第21話『赤面だった理由』

 5月5日、日曜日。

 旅行に行っても唯の夢を見てしまうんだな。昨日の夢もそうだったけど、あまりにもリアルだったので、まるで当時を回顧しているようだった。

 部屋の中は薄暗く、壁に掛かっていた時計を見ると、現在の時刻は午前5時半。旅行に来ると、なぜかいつもより早く目が覚めてしまう。


「んっ……」


 左側で色っぽい声が聞こえたので彩花なのかと思って見てみると、意外なことに美月が俺に寄り添って寝ていた。ちゃんと寄り添っているということは、夜中に目が覚めて、俺の横に来て寝たのだろうか。

 そうなると、1つの疑問が浮かぶ。彩花はどこで寝ているのか?

 美月の横に彩花の姿はない。

 残るはただ1つ。渚の方だ。

 美月を起こさないように、ゆっくりと体を起こし、渚の方を見る。すると、彩花と渚が寄り添い、気持ち良さそうに眠っている。彩花が俺の体を乗り越え、渚の方に行った可能性は高そうだ。

 というか、眠っている間に体が動いたせいなのか、3人とも浴衣が結構はだけてしまっている。これでは風邪を引いてしまう。

 まずは美月にふとんを掛け、次に彩花と渚にふとんを掛けようとしたときだった。


「直人先輩……」

「うん、どうした……えっ」


 彩花が寝言で俺の名前を言うと、まるでその言葉に答えるかのように、渚が彩花のことを抱きしめているのだ。その光景を見て、思わず声が出てしまった。


「直人……」


 渚がそう呟いた次の瞬間、彼女は彩花に向かってキスし始めた。


「直人先輩、好きです……んあっ」

「直人! 直人……!」


 俺の名前を口にし、1枚のふとんの上で彩花と渚が激しく求め合っているではありませんか。昨晩、彩花と渚が俺にしてくれたキスなんて比べものにならないくらいに激しい。2人の寝言からして、それぞれ夢の中で俺とキスをしているのかな。

 もして、昨日……旅館に向かう車中で2人に距離があったのは、昨日の朝も今と同じようなことが起こっていたからなのかな。それなら、互いに目を合わせようとしなかったことや、目が合うと思わず顔を赤くしてしまったことにも納得する。目が覚めたとき、互いにライバルとキスしていたことに気付き、驚いたんだろうな。


「直人、普段よりも唇が柔らかいんだね……」


 それは彩花の唇だからだよ。


「直人先輩……今日はキスすると声を出すんですね。いつもはそんなことないのに」


 それは渚とキスしているからだよ。

 それぞれがそんな寝言を言うと、彩花と渚はキス再開。夢の中ではお互いに俺とキスしているんだから虚しく見えてくる。

 万が一のことを考えて、美月を2人から十分に距離を置いたところまで運ぶ。


「さてと、2人はどうするべきか……」


 彩花と渚は体をすり寄せているので、浴衣がさらにはだけていく。密着して暑そうだから、ふとんをかけても、すぐにはいでしまうかもしれない。あと、ふとんをかける際に2人の激しいキスに巻き込まれる危険がある。


「直人先輩……」

「直人……」


 とても甘い声で2人が俺の名前を言ってくる。それは夢の中の俺に対してだろうけど。

 俺は細心の注意を払いながら、彩花と渚にふとんをかける。それでも2人のキスは続いている。現実の俺はゆっくりと寝かせているけど、夢の中での俺は2人を寝かせるつもりはないのかね。


「大浴場にでも行くか」


 朝になると男女が入れ替わって、昨晩とは違う風呂に入れるのだ。この部屋にいても気まずいだけだし、気分転換に行ってみるか。


『AM5:35 大浴場に行ってくる。 直人』


 このメモをテーブルの上に置いておけば大丈夫かな。

 俺はカードキーとバスタオルを持って静かに部屋を出た。

 何というか、朝から凄い光景を見てしまった。あの様子だと、きっと今日も2人は気まずい状況になってしまうだろう。2人に訊かれても、何も見なかったと言っておこう。きっとそれがいい。

 あとは、美月が早く起きてしまい、あの光景を見ないことを願うのみだ。

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