第13話『二人寄り添い』

 渚が教室を出る度に彼女の側にいるようにしている。けれど、渚は朝練のときからずっと不機嫌のまま。本当に何かしてしまったのかな。

 理由が分からないまま、午前の授業が終わって昼休みの時間に。

 いつもは彩花が迎えに来て教室とは別の場所で昼飯を食べるんだけれど、今日は違う。渚次第で昼休みをどうやって過ごすかが決まる。

 渚の所へ行こうと席を立った瞬間、

「……直人」

 渚が俺のところに来てくれた。彼女は布に包まれた弁当箱を持っている。美穂さんの手作り弁当で、俺も同じものを持たされた。


「どこか、静かなところで食べたい。できれば、2人きりになれるところ」


 渚は俺の制服の袖を掴みながら、小さな声で言った。


「分かった。渚はどこか2人きりになれる場所は知ってる?」

「……うん。外なんだけど」

「そうか。じゃあ、そこで食べよう」


 外で食べるのはリスクを伴うけど、渚の希望は叶えてやりたい。

 俺は弁当を持って渚と一緒に教室を出る。そこからは渚に手を引かれる形で渚の知る2人きりになれる場所へと向かう。

 教室棟の外を出て体育館の方に歩いていく。昼休みでも外に出ると意外と静かで、耳を澄ますとようやく生徒達の話し声が聞こえてくる程度。

「ここ」

 そう呟いて、渚は立ち止まった。

 そこは第2体育館横にあるベンチだった。第1体育館があるせいで存在感の薄い第2体育館は考えてみれば静かな場所である。ベンチから見える景色も、ちょっとした木々とフェンスの向こう側にある住宅街だけだし。


「ここなら静かに食べることができそうだな」

「……そうだね」

「やっぱり、同じ弁当だと教室だと一緒に食べ辛いから?」

「それもちょっとはあるけど」


 渚は浮かない表情をしたまま俺のすぐ側に腰を下ろす。もごもごと言っているようだけれど、何を言っているのかよく分からない。

「はっきり言ってくれないと聞こえないぞ」

 渚の隣に座って彼女のことを見る。


「……宮原さんの気持ちが分かるな、って」

「えっ?」

「だから、状況によっては直人のことを縛り付けたくなっちゃう宮原さんの気持ちが分かるって言っているの。だって、直人……香奈ちゃんと楽しそうに話してたじゃない」

「あっ、まさか……今朝からずっと不機嫌になってた理由って……」

「やっと気づいてくれたんだね。そう、私は直人に嫉妬してたの。好きな人が他の女の子と楽しそうに話していると胸が苦しくなるよ。この鈍感男」


 渚は頬を膨らませる。

 なるほど、渚が不機嫌だった理由は朝練のときに俺が香奈さんと楽しく話していたからだったのか。


「宮原さんのことは仕方ないけど、それ以外の女の子のことはあんまり考えてほしくない。宮原さんが直人を縛り付けた理由って、きっとそんな感情からなんだと思うよ」

「……自分のことだけを考えてほしいか」


 彩花の場合、放課後は自分と一緒にいてほしいのに、俺は他の女子生徒と遊んでいたからだよな。他の女子とは一緒にいてほしくないって本人も言っていたか。

「うん。それで、こうして直人の2人きりになって側にいることが、宮原さんの何よりの願望なんじゃないかな。私も同じこと思ってる」

 そう言って、渚は俺に手を重ねてきた。


「好きになることがこんなに心苦しいことだなんて思わなかった」

「ごめん、渚。気づくことができくて」

「……いいよ。直人は優しい人だって分かってるし。直人の置かれた状況を知りながら嫉妬しているなんて、自分勝手過ぎだと思うし」

「でも、感情を押し殺すよりは、素直に表に出した方がいいんじゃないか。だから、渚が嫉妬するのは何にも悪くないと思う」


 そうか。彩花が好意以外の理由で俺を束縛したがっていると思うのは、何らかの気持ちを押し殺しているように見えるからかもしれない。


「そうかもしれないね。それに、嫉妬しているってことは、今も直人のことが好きなんだっていう証拠だと思うから。他の女子に人気だと誰かと付き合っちゃうんじゃないかって不安にもなるけど、それだけ直人がいい人だって分かって嬉しいんだ」

