第8話『同窓会-①-』

 午後5時50分。

 俺と笠間は同窓会の会場である地元の料亭に到着した。料亭ではあるが、洲崎で採れたものを使った和風料理をお手軽な値段で食べられる。

 集合時間10分前ということもあって、既に20人ほど集まっており、賑わっている。想像したよりも中学卒業から変わっていない。美月の成長ぶりを最初に見たから1年間って相当な時間だと思っていたんだけど、意外とそうではないのかも。


「おお! 藍沢! 久しぶりだな!」


 俺に向かって手を振るのは委員長だった佐藤拓海さとうたくみ。今回の同窓会の幹事を務めており、今は美緒や笠間と同じ地元の洲崎高校に通っている。トレードマークの坊主頭は今でも健在。中学のときよりも、さらにがっちりとした体型になっているような。中学時代は水泳部だったけど、おそらく今も続けているのだろう。


「ひさしぶり、佐藤。水泳は変わらずやってるのか?」

「当たり前だ。水泳で青春を駆け抜けるつもりだからな」

「そうか」


 彼らしくて安心した。

 佐藤は俺が非難を浴びているとき、唯一と言っていいほど、堂々と俺の味方をしてくれたクラスメイトだった。委員長で人格者の彼の言葉のおかげで、非難も少し和らいだ記憶がある。俺が不登校から脱出したとき、温かく迎えてくれた1人だ。


「ここに集まっているのはみんなここに住んでいて、高校もほとんどが洲崎高校なんだ。だから、藍沢に会えてようやくひさしぶりの再会って感じがする。同窓会らしくなってきたぞ」

「俺みたいに高校で上京する生徒は珍しいもんな」


 公立志望者は洲崎高校がほとんどで、私立志望者も実家から行ける高校へ進学する人が大半。俺みたいに高校進学を機に上京する生徒は珍しかった。佐藤の言うとおり、同窓会という名目だけど、あまり同窓会っぽくないのかも。

 といっても、上京した俺にとっては既に同窓会気分になり始めているけど。


「それにしても驚いたぞ。藍沢、月原の高校から女の子を2人連れてくるとは」

「それってやっぱり美緒から?」

「ああ、そうだ。あとは北川からもそういうメールが来たな」


 北川……ああ、クラス副委員長の北川楓きたがわかえでか。クラスの女子の中で最も真面目だった奴だ。彼女も洲崎高校に通っている。


「あら、私の名前が聞こえた気がしたのだけれど。あっ、藍沢君。ひさしぶりね」

「ひさしぶり、北川」


 うん、変わってない。メガネをかけていることも黒髪のロングヘアも。ただ、1年の間で元々大人っぽかった雰囲気がさらに増している。

 2年前、北川は何も声を上げなかったけれど、決して俺の非難もしなかった。彼女も俺が再び登校し始めてから、すぐに普段通り接してくれた1人だった。


「落ち着いてクールだったあなたが、まさか女の子を2人連れて帰ってくるなんてね。美緒からのメールでそれを知ったときとても驚いたわ。思わず、衝動的に佐藤君へメールを送ってしまったわ」

「……俺って、そんなに女子を嫌っているように見えたのか?」

「ええ。てっきり、美緒と付き合うと思ってたわ」


 笠間だけではなく北川までそう言うとは。もしかしたら、美緒と付き合うんじゃないかっていう思い込みがあるからこそ、彩花と渚を連れて帰ってきたことに衝撃を受けたのかもしれない。


「でも、小説のいいネタになるかもしれない。大好きな幼なじみが帰省してきたけれど、彼は2人の女子を連れていた……ありかも」

「ん? 北川って小説を書いているのか?」

「ええ。高校では文芸部に入っていて。定期的に文芸誌を発行しているのよ」


 彩花と渚を連れてきたのがいいネタになると言われると、今まで書いた小説も身の回りの人間模様が元ネタな気がしてくる。けれど、


「ちょっと読んでみたいな」

「えっ?」


 読みたいと言ったのが意外だったのか、北川ははっとした表情になり、俺のことを見てくる。ちょっと恥ずかしいのか頬を赤くして。こういう表情は見たことがなかったな。


「家に余りがいくつかあったはずだから、藍沢君が帰るまでに渡すわ」

「ありがとう。楽しみにしているよ」


 そういえば、中学時代……北側は教室で本を読んでいることが多かったな。高校生になり、読んでいるだけでは満足できなくなったのかな。

 みんな、高校生になっても、自分の好きなことを頑張っているんだな。何だか自分がだらけている気がしてきた。


「あっ、なおくん」


 美緒が俺の名前を呼ぶと、俺のすぐ側までやってくる。ちょっと顔が赤い。


「用事は終わったのか?」

「うん。それで、急いでここまで走ってきたんだ……」


 それで顔が赤くなっているのか。


「やっぱり、藍沢君と美緒が並ぶ光景を見ていると落ち着くのよね。これがずっと続くと思っていたのだけれど……」

「えっ? 何の話? 楓ちゃん」

「藍沢君には美緒が最もお似合いだと思っただけよ」

「それはきっと、なおくんと幼なじみだからだよ。きっと、誰よりも一番長く付き合っているんじゃないかな? そんななおくんだって、今回みたいに高校の女の子を連れてくることもあるよ」


 いつもの優しい笑顔を浮かべながら美緒はそう言う。

 幼なじみだからか。俺もそれが一番の理由だと思っている。


「そういう楓ちゃんは、佐藤君といいコンビって感じがするよ。今のクラスでも佐藤君が委員長で楓ちゃんが副委員長なんだよ、なおくん」

「へえ、そうなのか」


 俺にとっては、佐藤と北川は委員長副委員長コンビだから。それが今でも続いていることに安心感がある。

 気付けば、さっきよりも人が集まっていた。その中にはお世話になった女性の担任もいて、今は女子達をひさしぶりの再会を喜び合っていた。俺も後で挨拶しに行こう。


「結構集まったな。参加者がいるかどうか確認してくる。男子は俺がやるから、北川は女子の方をやってくれないか? これが参加者リストなんだけど」

「分かったわ」


 2人のやりとりを見ていると懐かしい気分になるな。中学のときも、佐藤と北川が上手くクラスをまとめてくれていた。高校でも今のようにコンビ力を発揮しているに違いない。


「違う学校でも、放課後とか休日に見かける奴らばかりだ。ひさしぶりっていうのはお前くらいだな」


 俺の側で笠間はそう呟いた。


「笠間君の言うとおりだね。今も同じクラスの子もここに何人もいるもんね」

「ああ。そうでなくても隣のクラスとか」

「そうそう。だから、不思議な感じがするよ。なおくんぐらいしかひさしぶりって感じがしないのは」

「そうか」


 ここのような地方の町だと、実家から通うのであれば、進学する高校の選択肢は少ない。だから、進学しても中学までの雰囲気が色濃く残るのだろう。特に公立の洲崎高校に進学した生徒にとっては。

 そういうことを考えると、俺だけ他のみんなと距離があるように感じた。それは、2年前に唯のことで非難を浴びたときとどこか似ていた。

 程なくして、参加者が全員集まったことが確認できたので、俺達は同窓会の会場に入るのであった。

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