第21話『ラヴナイト-後編-』

 午後9時。

 自然な流れで直人と一緒に自分の部屋に戻ったけれど、これからどうやって過ごそう。お風呂で口づけしたし、体も洗ったし……何をするにしても直人のことを意識しちゃいそうで。ただ、何もしていなくても、直人と同じシャンプーとボディーソープの香りが自然としてくるのでドキドキしちゃうけれど。

 あたしと直人はベッドの側に隣同士で座っている。彼は手を私の手にそっと重ねている。


「お風呂、気持ち良かったですね」

「うん」

「でも、咲さんと一緒でしたからずっとドキドキしていました。咲さん、とてもお綺麗でしたから」

「そんな風に言わないでよ。恥ずかしいじゃない」


 恥ずかしいことも本当だけれど、ドキドキしてくれていたことが凄く嬉しい。あたしの体を見て綺麗だって言ってくれたことも。

「……あううっ」

 あたしだって、お風呂に入り始めたときから今までずっとドキドキしている。もちろん、直人の体を見たからでもあって。彼に抱かれて、彼と密着して凄くドキドキして。ずっとこの時間が続いたらいいのになと思ったほど。


「ねえ、直人」

「何ですか?」

「ええと……な、何でもない。ごめん、呼んでみたかっただけ」

「ははっ、そうですか。可愛いですね」


 直人はそう言って笑うと、あたしの頭を優しく撫でてくれる。何なの、この幸せすぎる時間。

 やっぱり……訊けない。訊けるわけがない。あたしと抱き合ったとき、凄くドキドキしたかなんて。とても恥ずかしくて。

「咲さん」

 あたしがそんなことを考えていると、直人はあたしの名前を呼び、手招きをする。

「どうしたの? 直人」

「ここ座ってください」

 脚を広げた直人はそっとあたしの手を引いて、あたしを直人の脚の間に座らせた。すると、後ろから優しく抱きしめてくれる。


「お風呂で咲さんのことを抱きしめたとき、凄くドキドキしたんですけど、とても落ち着いた自分もいて。矛盾しているように聞こえますけど。きっと、咲さんとずっとこうしていたいなって思ったからでしょうね」


 直人も同じことを思ってくれていたんだ。嬉しいな。また、今の言葉でドキドキが増しちゃった。


「でも、お風呂のときは向かい合っていたじゃない。どうして後ろから?」

「こうしている方が咲さんのことを包み込めるような気がして。こうすれば、僕が咲さんのことを守ることができそうな気がしたからです」

「直人……」


 直人が後ろから抱きしめてくれただけでも、彼に包まれているような感じがしたのに、あたしはいつの間にか、心までも彼に包まれていたんだ。優しさという感情に。


「直人、ありがとう。あたしも直人のことを守るから。記憶を失って辛いことがあるかもしれないけれど、あたしが直人のことを幸せにするから」


 記憶を失っていても直人はあたしに笑顔で接してくれて。あたしのことを安心させてくれる。そんな直人のことを今度はあたしが笑顔にしたいし、安心させたい。

「……ありがとうございます」

 そう言うと、あたしを抱きしめる強さが増した。そのことで直人とより密着する。

 それから、少しの間、お互いに言葉が出なくなった。けれど、そんな無言の時間さえも幸せに感じる。

 いや、無言じゃないか。直人の心臓の鼓動が背中から伝わってくる。その鼓動はあたしの鼓動と重なることもあって。彼と同じ気持ちのような気がして胸が高鳴った。


「ねえ、直人」

「何ですか?」

「マッサージしてくれるかな。練習で疲れが溜まっていたから」


 本当は直人と厭らしいこととかをしてみたかったけれど、そんなことを言える勇気は今のあたしにはまだなくて。

 でも、疲れが溜まっていたからマッサージをしてほしいのは本当。インターハイに向けての練習はキツくて、リフレッシュしたいときだった。


「咲さん、インターハイに向けて練習を頑張っているんですもんね。分かりました。今は体勢ですから、まずは肩から始めましょうか」

「うん、お願いします」

「何かあったら遠慮なく言ってくださいね」

「分かったわ」

「じゃあ、始めますね」


 そう言うと、すぐに直人の手で肩を揉まれる。直人の指がいい具合に凝っていた部分を刺激してくれて、

「んっ」

 思わず変な声が漏れてしまって恥ずかしい。


「大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫だよ。凄く気持ち良かったから、つい……」

「そうですか。分かりました。凄く可愛い声でしたよ」

「もう、こっちはそれが恥ずかしいと思ってるのに……」


 でも、可愛いと言われたから、嬉しい想いも実はあって。

 その後も直人のマッサージは続いていく。

 可愛いと言ってくれたけれど、それでも直人に変な声を聞かれたくなかったから、両手で口を押さえる。それでも気持ちが良すぎて声が出てしまう。


「咲さん、可愛いですね」

「……だから、そういうことを耳元で囁かないでよ。恥ずかしいじゃないの、もう」


 それに、話しかけられて耳がくすぐったいし。本当に直人はあたしの体も心も気持ち良くさせるのが上手なんだから。


「今度は背中と脚をマッサージしてもらってもいい?」

「もちろんです」


 あたしはベッドの上でうつ伏せの状態になった。

 背中から脚にかけて直人に揉まれる。肩のときと同じようにとても気持ちいい。直人、絶対に吉岡さんにマッサージをしていたと思う。そうじゃなかったら、この絶妙な強さでマッサージなんてできない。

