第31話『Love & Dead』

 7月3日、水曜日。

 紅林先輩は今日、学校には来なかった。渚先輩が紅林先輩の友達に彼女のことを聞いてみたけれど、彼女と連絡が取れないらしい。また、広瀬先輩とも定期的に連絡は取っているけれど、紅林先輩のことについては何も聞いていないのだとか。

 まさか、本当に紅林先輩は自殺を遂げてしまったのか。ぷつりと切れた彼女の情報がそんな不安を加速させる。

 そんな中で今日も放課後を迎えて、私は直人先輩や真由ちゃんと一緒に体育館で女バスのサポートをする。

 休憩時間になったとき、直人先輩はスマートフォンを手に取っていた。嬉しそうな表情をして耳に当てる。広瀬先輩から電話が来たのかな。

 しかし、先輩の表情はすぐに険しいものになって、


「咲さんの声を聞かせてください!」


 体育館にいる誰もが振り向いてしまうほどの、緊迫した声を放つ。

 私と渚先輩はすぐに直人先輩のことに駆け寄って、


「直人先輩、私達にも声を聞かせてください」


 スピーカーホンにして電話の向こう側の声を聞こえるようにする。


『咲の声を聞きたいんだ。どうしようかなぁ……』


 それは紅林先輩の声だった。さっきの直人先輩の様子を見る限り、紅林先輩が学校を休んでいた理由は、


「誘拐されているんですか、広瀬先輩は……」


 私がそう訊くと、直人先輩は一つ頷く。

 予想通り、広瀬先輩は紅林先輩に誘拐されているんだ。


『今の声は……そっか、近くに宮原さんや吉岡さんがいるんだね。女バスのサポートをしているから……』

「ええ。そのことで体育館にいますからね。それよりも、咲さんの声を聞かせてほしい」

『それはできないわね。彼女には眠ってもらったから』

「そんな……」


 直人先輩は下唇を噛んでいた。

 まさか、広瀬先輩が誘拐されてしまうなんて。じゃあ、紅林先輩の姿が見えなかったのは、広瀬先輩のことを誘拐するためだったんだ。そこまで予想はできなかった。


「紅林さん。広瀬さんを誘拐する目的は何なのかな。直人に電話をしたってことは何かこちら側に要求があるんじゃないの?」


 渚先輩ははっきりと今回の誘拐の核心部分を問う。


『……直人君、私、言ったよね。私を振ったら死んじゃうって』

「え、ええ……」

『あれ、私は本気だからね。でも、直人君。もし、私を選んだら咲のこと……私が殺してあげるよ』

「何ですって!」


 広瀬先輩を選んでも、紅林先輩を選んでも……選ばれなかった方が死ぬ。必然的に直人先輩が苦しむことになってしまう。好きな人を苦しませようとするなんて、私には到底理解のできない感情だった。


『直人君。これでも私はチャンスを与えているんだよ?』

「何を言っているんですか! どんな決断をしても、誰かが死ぬことになるのに!」

『……その状況を作ったのは誰? 他ならぬ直人君だよ。昨日、私を選んでいれば咲は死なずに済んだのにね』


 ふふっ、と紅林先輩の笑い声が聞こえる。

 今、紅林先輩はどんな表情をしているのか。想像しただけで恐ろしくなった。


『誰かを彼女にすれば、誰かが死ぬ。その痛みを直人君には知ってもらわないと。これは直人君と咲への復讐だよ』

「咲さんを選んだら目の前で自分が死んで、あなたを選んだら咲さんを自分で殺すからですか!」

『そうだよ。どちらにせよ、咲は苦しむ。そして、そんな状況を見る直人君も苦しむ。さあ、どっちを彼女にする? ううん、どっちを殺す? あなたの決断次第で2人の人間の生死が決まるのよ』

「そんな……!」


 直人先輩は鋭い目つきをしていた。それは昨日、紅林先輩が広瀬先輩に向けたときよりもずっと鋭かった。こんな直人先輩を見るのは初めてだ。


「僕は誰も死なせたくありません」

『そう思うんだったら、昨日、私を恋人にすれば良かったじゃないの! 死ぬ覚悟でいる私のことを蹴飛ばしたんだから、今更そんな甘い考えは通用しない! そんな直人君は殺人者だよ。直人君、あなたの目の前で1人、死ぬことになる。あなたの決断によってね!』

「昨日も言いましたが、そんなつもりで僕は咲さんを選んだんじゃない!」

『そんなのあなたに都合のいい言い訳じゃない! 私にとっては死ねと言われたのと一緒なんだから!』


 紅林先輩にとって、理由なんて関係ないんだ。直人先輩が広瀬先輩を選んだという一点がどうしても気に食わなくて、許せない。だから、直人先輩と広瀬先輩に復讐しようとしているんだ。直人先輩がどんな決断をしても絶対に苦しむ方法で。


『午後6時。金崎高校の屋上で待ってるわ。そこで、あなたの答えを聞かせて。どちらを自分の彼女にするのか。どちらを死なせるのか』


 そう言って、向こう側から通話を切った。

 直人は無言のまま立ち尽くしていた。


「直人先輩……」

「……卑怯だよ、紅林さんは。こんな方法で直人や広瀬さんを苦しめるなんて」

「ええ……本当に酷いです」


 今でさえも直人先輩はとても苦しんでいるのに、これから更に苦しむような出来事が起ころうとしている。これが現実にあることなのか。あっていいことなのかと思う。今の状況が夢であって欲しいと願った。


「僕のせいだ。咲さんを危険な目に遭わせてしまうなんて。誰か1人が必ず亡くなってしまう状況を作ってしまうなんて。僕はもう殺人者です」

「そんなことないです! 先輩は自分の気持ちに正直になって、それを紅林先輩に伝えただけなんですから! 先輩は何も悪くありません!」

「彩花ちゃんの言うとおりだよ。それに、今はまだ2人とも生きている。それなら、直人が決断しても2人とも生きている未来が歩める可能性だって残ってる!」

「彩花さん、渚さん……」


 目を潤ませた直人先輩は静かに頷き、涙を拭った。

 そうだ、今はまだ広瀬先輩も紅林先輩も生きている。それなら、2人とも生きる未来を切り開けるかもしれない。その可能性は僅かしかないかもしれないけれど、私達の手で掴まなきゃいけないんだ。


「直人、私達も一緒に金崎高校に行くよ」

「みんなで2人を救いましょう」

「……ありがとうございます」


 直人先輩は律儀に頭を深く下げた。そんなことしなくてもいいのに。

 体育館の時計を見ると既に午後5時を過ぎていた。金崎高校へ行くまでにかかる時間を考えると、そろそろここを出発しないと間に合わない。

 広瀬先輩と紅林先輩のどちらと付き合うか。これは二者択一だ。でも、どちらを死なせるかの選択肢は2つに限らない。2人とも死なせないことも立派な選択肢のはず。


 運命の瞬間は刻一刻と迫っているのであった。

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