第10話『同窓会-③-』

 1つの怒号がこの場の空気を壊してゆく。そして、この瞬間、本能的に雰囲気が2年前に戻っているように感じた。

 俺と怒号を発した男子との間に自然と道ができる。男子生徒は俺のことを蔑むように笑いながら睨み付けていた。そいつの非難の仕方は五本指に入るほどの酷いものだった。


「柴崎が死んだことを何とも思ってねえから、他の女を連れて帰れるんじゃねーの!」


 この畳み掛ける声と苦み潰した表情。

 2年前のことが身体的にも精神的にも蘇る。急に、周りにいる全員が俺の敵のように見えてしまう。まるで、俺のことをあの岬から突き落とそうばかりに。


「お前は柴崎のことで後ろめたいから、高校進学を機にこの町から逃げたんだ。のこのこと帰ってきやがって。そんなお前が気に入らねえんだよ!」


 俺が不登校の間に唯のことは沈静化したと思っていた。実際に俺が不登校を脱してから責められることは一切なくなったから。

 でも、実際には人の心なんてそう変えられないのか。腹の底では唯が死んでしまったことを悲しんでいて、俺が唯を死に追いやったと憎しみ続けていたんだ。

 2年の時を経て、この同窓会を機にその想いが再び表に出てしまった。そういうことなのだろう。きっと、浅水先生がさっき唯の名前を出してしまったことが、彼にとっての怒りを膨らませる引き金になってしまったんだと思う。


「まだ柴崎のことで藍沢を責めるのかよ!」


 笠間は立ち上がって怒号を発した男子に反論する。


「藍沢が月原から女子を連れてくることの何が悪いんだ! それに藍沢が月原市の高校に進学したことだって――」

「笠間、ありがとう。そのくらいでいい」

「だけど、藍沢――」

「今の俺は、2年前の俺とは違うよ」


 あのときは何も言えなかったけれど。今なら、こういう人間に対してどうすればいいのか分かっている。

 それに、洲崎町に帰ってきて、今回の同窓会の状況によってはやっておきたいことがあった。今、それをするいい機会が巡ってきたんだ。

 俺はゆっくりと立ち上がって、怒号を発した男子のところまで行く。


「明日、俺が灯岬から飛び降り自殺をしたとしよう」


 俺がそう言うと周りはざわめく。


「藍沢君、何を言い出すの」

「あなたは黙っていてくれませんか、浅水先生。どうやら、あなたの教育では彼のような人間は心変わりしなかったようです。口を挟まないでください」


 決して浅水先生が悪いわけではないし、恨んでもいない。ただ、こういう神経のひん曲がった人間には俺が直接言った方がいいと思っただけだ。教師という立場から過激なことは到底言えないだろうけど、同級生ならそれができる。


「お前に自殺なんてできるわけが――」

「例え話だよ。俺が自殺をしたらきっと、みんなはこう思うだろう。2年も経ったのにこの同窓会で唯が死んだことを責めたからだって。それでお前が非難されるんだ」


 俺がそう言っても男子はせせら笑う。


「実際にそうなのかどうか分からないのに、そんなことするわけないだろ」

「いいや、ここにいるほとんどの人間はお前を非難するだろうな。だって、2年前、俺が唯を追い詰めたかどうか分からないのに俺のことを非難したんだから。今だから話すけど、本気で自殺も考えたんだ。唯が死んだ灯岬で」


 実際には事故なのか自殺なのか分からない。でも、周りから俺が殺したんだと非難され続けたことによって、唯は自殺したんだと俺の中で決定づけてしまった。責任を取って死ぬべきなのか。そう考えたほどだ。言葉にはそういう恐ろしさが詰まっているんだ。


「別に俺は唯が亡くなったのが俺のせいじゃないとは言っていない。唯が本当に俺のせいで自殺したなら、それを受け入れるつもりだよ。その覚悟を持ってまた学校に通い始めたんだよ。たとえ、殺人者って言われても」


 ただし、それは生きて償うつもりだ。自殺は究極の償い方かもしれないけれど、生きると死ぬとでは全く違うと思っている。自殺するというのは逃げていることと一緒だ。


「お前は『殺人者』になる覚悟があるんですか?」


 それは2年前に俺を非難した全ての人間に言いたかった言葉だった。過激な表現だけどこのくらい言わないと彼等には通じないと思っている。


「命の尊さ、言葉の重さ、死の儚さ……そんなことが全然分かってないから唯が死んだことを利用して俺を非難できるんだ! 俺は唯が死んだことを知ったとき、俺が唯のことを振ったからそのことで自殺をしたんじゃないかって思った。それがどれだけ苦しくて、辛くて。今日、墓参りに行くまで唯に会いに行くことができなかった」


