第27話『夢に出てくる君は。』

「はあっ、はあっ……」


 昨日の夢の続きだろうか。

 唯は狂気に満ちた表情で俺のことをじっと見つめている。激しく呼吸していて、彼女の息苦しさがこっちにも伝わってくる。

 目の前の床に刺さっていたのは、竹刀ではなくナイフだった。


「直人を殺すのはやっぱり惜しいよ」

「惜しいって。さっきと言っていることが違うじゃないか。俺を殺して、あの世で一緒に剣を交わせばいいと言っただろう」


 実際にそう言って、唯はナイフを構えて俺に迫ってきたのに。何をきっかけに彼女の心境が変化したのか。

 すると、唯は恐ろしい笑みを浮かべて、


「直人にはもっと苦しい想いをしてもらった方がいいと思ってね……」


 非常に鋭く、痛い言葉を囁くようにして言った。


「死ぬより苦しめ、ってことか」

「……あたしが味わったような苦しみを直人も思い知ればいい」

「俺は今でも十分に苦しんでいるよ。唯じゃなくて、自分自身のせいで」


 そう、俺が今苦しんでいるのは……俺自身のせいなんだ。彩花達のことで決断できる勇気が未だに持てていないから。今のままでは、苦しみが増していくばかりであることは分かっている。


「今まではずっと逃げていたけれど、俺は周りのみんなのおかげで、少しずつ前を向くことができるようになってきているんだ」

「紅林杏子ちゃんだっけ。彼女とも和解したんだよね。まさか、彼女と仲直りする日が来るなんてね。一度、あなたは彼女に殺されることを望んでいたのに」

「確かに俺は彼女に殺されることで、せめてもの罪滅ぼしができると思った。でも、それは究極の逃げ道だと気付いたんだ。俺が彼女に殺されたとしたら、紅林さんや彩花達を一生苦しめるだけだから」


 紅林さんを救うためには彼女と向き合うことが唯一の道だった。その勇気を御子柴さんからもらったんだ。


「……ずっと、紅林さんのことで苦しめば良かったのにね」

「紅林さんのことも辛かったよ。でも、唯が死んでしまったことはもっと辛いよ。その苦しみはずっと俺の心に在り続けると思う。それでも、唯は俺にもっと苦しんでほしいと願うのかな」


 2年前の事件で、俺は唯から一生消えない悲しみや苦しみを与えられた。唯の願いは既に叶っているんじゃないだろうか。


「……ふふっ」


 唯は冷たく笑った。


「どうやら、御子柴香苗ちゃんのおかげであたしが死ぬ前の直人に戻ってきているね」

「彼女には感謝しているよ。彼女のおかげで俺は紅林さんと向き合えるようになったんだ」

「……そう」


 唯は今、何を考えているんだろうか。俺の知らない笑みを浮かべながら。

 唯と一緒にいる無言の空間はとても息苦しく思えた。


「あなたはまた逃げることになる。苦しみなさい、もっとね」


 その言葉を言われた瞬間、視界が白く包まれた。




「……夢、か」


 気付けば、カーテンから漏れる光によって病室の白い天井がぼんやりと見えていた。

 昨日の続きの夢を見たのか、俺は。俺の見ている夢なのに、その夢に出てくる唯の気持ちや考えが全然分からなかった。


「また逃げることになる、か……」


 最後に唯から言われたその言葉が脳裏に焼き付いていた。唯は何を考えて、あの言葉を言ったのだろうか。今のこの息苦しさと関係があるのだろうか。考えてみたけれど、結局分からなかったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます