香さんに何かあったんですか?」

「昨日は元気だったんですけど、今朝になってから体調が優れないようで。朝食もあまり食べることができなくて、さっきもお腹が痛いと言ってお手洗いに行っていたんですよ」

「そうだったんですか。彩花も今朝から寒気を感じるようになって、ちょっとゆっくりしてから朝食を食べたんですけど、再び寒気が出てきたと言って。午前中はゆっくりと休むつもりだったんです」

「偶然ですね。部屋のエアコンが強めだったから体が冷えちゃったのかな、とは考えているんですけど」

「こっちもそうです。寒いですよね」

 夜中ずっとあの冷たい風を出したままエアコンが動いていたら、下手すれば体が冷えて風邪を引いてしまうよな。

「ここです。1010号室。このカードキーで開けてくれますか?」

「分かりました」

 坂井さんに部屋の鍵を開けてもらって、俺達は部屋の中に入る。

 彩花をベッドに寝かせる。彩花の寝息も聞こえているから、このまま寝ていれば大丈夫だと思う。

「へえ、藍沢さん達の部屋もダブルルームなんですね。俺達の泊まっている部屋もダブルルームで、2部屋が繋がっているんですよ」

「そうなんですか」

 4人だから2部屋なのか。元々、家族4人で来る予定だったそうだから、2部屋が繋がっている部屋を予約したのだろう。きっと、坂井さんと香川さん、遥香さんと絢さんという組み合わせで泊まっているんだろうな。

「宮原さん、早く意識を取り戻すといいですね」

「はい。一緒に来てくださってありがとうございました」

「いえ、気にしないでください。そうだ、連絡先を交換しましょう。2人が目を覚ましたとき、お互いに知らせることができるように」

「そうですね」

 俺は坂井さんと連絡先を交換する。

「これで大丈夫ですね。宮原さんが目を覚ましたら連絡をください。遥香が目を覚ましたらこちらからも連絡しますので。あと、俺達が泊まっている部屋は15階の1501号室と1502号室です」

「分かりました」

 今思ったけれど、互いに泊まっている部屋番号を教えれば、部屋にある電話で連絡すればいいような気がする。まあ、スマートフォンなら部屋にいなくても連絡できるからいいのかな。

「では、俺はこれで失礼します。お大事に」

「はい。ありがとうございました」

 そして、坂井さんは部屋を後にした。

「……とりあえず、コーヒーでも飲むか」

 1人でできることと言えば、コーヒーを飲みながら景色を楽しむか、スマートフォンを弄ることくらいしかないな。

 まさか、遥香さんの方も今日は体調が悪かったとは。そして、彩花とぶつかって意識を失ってしまうなんて。これは偶然なのか、それとも何か運命的なものがあるのか。

 彩花が眠っている横で、俺は1人分のホットコーヒーを作るのであった。

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