 唯の死が俺の心にとても重くのし掛かった。たとえ、事故であっても、自殺であっても。唯が亡くなる直前に彼女を振るという形で、彼女の心を傷つけてしまったことは事実なのだから。

 死の重さ、虚しさ、悲しさが痛いほどに分かっていたから、1週間ほど前に彩花が浅沼に殺されるかもしれないと思ったとき、あそこまで取り乱したんだ。何が何でも彩花の命を守らなきゃ、と思って。


「お前達は殺人者を排除することが正義だとか思って俺を非難したのかもしれない。けれど、それは何にも正しくないんだよ。むしろ、自分も殺人者になり得ることだったということを2年経った今日、俺から伝えておく。……じゃあ、もう1回訊こうか。お前は殺人者になって、人の死に真っ直ぐ向き合う覚悟はあるんですか? ……答えろ。さっさと答えろよ!」


 俺がそう言ったときには、怒号を発した男子の表情は青ざめてしまっていた。さっきの面影は全く残っていない。2年前も、今日も……どうせ何も考えずに非難していたことが丸わかりだ。もちろん、覚悟があれば殺人者になっていいわけではない。どんな形であっても、絶対に人を死に追いやってはいけないんだ。


「この言葉を言ったら、言われた人間はどう思うのか。よく考えてから言うべきだ。それは俺を非難した全員に言えることだ」


 どうやら、段々と分かってきたみたいだな。2年前、俺に対してどれだけ酷いことをしてきたのか。俺を非難した生徒の表情が深刻そうになっている。それは2年前に不登校から脱した際にはほとんど見られなかった光景だった。


「……藍沢」

「なんだ、佐藤」

「……こういう状況ではとても言いにくいが、今日の同窓会……藍沢が参加するってことが分かってから、お前に謝りたいって言ってくる奴が多くいてさ。それで、この場でお前に謝る予定になってたんだ」

「まあ、そこの彼のように賛同できなかった人もいたみたいだけれどね。でも、あなたを非難していたほとんどの人はあなたに謝りたい気持ちがある。それを知っておいてくれるかしら」


 佐藤と北川がそう言うと、憔悴しきった怒号を発した男子以外全てが真剣な表情で俺のことを見ている。俺のことを一切非難していない生徒も、浅水先生も含めて。


『ごめんなさい』


 頭を深々と下げ、声を揃えて俺は謝られた。

 あの辛さや苦しさ。不登校になってしまった日々。それらを一言の詫びで帳消しにできるわけがない。いや、非難をした時点で一生拭いきれないのだ。

 それでも、償いの気持ちを彼らは言葉にして伝えたかったのだろう。非難した人間はもちろんのこと、非難しなかった人間も、担任だった浅水先生も……それぞれが持っている俺への罪悪感があって。

 我が儘なことを考えるなら、俺に対する罪悪感があるなら……苦しかったあの日々を返してほしい。そして、少しでも心穏やかに過ごさせてほしい。だけど、そんなことができるわけがない。時間というのは本当に残酷だ。どんな人間に対しても等しく流れてしまうのだから。


「謝って済まされることじゃないんだ。それだけは覚えておいてくれ」


 自分のしてしまったことの重さ。長い時間をかけて分かっていけばいいんじゃないだろうか。そして、あの時のようなことを二度としなければ。それでいいと思っている。それを絶対に彼らの前で口にしないし、許すつもりは全くない。

 ああ、色々と話したら腹が減った。

 自分の席に戻って大好物の茶碗蒸しを食べ始めるけれど、茶碗蒸しはすっかりと冷めてしまっていた。味気ない。

 俺に謝ったらこの場の空気がどうなるのか。そのくらいは分かっているはずだ。同窓会は楽しむものだろう。楽しかったと思えるような同窓会にするにはどうすべきなのか。俺に謝る予定だったのなら、もちろんその方法はあるはずだろう? これから何があるのかな。俺はもう普段通りに接するつもりだ。

 とりあえず、俺は目の前にある料理に興じるとしましょうか。

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