第57話『ルピナス』

 8月9日、金曜日。

 午前中は彩花達が月原へ帰る前に唯のお墓参りに行きたいと言ってきたので、俺達は唯のお墓参りに行った。初めてお墓に来た咲が誰よりも長く拝んでいる姿が印象的だった。

 昼食は父さんオススメの地元の寿司屋さんで食べた。

 午後3時。

 洲崎駅から月原市に向かう特急列車が発車する。俺、彩花、渚、咲、美緒はその列車に乗って月原市へと帰る。

 行きとは違い、彩花達4人は席を向かい合わせにし、俺はそんな彼女達を背にして1人で車窓からの景色を見るだけ。隣に誰も人が来ないので、本当に静かだ。

4人がワイワイ喋るかと思ったけど、気持ちの整理がついたという俺の言葉から本当の意味を察しているのか、喋り声はあまり聞こえなかった。

 月原駅にあと数分で到着するタイミングで、俺は4人のところに行く。


「月原駅に着いたら、そこからルピナスの花畑に行きたい。そこで、みんなからの告白の返事をする」


 そう、決断を伝える場所はルピナスの花畑と決めていた。あそこは俺にとって思い出の場所だからだ。


「分かりました、直人先輩」

「ちゃんと受け止めるつもりだよ、直人」

「まあ、こうなることをあたしは薄々感付いていたけれどね」

「もう強がっちゃって。咲ちゃん、凄く脚が震えてるよ?」

「こ、これは武者震いよ!」


 思ったよりも普段と変わりない反応だった。まあ、咲の脚は今から震えてしまっているけど。でも、ようやく返事が返ってくると知ったら、緊張してしまうのも仕方ない。


「じゃあ、そういうことで。よろしく」


 俺は自分の席に戻る。

 気付けば、車窓からビルも見え始めていて、月原市に戻ってきた感じがしてくる。

 午後5時過ぎに月原駅に到着した。駅前に止まっている花畑行きのバスに乗って、ルピナスの花畑に向かう。その時は俺と4人は少し距離を置いた。

 ルピナスの花畑に到着すると、入り口の周りに月原方面へ向かう方のバス停に行列ができている。そろそろ日が暮れる時間帯にもなるし、帰る人が多いのだろう。

 そんな中、俺達はルピナスの花畑に。受付の横にある手荷物の預かり所に荷物を預け、ルピナスの花畑に入っていく。

 夏の暑さに弱いルピナスの花も、屋内の涼しい環境の中で育てることで、本来なら開花時期が過ぎてしまっている今の時期でも、色とりどりの花を咲かせている。涼しい中で綺麗なルピナスの花が見られるので、夏休みには多くの人が訪れる観光スポットになっている。

 夕方になって空も暗くなり始めたところで、花畑が徐々にライトアップされ始めている。


「夜に来るのもいいね」

「美緒は前に来たことあるんだ。あたしは一度も来たことがないわね」

「私は小さい頃から家族で何度も来たことがあります。渚先輩は?」

「小さい頃に1,、2回くらいかな。あとは、春に彩花ちゃんのことを助けたときに」


 4人はルピナスの花を見ながら談笑している。このままルピナスの花を楽しむ時間を作った方がいいのか。それとも、早く話した方がいいのか。

 ただ、周りを見ると、今は俺達以外に誰もお客さんがいなかった。話すなら今が一番良さそうだ。


「……よし」


 俺は立ち止まって、4人の方に振り返る。


「みんな、今まで待たせて本当にごめん」


 俺がそう言うと、ついに話を切り出したと思ったのか、4人は真剣な表情になって俺のことを見つめてくる。

 俺は彩花、渚、咲、美緒……それぞれの顔を順々に見つめる。ここまでついてきてくれた4人に対して、ちゃんと俺の決断した答えを伝えるんだ。ルピナスの花達が見守ってくれているこの場所で。


「2年前の3月に唯を失ったことで、俺は自分に向けられた好意に対して決断をするのが怖くなった。そのことで、誰かを傷つけてしまうかもしれないから。だから、みんなから告白されても、今まではっきりとした答えが言えなかった。それなのに、みんなからの優しさに甘えてた」


 だからこそ、俺は逃げる道ばかり選んできて、そのことで傷つけてしまった人も出てしまった。


「みんなと接することがとても恐かったけど、同時に……みんながいてくれたからこそ俺は唯の死に向き合えて、みんなからの告白への答えをようやく決められたんだ」


 もちろん、それは彩花、渚、咲、美緒だけはない。

 洲崎町にいる俺の家族、笠間、北川であったり、病院で今も入院している御子柴さんであったり。途中、色々と問題があったけれど、最後には仲直りできた紅林さんも。そして、今、天国にいる唯。たくさんの人達のおかげで、俺は一つの答えを心に抱き、ここに立っている。

 俺の決断が、みんなにとっていい方向に進めるものになりますように。みんななら前へ歩んでいけると信じて。俺は彼女達にたった一つの答えを伝える。


「考えて、考えて……俺の出した答え。それは……」


 答えを伝えるために、俺は彼女達の方に向かって一歩を踏み出す。みんなにきちんと自分の想いを言うんだ。

 そして、俺はある人の目の前に立つ。


「……彩花。俺は彩花のことが好きです。俺と恋人として付き合ってください」

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