第23話『つるぎ-後編-』

 唯が亡くなった、という言葉を皮切りに、俺は御子柴さんに剣道から離れた理由を話す。


 2年前のあの事件で唯が亡くなってしまったこと。

 唯は俺に恋心を抱いていて、亡くなる直前に告白をしたこと。

 事件が起こったことで、何もかもが怖くなってしまったこと。


 唯が大好きだった剣道を自分が続けてもいいのか。楽しんでいいのか。そんな罪悪感がどうしても生まれてしまい、高校入学を機に再開しようと思ったけど、結局はできなかったことを御子柴さんに伝えた。


「なるほどね。剣道が大好きだった柴崎さんが、自分が告白を断ったせいで亡くなったと思っているんだね。そのことで、剣道ができなくなってしまったわけか。彼女のことを思い出して、罪悪感が生まれてしまうから……」

「ああ。自分だけが剣道をしてしまっていいのかって胸が苦しくなるんだ。実家にいたときに、何度か自分の竹刀を握ったことがあるんだけど、握ると決まって手が震えて力が入らなくなる」


 だから、月原に引っ越してくるときに竹刀は持ってこなかった。

 それでも、剣道部の見学に行ったから、好きな気持ちは消えていないんだ。けれど、できない。どうしても。


「藍沢君はちゃんと向き合っているんだね。彼女の死に」

「そんなことない。俺はずっと逃げ続けているよ。御子柴さんと話して、ようやく……ちょっとだけ勇気が出たんだ」

「そうだったんだ」


 唯がどう思っているのか。それを考えると、どうしても剣道をしようと一歩を踏み出すことができなかった。そして、彩花達からの告白に対する決断もできていない。


「俺のせいで唯は死んだんじゃないか。時折、そう思うことがあって。俺がこうして入院しているのも、最近、似たようなことがあったからなんだ」

「……不安な気持ちや罪悪感が襲ってくるんだね。それは……辛いことだよね」


 御子柴さんは優しい笑みを浮かべながらそう言ってくれる。

 本当に俺は優しい人達に囲まれていると思う。決して周りのせいではない。俺はこの状況に甘えてしまっているんだ。一歩前に進むこと。決断をすること。俺はそこから逃げ続けているんだ。そのことで、きっと俺は彩花達を苦しめてしまっているはず。

 まずい。そんなことを考えていたら、息が苦しくなってきて、胃もおかしくなってきた。ううっ、胃がキリキリする。


「だ、大丈夫? 顔色が悪いけれど……」

「大丈夫さ。このくらいのことは……」

「そうか、ならいいんだけれど。無理はしないで」

「……ああ」


 と言っても、今まで無理をしたり、深く考えすぎていたりしていたから俺はここにいるわけで。それが分かっているのに、俺は一向にこの泥沼から抜け出せそうにない。


「……よしよし」


 気付けば、御子柴さんは俺の頭を優しく撫でてくれていた。御子柴さんのことを見てみると彼女はにっこりと笑っている。


「藍沢君は逃げてばかりじゃないと思うよ。僕から見て……君はちゃんと柴崎さんのことにちゃんと向き合っていると思うけどな」

「そう、なのかな……」

「向き合っているから、苦しんでいるんだよ。ただ、藍沢君は自分で深く考えすぎてしまって、苦しみから抜け出す方法を知らないだけじゃないかな」

「あっ……」


 的を射たことを言われたからか、気付けば涙がこぼれ落ちていた。


「ご、ごめん! 僕……」

「……いいんだ。御子柴さんの言うとおりだから」


 深く考えすぎて、そこから抜け出せないことは。

 唯のことから逃げてばかりだと俺は思っていたけれど、向き合っているのか? 向き合っているのなら、どうして俺はいつまでも決断することをできていないんだ。竹刀を握っても、力が無くなって手から落としてしまうんだ。


「俺はいつか、抜け出す方法が見つけられるのかな」

「きっと、見つけられるさ」

「……そうだといいな」


 それはいつの日になるのだろうか。どのようなことがきっかけなのだろうか。想像できなかった、怖くて。


「君が悩みを抜け出す方法を見つけて、僕が心臓を治すことができたら……一度、君と剣を交えたい。僕はそれを一つの楽しみに、病気と闘っていくよ」


 そう言う御子柴さんの眼は希望と熱気に満ちていた。それは剣道をしているときの唯の眼と重なる部分がある。


「御子柴さんは強いな」

「僕は君を一つの目標にして、剣道をやってきているんだ。僕の強さは君から作られているんだよ。君は強い人間だって信じている。きっと、そんな君だから、柴崎さんを含める多くの女の子から好かれているんじゃないかな?」

「……どうなんだろうな」


 御子柴さんは爽やかな笑みを浮かべた。

 渚や咲と同じように、御子柴さんも本当に真っ直ぐで、強いスポーツマンシップを持っている。


「美緒ちゃんも藍沢君のそういうところに惹かれたんだろう?」

「ふえっ?」


 声を上げると美緒は顔を真っ赤にしてあたふたしている。そんな美緒の横で美月はクスクスと笑っている。


「きゅ、急に……そんなことを訊かれると驚いちゃうよ、もう。それに、本人の前だと恥ずかしくて……」

「ごめんごめん、僕の配慮が足りなかった」

「ううん、いいんだよ。ただ、なおくんの優しいところとか、真っ直ぐなところとかが好き、かな。御子柴さんの言うとおり、なおくんは強い人だって信じてるよ」


 あまりに恥ずかしいのか、美緒は視線をちらつかせている。その恥ずかしさが美月に移ったのか、美月は美緒の隣ではにかんでいる。


「……そっかぁ。藍沢君、愛されてるじゃないかぁ」


 御子柴さんは意地悪そうな笑顔を見せて、俺にそんなことを言ってくる。もしかしたら、御子柴さんは他人の恋愛話が大好物なのかもしれない。


「御子柴さんも、女の子なんだなぁ」

「……失礼だね。僕だって可愛いものは好きだし、他人の恋愛話は大好きなんだ」


 やっぱり、他人の恋愛話は好きなんだな。

 しっかし、あんなに重い空気だったのに、美緒に俺の話を振るだけで一気に変えてしまうなんて。それは御子柴さんの明るさがあってのことで。やはり、彼女は唯と似ている部分が多い。唯も彼女のようなムードメーカーだった。

 御子柴さんと剣を交えるか。もし、俺が剣道をまた始めることになったら考えてみることにしようかな。

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