「俺には女子に惹かれる理由が全く分からない。不良から助けた彩花や、学校ではいつも一緒にいる渚から好意を持たれるのは分かるんだけどさ。俺がそういうことを意識して女子と接しているわけじゃないし」


 俺はいつも自然体で接しているつもりなんだけど。どうして俺なんかのことを好きになるのか。その理由がどうしても分からなかった。


「……些細なことで好きになる人もいると思うよ、きっと」

「そんなものなのかな。ちなみに、渚もそうだったのか?」

「私の場合は1年のときから直人と一緒にいる時間が多かったからね。一緒にいることで自然と直人に好意を抱くように。あえて理由を挙げるなら、寄り添うような優しさかな。ほら、去年……インターハイ出場まであと1勝ってところで負けちゃったじゃない。試合会場から帰るとき、直人はずっと私の側にいてくれた。それがとても嬉しくて」


 あの試合の後、1年生の部員では渚だけが泣いていなかった。だけど、俺と2人きりになった瞬間、彼女は号泣した。おそらく、エースとして頼られていただけに、他の部員の前では弱い姿を見せられなかったのだろう。


「私が泣いても直人は黙って側にいてくれて、優しく頭を撫でていてくれたよね」

「……そうだったな」


 泣いている中、悔しいと何度も言っていたことは今でも鮮明に覚えている。


「直人のことを本当に意識し始めたのはそれがきっかけだったかな」

「そうか。でも、告白されるまでそんな風には見えなかったけど」

「1年生の間は好きな気持ちはあったけど、クラスメイトで友人っていう関係にも満足してた。女子の中では一番話しているし。当時から直人は告白されていたけど、ずっと振っていたから。だから、安心していたんだよね。直人はそう簡単に誰かの彼氏にはならないって」


 渚はその安心感から、俺とは友人としての距離感で接していたわけか。それじゃ、告白されるまで気付けなかったのも納得だ。


「だけど、2年生になって……直人が不良から助けた宮原さんと住み始めたことを知って一気に不安になった。だって、宮原さんは直人のことが好きだから一緒に住んでいるわけでしょ」

「そう思うよな。そこで渚は一気に焦り始めたわけか」

「焦ったというのも間違いじゃないけれど、急に直人がどこか遠くに離れていくって思ったの。だから、宮原さんと付き合っていたとしても、私の気持ちをちゃんと伝えたいって思って。それで、昨日……直人に告白したの」

「そういうことか」


 付き合えるかどうかはともかく、気持ちを伝えたいって考えるところが渚らしい。


「フラれるかもしれないとは思っていたけれど、まさか、その日のうちに直人が泊り込んでくるなんて思わなかったよ」

「本当にごめん。俺の勝手な判断で渚にも迷惑をかけて」

「元々の原因は宮原さんが私の告白を盗聴していたことなんでしょ? それに、直人が泊まりにくるのは別に嫌じゃないから」

「そう言ってくれるとありがたい」


 1日でも早く彩花の気持ちが纏まればいいんだけど。彩花だけではなく、俺も気持ちの整理をしておかないと。

「話は変わるけれど、今朝、香奈ちゃんと何を話してたの?」

「小さな巨人って言われるのがあまり好きじゃないんだと。その繋がりで、香奈さんがどうして月原に進学したのか話してくれたよ。彼女、例の試合を会場で見ていたそうだ」

「それは前に私も聞いたわ」

「去年果たせなかったインターハイ出場を、今年はどうしても果たしたいらしい。背の小さい自分が入って成し遂げられたら、それは凄くかっこいいことなんじゃないかって思っているそうだ」


 そう言うと、渚ははっとした表情になった。


「それでうちの高校に入ったのね。香奈ちゃんの実力なら、去年インターハイに出場した高校へ行っても十分にレギュラー入りできると思うし、きっと色々な高校から注目されて、スポーツ推薦を打診されたはず。それなのに、どうして月原に来たのかずっと分からなかったけど、今の話を聞いてすっきりした」