 気持ちいい。直人からこんなに気持ちいいことをされ続けていたら、色々なものが体から溢れ出てきちゃいそう。


「直人、気持ちいい……」

「そうですか。それは良かったです。何かあれば、遠慮なく言ってください」

「じゃ、じゃあ……」


 あたしはゆっくりと仰向けの体勢になって、


「……心のマッサージをして。あたしを気持ち良く……させて」


 いつまでも直人に背を向けたままのマッサージじゃ我慢できなくて。楓が言うように直人とイチャイチャしたくて。


「……分かりました。それは僕にとっても心のマッサージになるかもしれませんね」


 笑顔でそう言うと、直人はゆっくりとあたしに顔を近づけて、そっと口づけをする。

 あたしは直人を受け止めるように、彼のことを抱きしめる。

 お風呂のときの口づけよりも気持ちのいい口づけをしたかったから、あたしの方から直人の舌に絡ませていく。厭らしいけれど、心地よい情熱的な音を2人で掻き鳴らして。

 気付けば、唇がちょっと湿っていた。それは直人の唇も同じだった。

 これ以上にお互いを求める行為をあたしは知っているけれど、今のあたしには口づけだけで満足だった。それよりも先の行為をしたい気持ちもあったけれど、それをした後にどうなってしまうのかが怖いと思う自分もいて。


「……今日はこのくらいで満足だよ、直人。凄く気持ち良かったから」

「咲さんにそう言ってもらえて良かったです。僕も……同じです」

「……良かった」


 直人の満足していそうな表情を見て、ちょっとほっとした。

 気持ちを確かめ合うように、直人と唇を重ねる。


「明日はお休みだから遅くまで起きていてもいいけれど、どうする? あたしはどっちでもいいけれど」

「実は久しぶりに学校に行ったせいか、何だか疲れてしまいまして。段々と眠気がきているんですよね。もっと、咲さんとお話ししたり、今みたいに口づけしたりしたいなって思っているんですけどね」


 直人ははにかみながら言う。


「あははっ、そっか。眠いときにしっかりと寝た方が体にもいいよ。じゃあ、今日はもう寝よっか。もちろん、一緒に」

「そうですね。では、一緒に寝ましょうか」

「うん!」


 直人と一緒に寝ることができるなんて。そのことに興奮して少しあった眠気が吹き飛んじゃったけれど。

 午後10時前には部屋の電気を消して、直人とあたしはベッドに入った。

 枕を2つ並べて、お互いを見合う体勢に。セミダブルのベッドなので、直人と一緒だとどこかは当たってしまう。相手が直人なので、それがむしろ良かったりする。

 ベッドに備わっているライトだけが点いている状態だけれど、そんな中で見える直人の顔はやっぱりかっこよかった。


「どうしたんですか、僕のことをそんなに見つめて」

「……直人がとてもかっこいいなって思っただけ」

「僕も咲さんがとても可愛らしく見えます。そして、艶めかしくも見える。本当に素敵な女の子が彼女さんなんだなと思いました」

「あたしも直人が本当に素敵だなって思っているよ」


 記憶が失っていても、優しくて、笑顔が眩しくて。いつまでも直人の彼女として側にいたいと思う。

 ただ、そんな直人を前にしてもやっぱり……直人の記憶が元に戻って、以前の直人と付き合いたい気持ちがある。

 もし、記憶を失う以前の直人と付き合っていたら、どんな風になっていたんだろう。あたしの家に泊まって、あたしと一緒にお風呂に入って、マッサージをして、普通よりもちょっと大人な口づけをしてくれたのかな。きっと、してくれるとは思うけれど、そのときの気持ちを表情にはあまり出さないかもしれない。


「咲さん、僕と一緒で暑くはないですか?」

「大丈夫よ」


 きっと、こういう優しいところは絶対に変わらないと思う。あたしはそこに惚れて、3年間も好意を抱き続けたんだけれど。だからこそ、今……こうしていられることがとても嬉しい。

 いつかは、直人と口づけよりも先のことをしたいな。直人のことをもっと求めたいし、求められたいから。直人とはもっと……繋がっていたいから。


「じゃあ、寝よっか」

「そうですね。じゃあ、おやすみなさい」

「うん、おやすみ」


 ベッドのライトを消す前に、あたしは直人にそっと口づけをした。唇を離すと直人は微笑みながらゆっくりと目を閉じた。

 ライトを消してあたしも目を閉じ、すぐに眠りに落ちてゆくのであった。

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