第3話『私の気持ち』

 ――言いたいことをやっと言うことができた。


 そんな気持ちは全く抱くことはなかった。むしろ、


 ――まだ言ってはいけないことを言ってしまった。


 嬉しさよりも、恐れの方が強くて。なおくんに好きだという想いを言葉に乗せた今、彼の顔をなかなか見ることができない。私は彼の胸に額を当てた。


「……俺のことが好き、ってどういうことなんだ?」


 なおくんは静かにそう呟いた。

 なおくんの顔を見てみるけれど、なおくんは私のことを見ながら首をゆっくりと横に振っている。どうやら、自分に向けられた好意が信じられないと思っているみたい。


「だって、あのときに言っただろ。笠間を守りたいって。あの言葉は嘘だったっていうのか? それとも、気持ちが変わったのか?」

「……どっちも違うよ、なおくん」


 笠間君を守りたいって気持ちはあったし、なおくんのことが好きだという気持ちは今までもこれからも変わらないんだよ。


「でも、あのときはなおくんの言うとおり、守りたいって気持ちは好きっていう気持ちと同じなのかもって思ってた」

「じゃあ、何で違うって……」

「……笠間君に言われたんだよ。私が彼にあなたを守りたいって告白したときに……」


 なおくんが帰ってから2週間ぐらい経ったとき、私は勇気を出して笠間君のことを守りたいと告白をした。


「でも、笠間君はすぐに断ったの」

「……そんな、どうしてなんだよ」


 なおくんは何かに怯えたような表情をし、右手で両目を覆う。


「あのとき、俺は分かったんだ。美緒は笠間のことをすぐ側で守る決意をしたって。それってきっと、好きなんだっていう気持ちなんだろうって……」


 なおくんの目は見えなかったけれど、その震えた声を聞いただけで、今にも泣き出しそうなのが分かる。


「私もそう思い込んでた。笠間君に想いを口にしたときまでは」

「えっ……」

「笠間君には私の抱いている気持ちが全てお見通しだったみたい。やんわりと断られたよ」

「そんなっ! どうしてなんだよ!」

「きゃっ!」


 突然、なおくんに両肩を勢いよく掴まれる。

 なおくんの目からは涙がボロボロと流れていた。なおくんは怯えた表情を浮かべたまま、ゆっくりと首を横に振っていた。


「どうしてなんだよ。どうして笠間は美緒の気持ちを踏みにじるようなことをしたんだ! 美緒がどんな想いで笠間のことを守ろうって決意したか……!」


 自分への想いを断った。

 それはなおくんにとって信じられないことなんだ。許せないことなんだ。恐れていることなんだ。

 なおくんの体が激しく震え始める。もしかして、今の話を自分のことのように受け止めてしまっているのか。


「確かに、笠間君は守りたいっていう私の気持ちは断ったよ。でも、それはね――」


 今度は私がなおくんの両肩をそっと掴む。


「なおくんのことが好きだっていう私の想いに気付いていたからなんだよ!」


 笠間君が断ったことは「私が自分のことを守る」という気持ちだった。好意じゃない。そもそも、笠間君には好意を抱いていなかったのだから。


「笠間君は気付かせてくれたの。私が好きなのはずっとなおくん1人だけなんだって。本当の気持ちを無理矢理抑え込んでまでも、自分のことを守ろうとしないでくれって言われたんだよ。自分が本当にしたいことをしてほしいって」

「そう、だったのか……」

「……それに、笠間君には高校に入学してから、好きな子ができたんだって。その女の子に告白するんだって言ってた。私が想いを伝えた1週間ぐらい後だったかな。笠間君、その女の子と恋人として付き合い始めたんだよ」


 2年前の事件の真実をなおくんが明かしたことで、笠間君の時間がやっと動き始めたんだよ。

 今度はなおくんの時間を動かしてほしい。そんな笠間君の思いも託されて、私はここにやってきた。


「……そうか」


 なおくんの目から流れていた涙が止まった。さっきまで崩れていた表情も再び無表情に戻っていった。


「じゃあ、笠間は美緒に好きだって告白されたんじゃなかったのか……」

「そうだよ。まあ、好きな人がいるって言われたから、実質的にはフラれちゃったようなものだけれど」

「ショックじゃなかったのか? 守りたいっていう想いは断られたんだぞ」

「全然なかったよ」


 なおくんの目を見て、迷いなく言えた。


「なんて言うのかな。私の心の中にあったしがらみがなくなったって感じかな。今までは唯ちゃんや笠間君のことがあって、なおくんと本当の意味で向き合えなかった。でも、なおくんがあの事件の真実を明らかにして、笠間君に私はなおくんを好きだって指摘されて、ようやく私は咲ちゃんや彩花ちゃん、渚ちゃんと同じように、なおくんと向き合えるようになったんだよ」

 今までよりもずっと、なおくんが好きだっていう想いが強くなった。誰にも負けないくらいに。


「私はこれまでも、これからもなおくんのことが好き。恋人にしたい。結婚したい。ずっと一緒にいたい。そう思えるほどに大好きなんだよ」


 改めて、なおくんへ想いを伝える。

 人を好きになって、告白をすることってこんなにも素敵なんだ。好きだって口にしたら、なおくんのことがもっと好きになる。こんな素敵な想いを咲ちゃんや彩花ちゃん、渚ちゃんは既に体験していたんだね。


「……今までずっと、美緒は俺のことが好きだったのか……」


 なおくんはそう呟くと、


「全然気付いてなくてごめんなさい。ごめんなさい……」


 俯きながら、私に対する謝罪の言葉ばかりを口にしてしまう。


「なおくんは何も悪くないよ。たった今、なおくんに気持ちを伝えたんだから」

「だけど、もっと早く俺が美緒の想いに気付けていれば、何か違っていたかもしれないじゃないか。だから、本当にごめん……」


 何もかもが自分のせいだと思ってしまうんだ、なおくんは。もっと早く気づけていれば、唯ちゃんは死ななかったのに……までも思っているかもしれない。なおくんが悪いという事実はこれっぽっちもないのに。


「なおくんは今日、私の気持ちを知ったよ。ただ、ずっと前から私の想いを知っていたとしても、こうして今、なおくんと一緒にいることは変わらなかったと思う」

「美緒……」


 この想いをどうにか、言葉ではない別の方法でなおくんに伝えたかった。だから、今まで一度もしたことのない、大切な方法でなおくんに伝えよう。

「なおくん」

 そっと、私はなおくんに口づけをする。唇を重ねていた時間は10秒もなかったと思うけれど、とても長く思えた。


「私がなおくんのことが好きです。なおくんがどんな決断をしても、私は笑顔でなおくんと向き合うつもりだから。私のそんな気持ちを、今はなおくんの胸の中に置いておいてくれると嬉しいな」

「……美緒……」


 すると、なおくんは私の胸に頭を当て、再び声に出して泣き始めた。なおくんが泣き止むまで私はずっと頭を撫で続ける。

 なおくんは今、どんな想いを抱きながら泣いているのだろう。嬉しさなのか、悲しさなのか、罪悪感なのか。今の私には分からなかったのであった。

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