第13話『あなたのいない朝』

 あれから、程なくして彩花ちゃんと渚ちゃんは病室を後にした。明日以降もこれまで通りにインターハイに向けて練習をしていくという。

 浩一さんとひかりさんがなおくんの側についているということで、私は美月ちゃんと一緒になおくんの家に帰ってきた。

 なおくんがいないのに、なおくんの家に帰ってくることがとても辛い。ここにいていいのかなと思うことが何度もあり、物凄く泣きたくなるときもあった。

 でも、美月ちゃんが一緒にいてくれるおかげで気持ちを強く持つことができている。むしろ、美月ちゃんの方がもっと辛そうで、私が強くなければいけないと思ったんだ。

 美月ちゃんと一緒にご飯を食べ、お風呂に入って、同じ布団に入る。

 けれど、なかなか眠れなかった。眠ってしまったら、なぜだか、なおくんが遠くに行ってしまうような気がして。

 そんな夜はとても長く感じたけれど、美月ちゃんの可愛い寝顔を見ることで何とか耐えることができたのであった。



 7月24日、水曜日。

 寝ることができなくても眠気はやってきて、気付けば眠りに落ちてしまっていた。目が覚めたのも午前9時くらいになっていた。普段よりもまぶたが重い。

 どんな夢を見ていたかはっきりとは覚えていないけれど、冷たい感覚があったことだけは覚えている。多分、いい夢ではなかったんだと思う。

 隣で寝ていたはずの美月ちゃんの姿がなくて焦る。

 慌ててリビングの方に向かうと、美月ちゃんがソファーに座ってテレビを見ていた。


「あっ、美緒ちゃん。おはよう」

「……おはよう、美月ちゃん」

「どうしたの? ほっとしているようだけれど」

「そんな風に見えた?」

「うん。……朝ご飯の用意をするから、顔を洗って歯を磨いてきて」

「ありがとう、美月ちゃん」


 美月ちゃんが朝ご飯を用意しておいてくれるなんて。昔、なおくんの家にお泊まりしたときには、私がひかりさんと一緒に手伝いをして、なおくんと美月ちゃんのことを起こしていたのに。気付かない間に美月ちゃんは成長していたんだなぁ。

 美月ちゃんの言うとおりに顔を洗って、歯を磨き……再びリビングに戻ってくる。食卓には美味しそうな和の朝食が用意されていた。


「いただきます」

「どうぞ、召し上がれ」


 美月ちゃんの作ってくれた朝食はとても美味しい。そのことを伝えると、美月ちゃんはとても嬉しそうな笑みを浮かべている。

 なおくんは彩花ちゃんと一緒に住んでいるとき、今の私と同じように彩花ちゃんの作ってくれたご飯を食べて、美味しいって言っていたのかな。もしそうだったら、彩花ちゃんはとても嬉しかったんだろうな。想像しただけで微笑ましく、羨ましい。

 そんな2人が今、ここにいないなんて。これまでいなかった2人が今、ここにいるなんて。複雑な気分だ。


「美緒ちゃん。どこか味がおかしかった?」

「ううん、そんなことないよ。とっても美味しい。ただ、ここになおくんと彩花ちゃんが一緒に住んでいた時期があったと思うと、何だか変な気分になっちゃって」

「なるほどね。あたしは思わないけれど、お兄ちゃんのことが好きな人にとっては色々と思うところがあるよね」

「……ごめんね。朝から気を遣わせちゃって」

「ううん、気にしないで。だって、昨日……あんなことがあったんだもん」


 美月ちゃんは私を慰めるように、優しい笑みを見せる。

 なおくんは今、どんな朝を迎えているんだろう。もしかして、今も薬の影響で眠っているのかな。何も連絡がないってことは病状が落ち着いているんだと思うけれど。


「美緒ちゃん、今日はお見舞いに行く?」

「うん、そのつもりだよ。私にできることはそのくらいしかないと思うから」


 普段通りの生活をしてほしいと浩一さんに言われたけれど、月原市にいること自体が普段とは違う。そんな私にできるのはやはり、なおくんのところにお見舞いに行くことなんじゃないかと思っている。


「彩花さんや渚さん達はどうしましょう?」

「みんな、インターハイが近いからね。昨日も言った通り、インターハイまではなるべく部活動に集中させよう。もちろん、何かあったときには連絡することになっているから」


 もちろん、それは咲ちゃんも同じ。みんなにはインターハイの方に集中してほしい。とても大切な大会だし、なおくんもきっとインターハイを頑張って欲しいと思っているはずだから。

 紅林さんとは一緒にお見舞いに行ってもいいかもしれないけれど、昨日の彼女の様子を考えて今日は誘わない方がいいかな。


「今日は2人で行こうよ」

「美緒ちゃんがそう言うなら、あたしはそれでいいよ」

「うん、そうしよう。そうだ、途中……なおくんの好きなお菓子を買おう。多分、食べ物の制限はないと思うから大丈夫だと思う」

「ああ、それいいかも! 卵を使ったお菓子がいいよね」

「なおくんは卵が大好物だもんね。やっぱり、カステラが一番いいかな? なおくん、カステラも大好きだし」

「お見舞いにはカステラって言うもんね」


 きっと、好きなものを食べたらなおくんだって、少しは元気になるはず。だって、私がここに来てからも、好きなものを食べるときになおくんは笑顔だったんだもん。それは演技では見せることのできない笑顔だと思うから。

 朝食を食べ終えて、私は美月ちゃんと一緒になおくんのお見舞いのために病院へと向かうのであった。もちろん、途中でなおくんの好きなカステラを買って。

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