 大抵ならインターハイに出場した高校も考えるもんな。香奈さんの場合、進学するなら月原しかないという感じだった。


「渚から見てどうなんだ? 香奈さんはやっぱり凄い?」

「もちろん。実力はもちろんだけど、周りからの信頼も厚いし。私なんかよりもよっぽどいいバスケプレイヤーじゃないかな」


 ベタ惚れじゃないですか。

 香奈さんはいつも明るい子みたいだもんな。その上、実力が他の生徒と桁違いなら、信頼が厚くなるのは自然なことなのかも。


「背の小さいことのハンデを全く感じさせないのが凄いなって思う。実力があるから、逆に背の低さが功を奏したプレーを見せてくれたこともある。その技術は日に日に磨きがかかっているし。本当に面白い子だよ」


 小さなバスケットボールプレイヤーでいたいと香奈さん自身が言っていた。だから、背の低さが功を奏すようなプレーには貪欲なのだろう。


「俺が訊くようなことじゃないけど、彼女は大会のときにメンバーに入れるのか?」

「……去年、私が1年生でも入れてもらったからね。香奈ちゃんは私よりも実力はあるし私にも決定権があるなら必ず入れたい。勝ち負けも重要だけど、私は純粋に香奈ちゃんのプレーをコートの上で体感してみたいの」

「それだけ、香奈さんに期待しているってことか」

「うん。香奈さん以外にも実力のある1年生がいるし、今年は行けるかもしれないわね。今から楽しみで仕方ないよ」

「そうか」


 渚の笑みには先輩としての優しさが込められているように見えた。そんな彼女の笑みを見られて俺は嬉しい。

「お弁当、早く食べないと昼休みが終わっちゃうね」

 そういえば、今は昼休みだったか。話していることに集中しすぎて、弁当を食べることをすっかり忘れていた。

 今日は美穂さんの作ってくれたお弁当だ。高校生になっても、弁当の蓋を開ける瞬間は気持ちが盛り上がる。初めて作ってくれた人の弁当なら尚更だ。さっそく、弁当の蓋を開けてみよう。

「……ね、ねえ。直人」

「どうした?」

 渚は折り目の付いた小さな紙を持っていた。

「お母さんからの手紙が入っていたんだけど」

「えっ? ちょっと見せてくれ」

 俺は渚から小さな紙を受け取って中身を見てみる。


『食べる前にお弁当箱をくっつけてみてね』


 弁当をくっつけてみるってどういうことなんだ? 美穂さん、何を企んで俺達のお弁当を作ったんだろう。

「とりあえず、この手紙の通りにやってみよう。そうしない限り、何が何なのかさっぱり分からないから」

「そうだね」

 手紙に書いてある任務を遂行するため、弁当箱の蓋を開ける。

 唐揚げや玉子焼きなどおかずの部分は普通だ。どのおかずも美味しそうで早く食べたい気分だ。

 問題なのはご飯の部分。ご飯の上に桃色の桜でんぶが乗っているんだけど、その乗せ方が明らかに怪しい。俺の弁当は右半分に集中していて、その形も変だ。

「よし、渚。弁当箱をくっつけてみよう」

「うん」

 俺と渚の弁当箱をくっつける。

 すると、ご飯に乗っかっている桜でんぶが1つの大きなハートの形になった。ハートの左半分が俺で、右半分が渚になっている。


「何となく想像はできていたけど、実際にやってみると恥ずかしいもんだな」

「……そうだね。本当に2人きりで良かった。こんなの誰かに見られたら恥ずかしいよ」


 渚は顔を真っ赤にしながらそう言った。

 全く同じ弁当ならまだしも、2人の弁当をくっつけて初めてハートの形が完成するというのはちょっと。渚の言うとおり2人きりで良かった。教室だったら何かしら言われていただろう。


「お母さん、絶対に私達のことをからかっているんでしょ!」

「面白がっているのは確かだろうな」


 楽しそうに桜でんぶを乗せている美穂さんの姿が目に浮かぶ。

 2人きりであっても恥ずかしいことに変わりないのか、渚は桜でんぶが乗っている部分のご飯をすぐに食べた。

「ほ、ほらっ! 早く食べないと5時限目に間に合わないよ」

「そうだな」

 桜でんぶが乗っている部分を食べてみると、物凄く甘く感じた。

 おそらく、2人がくっついて初めて愛情が完成するということを表現したかったのだろう。そうですよね、美穂さん。彩花もこういうことをしそうだ。

 家に帰ったら美穂さんに抗議しよう。お弁当を食べる中で、渚と固く約束するのであった。

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