第56話『決断』

 誰かと付き合うのか。誰とも付き合わないのか。

 決断しようとする決断は出来たけれど、その決断の中身まではすぐ決められるわけでもなく。禄に眠ることができなかった。



 8月8日、木曜日。

 今日も快晴で、俺は彩花達と一緒に海へ行くことに。俺も水着に着替えるけれど、何だか海に入れる気分でもなかった。ビーチパラソルを広げて、日陰に置いたチューブベッドの上で横になる。


「何だ、お前は泳ぎにいかないのか?」


 短パンにアロハシャツ姿の父さんが、隣のチューブベッドに腰をかける。昔、夏の海にはアロハだとか言って買ったアロハシャツ、まだ着続けていたのか。あと、地味な洲崎の海にアロハは似合わない。ハワイだからアロハが似合うんだ。


「なるほど、お前は遠くで水着姿の女の子を見る趣味なのか」

「そんなわけない。ただ、俺は考えているんだよ。今後の人生において重要なことを」

「……へえ。確かに昨日の夜くらいから、お前の様子が変わったかと思ったが、ようやくお前の悩みが解決しそうなんだな」

「唯の死に、ようやく向き合うことができて。あとは、あいつらの告白に対する返事をするだけなんだけれど、それがなかなか決められなくてさ……」


 彩花も、渚も、咲も、美緒も。どの女の子もとても魅力的で。きっと、誰と付き合っても明るい未来が待っているように思えるし、誰とも付き合わない決断をしても、彼女達ならきっと大丈夫だと思っている。

 だからこそ、これという決め手がまだ見つからない。いや、もしかしたら既に見つけているかもしれないけれど、それが何なのかまだ分かっていないのだ。


「なるほど。でも、それが心の負担になっていないようで良かった。唯ちゃんの死に向き合えた今のお前なら、あの子達の告白にも答えを出せるときはすぐに来るだろう」

「……そうだといいな」

「あまり深く考えなくていいんじゃねえか。例えば、そうだな……一番胸がでかい子と付き合うとか」

「俺は真剣に考えているんだ! そんな適当な理由で決められるかよ! このスケベ親父!」


 まったく、昔から時折適当な発言をする父親だとは思っていたけれど、こんなときにも適当なことを言ってくるとは。


「直人は真面目な男だなぁ」

「父さんが適当で不純すぎるんだ」

「……男なんて、単純なんだがなぁ」

「父さんは何で母さんと付き合うことにしたんだっけ。勘だったか?」


 ゴールデンウィークに温泉旅行に行ったときにそう言っていた気がする。


「ああ、勘だよ。こいつとなら一生幸せに暮らせそうだってな。まあ、母さんは可愛くて、優しくて、もう何もかもが俺好みだったけど」

「……俺も父さんみたいなバカさがほしいよ」

「てめえ、親に向かって何て口を叩いてやがる」

「娘や俺の同級生のことを見て、胸の一番でかい女の子と付き合えばいいとか言ってくる父親が馬鹿じゃないとかあり得ないだろ」


 俺の大事な人達を見ながらそう言ったときは、父親として言うべきではないだろうと思ったけれど。


「ははっ、海に行くと俺の心は17歳になるんだよ。特に水着の女を見ると。それが男ってもんだぜ、直人!」

「胸張って言われても困る」


 白い歯を見せて言われてもなぁ。


「まったく、お前は大胆さってものがないな。真面目すぎるんだよ」

「真面目で悪かったな」

「……まあ、前に言ったとおりだ。俺より真面目なお前なら、しっかりとした決断を下せるだろうぜ。あと、その決断に勘を働かせるのも一つの手だってこともな」

「勘、ねえ……」


 その勘をどこで働かせるか、だけれど。


「直人先輩! 先輩もこっちで遊びましょうよ!」


 彩花の声が聞こえたので、海の方を見てみると彩花達はこちらの方に手を振ってきた。


「ほら、みんなが呼んでるぞ。遊べるときには遊んでこい」

「そうだな」


 俺は彩花達のところに行って、一緒に遊んだ。

 久しぶりだった。海で遊ぶことに楽しく思えたのは。この海では数え切れないほどに遊んだのに。

 遊んでいく中で、俺の気持ちは段々と固まっていく。父さんでいう勘っていうものがどんどんと働いていって、この決断がいいかなと思えるようになってきたのだ。

 ただ、その決断をすぐにみんなに伝えるつもりはない。1人、静かなところで何度も何度も考える。これでいいのかと。一日中、考えた。


「どうだ、決断はできたか」


 父さんに訊かれたときには、もう心が決まっていた。だから、迷いなく頷く。


「そうか、なら良かった。どうするんだ、今すぐにその決断をあの子達に言うのか?」

「……いや、月原に帰ってから話そうと思ってる。話したい場所があるんだ。できれば、明日話したいなって」

「なるほどな。まあ、元々、お前の気持ちを整理するために洲崎に帰ってきたんだ。明日、月原に帰ることもあの子達なら許してくれるだろう。どうする、俺から言うか?」

「いや、そこは俺から言うよ」


 ちゃんと自分から言いたいし。

 彩花達に変な想いをさせないように、気持ちの整理が付いたからとだけ言って、明日、月原市に帰ることを伝える。みんなは嫌な顔を一つせずに受け入れてくれた。本当に優しい女の子達だ。

 明日、あの場所で俺の決断を伝えよう。

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