第40話『一歩』

 午後2時。

 私と美月ちゃんはなおくんの入院する月原総合病院へと向かう。

 それにしても、今日は暑いなぁ。1年のうちで最も暑い時期なのは分かっているけれど。ううっ、洲崎よりも暑いなぁ。


「日焼け止め塗ったのに、これだけ汗掻くと流れちゃうよ。髪も燃えそうなくらいに熱いし」

「帽子被ってないもんね。あと、汗を掻くのはいいことだけれどね」


 美月ちゃんも相当堪えているみたい。私は麦わら帽子を被っているけれど、美月ちゃんは何も被ってないから暑いよね。


「美月ちゃん、お見舞いの帰りに帽子を買いに行こうか。日差しを浴びないだけでも結構違うと思うよ」

「でも、帽子を被ると髪が蒸れちゃってあんまり被りたくないのが本音」

「……確かに、美月ちゃんの言うことも分かるかな」


 暑さを我慢するか、髪の蒸れを我慢するか。どちらを我慢するかの違いがここに出ているってことかな。


「さっ、なおくんのところに行こう。きっと涼しいと思うよ」

「うん、そうだね」


 私と美月ちゃんは病院の中に入り、なおくんの病室へと向かう。

 病室にはベルトを外された状態で横になっているなおくんと、ベッドの横の椅子に座っているひかりさんがいた。これまでよりも穏やかな雰囲気に思える。


「なおくん、来たよ」

「美緒に美月か。咲から連絡が来たよ、金崎も決勝に進出したんだよな」

「うん、そうだよ、なおくん」


 そういえば、興奮しっぱなしでなおくんに連絡するのを忘れちゃってた。

「決勝戦は……明日か」

「うん。月原高校と金崎高校が戦うんだよ。それで、その……」

 一緒に観に行きたいってなかなか口に出すことができない。予選で両校の対戦を観戦し終わったとき、なおくんは倒れてしまったから。また、同じことが起きないかどうか不安なんだ。


「お兄ちゃん、明日、一緒に試合を観に行こうよ」


 さらりと美月ちゃんがなおくんに観戦を誘う。

「そ、そうだなぁ……」

 なおくんは迷っているようだった。口角は上がっているけれど、視線はかなりちらついている。


「きっと、渚さんも咲さんもお兄ちゃんが観戦しに来ると嬉しいと思うよ。決勝戦はテレビで放送するし、涼しい部屋の中で観るのもいいかもしれないけれど、会場で直に観るのは凄く興奮するよ。今回のインターハイの試合を観て来てそう思ったんだ」

「美月……」

「それに、あたしはお兄ちゃんと一緒に試合を観たいな!」


 美月ちゃんの眩しい笑顔を久しぶりに見た気がする。ただ、美月ちゃんが気兼ねなく誘ってくれているのはとても助かる。


「月原高校も金崎高校も試合に勝ちたいのはもちろんだけれど、きっと、なおくんに自分達の姿を見せたいんじゃないかな。会場でも、テレビでもいいから……なおくんには両校が戦う決勝戦をしっかりと見てほしい」


 両校ともインターハイ優勝はもちろん目標の一つとして掲げていた。もう一つ……今も苦しんで、もがき続けているなおくんに自分の姿を見てほしいんだと思う。

「俺は……」

 なおくんは私達の方を見て。


「明日、決勝戦の試合を会場で直接観たいと思う」


 真剣な目つきをしながら私達にはっきりとそう言った。


「月原も金崎も練習を頑張っていることは知っているし、それに……御子柴さんに応援しに行けって言われたからな」

「ふふっ、そうなんだ、なおくん」


 なおくん、本当に昔から変わってない。以前と比べたら、感情を前面に出すことが多くなったけれど、自分の本音をなかなか口にしない。分かっているよ、本当は渚ちゃんや咲ちゃんの頑張っている姿を会場で観たいことを。そこで何か、自分に課せられていることへの決断となるヒントを模索したいんじゃないかってことも。


「じゃあ、さっそく先生に外出の許可を取ってくるわね」

「頼む、母さん」

「分かったわ。じゃあ、先生に話に行くから、美月と美緒ちゃん……直人のことをお願いするわ」


 そう言うと、ひかりさんは病室を出て行った。なおくんの病状も大分良くなってきているし、同伴者がいれば難なく外出の許可をいただけると思う。

 なおくんはゆっくりとベッドから立ち上がる。


「なおくん、どうしたの?」

「休憩所の自動販売機でコーヒーを買おうと思って。2人もついてきてくれないか。外は暑かっただろうから、喉も渇いてるだろう? 2人の分も奢るよ」

「ありがとう、お兄ちゃん!」

「じゃあ、お言葉に甘えてなおくんに買ってもらおうかな」

「うん。じゃあ、休憩所に行こうか」


 なおくんや美月ちゃんと一緒に病室を出て、休憩所に向かう。

 休憩所にはほとんど人がいなくて静かだったけれど、夏の日差しが休憩所を明るくしているからか、不思議と寂しさは感じられない。

 まず、なおくんが缶コーヒーを買い、美月ちゃんが何を買おうか迷っているときだった。

 ――プルルッ。

 私のスマートフォンが鳴る。確認してみると楓ちゃんからの着信だ。唯ちゃんのことで何か分かったのかな。

「ちょっと電話がかかってきたから、ごめんね。美月ちゃん、なおくんのことをよろしく」

「うん、分かった」

 2人からちょっと離れた場所に行って、楓ちゃんからの電話に出る。


「はい、椎名です」

『北川です。月原高校と金崎高校、決勝戦に進出決定したわね』

「うん」

『それで、私……今、月原に向かっている特急列車に乗っているの。明日の決勝戦を観戦するためにね』

「えっ、そうなの?」

『実は、昨日の夜に咲には金崎高校が決勝戦に進んだら、観戦するために遊びに行くって伝えていたの。だから、今日は咲の家に泊まるつもり』

「そうなんだ」


 今の話からして、楓ちゃんは金崎高校の応援なんだ。やっぱり、楓ちゃんと咲ちゃんって本当に仲がいいんだね。


『月原に着いたら、一度、美緒に会いたいんだけれどいいかしら? 多分、今から2時間くらい後になるんだけれど』

「こっちは大丈夫だよ。それで、唯ちゃんのことについて……何か分かった? 軽くでいいから教えてほしいな」

『結論から言えば、何も遺っていなかったわ』

「そっか……」

『まあ、前に話したとおり、何か遺っていれば既に見つかっているはずだしね。もう、あの日から2年以上経っているんだから。これは神様から藍沢君に課せられた大きな試練なのかもしれない』

「楓ちゃんから神様って言葉を聞くとは思わなかったよ」


 でも、小説も書いているし、神様って言葉は結構使うのかな?

『ふふっ、私も占いとかは結構信じる方なんだよ?』

「意外だね」

 楓ちゃんは占いなんて信じないと思ってた。

『まあいいわ。月原駅に着いたらまた連絡するわね』

「うん、楓ちゃん。じゃあ、また後で」

『うん、また後で』

 私の方から通話を切り、なおくんと美月ちゃんのところに戻るのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます