第11話『同窓会-④-』

 どうやら、俺の考えは違っていたらしい。

 俺が食事を楽しみ出しても、場の空気はどんよりとしたままだ。もしかしたら、みんなはこの同窓会の終わりに俺に謝るつもりで、こうなってしまうのが予想外のことだったのかもしれない。

 そして、甘く考えていたのだろう。謝れば俺が許してくれると。それからは、平和に同窓会が進んでいくと。だからこそ、今のこの状況に戸惑い、何もできないのかもしれない。俺が許すことも許さないこともしなかったから。


「……ごめんなさいね。こんな空気にしちゃって」


 沈黙を破ったのは北川だった。彼女は申し訳なさそうにしつつも、少しでもこの空気を良くするためなのか笑みを作っている。


「別にいいさ。それに、俺も自分のしたいことをさせてもらったから。北川達は怒号を飛ばした奴に何てことをしてくれたんだって思っているかもしれないけど、俺にとっては好都合だった」

「でも、彼のせいで気分が悪くならなかったの?」

「悪くなったに決まってる。まあ、それでも当時言えなかったことを言えたから、少しは気持ちが軽くなったかな。ちょっと過激だったと思うけれど」

「ちょっとどころじゃないわ。かなりよ」

「……そうだろうな」


 自殺とか殺人者とか言ったら、過激に思われても仕方がない。それでも、ちょっとだけだと思っていられるのは、2年前の経験があるからだろう。

 今一度、俺は部屋の中を見渡す。


「彼ら、いい表情をしていますね。俺が再び登校し始めたときには、こんな表情なんて全然見せなかったですよ」

「藍沢君の言うとおり、教師としてあんな過激な言い方はできないからね。それではやっぱり限界があったみたい。私は藍沢君の言うことが真理だと思うわ」

「当事者だからこそ言えることもありますからね。俺は別に浅水先生を責めているわけではありませんから。それに、美緒、笠間、北川、佐藤のように俺のことを支えてくれた生徒がいたことも知っています。もちろん、先生が真剣にクラスに向き合ったことも。だから、俺は復帰することができたんですよ。先生、ありがとうございます。みんなもありがとう」


 当時、俺のことを一切非難せずに支えてくれた人達に感謝の気持ちを伝えること。これは同窓会で絶対にやりたかったことだった。俺が不登校から脱したときには、まだまだ不安の中にいたからお礼を言う余裕もなく、卒業するまでに一度も言うことができなかった。

 俺がお礼を言うと、俺のことを囲む美緒、笠間、北川、佐藤、浅水先生はやんわりとした笑みを浮かべた。


「……藍沢がこの場でそう言ってくれるのがせめてもの救いだな」


 ぼそっ、と佐藤がそう言った。


「ねえねえ、なおくん」

「ん? なんだ?」

「どうして、なおくんは月原市の高校に進学したの?」


 美緒は純粋に分からなそうな表情をして俺にそんなことを訊いてくる。そのことで肩の力が抜ける。


「唐突に訊いてくるね。あれ、前に言ったことなかったっけ」

「ないよ」

「そうだったか。まあ、将来は東京の大学に行こうと思っていたし、俺の通う月原高校だと推薦枠も多いからな。実際に名だたる大学への進学率も高いし。あとは特待生制度があって授業料が免除になるとか、寮があるとか」

「へぇ、なおくんちゃんとそこまで考えてたんだ」


 本気で感心されてしまうと何とも言えないんだけれど。あれ、高校進学の段階でここまで考えるのっておかしいのか?


「先生は覚えてるよ。しっかりと考えてるからすぐにOKを出したっけ」

「全然反対しませんでしたよね」


 両親にもその考えを言ったら反対どころか、むしろ特待生関係なく頑張れと応援されたくらいだ。まあ、唯一嫌そうな顔をされたのは美月くらいだけど。あれはきっと、俺が実家からいなくなって寂しくなるからだろう。実際は違うかもしれないけど、可愛い妹を持つ兄としてそう思わせてくれ。


「じゃあ、どうして美緒は洲崎高校に行こうと思ったんだよ」

「う~ん、公立だし、近いし、大学や専門学校への進学率もまあまあだったからかなぁ」

「大抵の子はそんな感じだったよ。特に洲崎高校に受験しようとしていた子はね。藍沢君が神々しく見えるくらいだったんだから」


 大げさな。

 でも、実際に洲崎高校は公立だし、近いし、大学や専門学校への進学率もそれなりに高い。この町に住んでいると、高校進学時に上京するっていう方がまれなのだろう。別に、洲崎高校に通っていても、勉強のやり方次第で東京にある大学のどこかに合格する実力はつけられるだろうし。


「でも、月原に行って良かったじゃないか。楽しくやっているみたいだから。ましてや、後輩の女の子と一緒に住むなんてさ」

「さっきも言っただろ。それには複雑な事情があるって。だけど、今日連れてきた2人がいて良かったと思ってるよ」


 彩花や渚との今の状況に悩んでいるのもあるけれど、2人がいなかった方がいいとは思ったことは一度もない。2人は俺の心を支えてくれている。だから、さっきのようなことも普通にできたのかもしれない。


「しかし、藍沢がいないと張り合いがないよ。洲崎の剣道部には藍沢よりも強い奴が全然いないからさ」


 笠間は少し寂しそうにそう言った。

 中学のときは剣道に限ってはこいつと張り合っていたからな。試合形式で何度もやっているけど、勝ち負けの差はほぼなかったと思う。でも、今戦ったらきっと負けるだろうな。


「だから、この間の新人戦ではいいところまで行かなかったんじゃないか?」

「剣道には色々とあるんだよ。ただ、前に向かって泳げばいいお前とは違うんだ」

「ははっ、確かにそうだな」


 笠間と佐藤は笑い合いながら喋っていた。何だかこういう光景、中3の時に幾度となく見た気がする。

 俺も高校で剣道をやっていたら、何かの大会で笠間と戦っていたかもしれないな。それは全国大会になるだろうけど、笠間なら絶対に出場できる実力があるし。


「藍沢君は今、剣道をやっているのかしら?」

「……いや、やってないよ」

「そう。まあ、3年生のときに色々あったものね。それに、一緒に住んでいる女の子もいるからどこにも部活に入る気がなかったりして」


 北川は俺をからかうような笑みを見せる。意外と可愛らしい。

 よく考えると、彩花は授業が終わって俺が真っ直ぐ家に帰ると喜ぶし、渚は女子バスケ部の練習を手伝うと嬉しそうだし……2人は俺が部活に入らなくて良かったと思ってそう。


「話を聞いていると藍沢君、月原高校で楽しい高校生活を送れているようで良かったよ。あのときはすぐにOKを出したけど、いざ洲崎を離れると思うと心配で」

「俺の場合は中学のときに色々ありましたからね。ご心配をお掛けしました」

「ううん、いいよ。さっきの凛とした態度で大丈夫だって分かったし」

「……そうですか」


 大半の生徒は地元の高校に通うからこそ、俺のような生徒が心配になってしまうのだろう。俺も浅水先生の立場だったら時々、気にかけると思う。

 気付けば周りの空気も元に戻りつつあった。俺がそれまでと変わりなく話していたからだろうか。どんよりとした空気のままよりよっぽどいい。

 今日参加した生徒のうち、俺だけが上京したこともあって、その後も色々と月原高校でのことを訊かれた。みんな、本当に他の生徒のことに興味がないんだなぁ。特に浅水先生。

 話しすぎたからか、たった1日で4日分の体力を使い果たしてしまった感じ。明日からの旅行が行けるかどうか不安になるほど。

 時間はあっという間に過ぎていき、同窓会も最終的には楽しく終わったのであった。

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