第7話『交渉』
午後5時過ぎ。
寮の近くにあるコンビニでペットボトルのお茶を買い、入口近くにあるベンチに座って休憩をする。
自ら離れる決断をしたのに、実際に自宅を出ると何とも言えない気持ちになる。
これから俺が行く場所は決まっている。渚の家だ。
ただ、いきなりクラスメイトの女子の家に泊まりに行くのはまずい。しかも、しばらくの間お世話になるなんて。図々しすぎるだろう。ただ、彩花から渚を守ることを考えれば、いつも彼女の側にいるために彼女の家に泊まるのが一番だろう。
スマホの電話帳にはもちろん渚のことも登録してある。そこにはご丁寧に住所が書かれていた。なので、地図を駆使すれば今から俺1人でも行ける。しかし、渚に迷惑をかけることになるし、彼女と一緒に家へ向かう方がいいだろう。渚が許せばの話であるけど。ダメならクラスメイトの男子の家に泊まらせてもらおう。
とりあえず、渚に電話をかけてみるか。告白された後だし、そもそも部活中の可能性が非常に高いので出てくれるか。
渚のスマホに向けて電話をかけてみる。呼び出し音が鳴っているということは、運がよければ渚が気づいてくれるか。
数回ほど呼び出し音が鳴ったとき、
『どうしたの? 直人』
渚の声が確かに聞こえた。彼女の声が聞けて安心した。
「今、どこにいるんだ?」
『部活が早めに終わって更衣室にいるところ』
おっ、いいタイミングで電話を掛けることができたみたいだ。
「渚、突然ですまないけど、これから少しの間、渚の家に泊まらせてくれないか?」
『えええっ!』
悲鳴に近い声だったので、思わずスマホを耳から離してしまう。そりゃそうか。いきなり泊まらせてくれと言われて驚かないわけがない。ましてや、今日告白して振られてしまった相手に言われたら混乱するに決まってる。
『ちょっと待って。え、ええと……私が聞き間違えていなければ、直人が私の家に泊まりたいってことだよね?』
「そうだよ」
『どうして、いきなり……振った相手の家なんかに泊まろうとするの? 直人のことだから何か理由があるとは思うけど』
「話せば長くなるけど、一言で言えばお前を守るためだ」
『わ、私を守るためってもしかして、やっぱり私と恋人として……?』
「……語弊のある言い方だったな。実は彩花のところから離れる必要があってさ。今、家から出てきたところなんだ」
俺がそう言うと、渚は露骨にため息をつく。期待させてしまったようで申し訳ない気分に。言葉を選ぶべきだった。
『彩花っていうのは例の一緒に住んでいる女の子のことだよね?』
「ああ、そうだ」
『でも、それなら私の家じゃなくてもいいんじゃないの? 直人は男子の友達は結構いるでしょ? 女子の家に泊まるってどういうことか分かってるの? ……あっ、まさかさっき言っていた私を守るっていうのが私の家に泊まりたい理由?』
「その通りだよ。俺がいきなり泊まらせてって言うのは図々しい話だと思うし、自分自身でもどうかしてると思ってる。それでも、理由がちゃんとあるんだ。それは後できちんと話す。だから、俺に渚を守らせてくれないか? そのためになるべく渚の側にいたい」
渚の家に泊まれる可能性はあまりないと思っている。泊まれなかったときには渚の言うとおり、男子の友人の家に泊まらせてもらうことにするよ。
渚はう~ん、と唸り続けた末、
『……分かった。状況があまり把握できてないけど、直人に守ってもらうことにする。一緒にいてくれることは嬉しいし。だから、私の家に泊まってもいいよ』
「ありがとう。感謝するよ」
『後でちゃんと理由を話しなさいよね。でも、理由次第ではダメっていうかもしれないから。それは覚悟してて。じゃあ、学校の正門前で待ち合わせってことでいい?』
「ああ。分かった」
納得してもらえるように理由を説明して、彼女のことを守っていこう。突然の話でもちゃんと話を聞いてくれる渚に感謝しないといけないな。
お茶を一口飲んで、俺は学校に向かうのであった。
午後5時20分。
制服姿で大きな旅行鞄を持っているため、下校する生徒の注目の的となっているが恥ずかしがっている場合ではない。
「直人!」
正門には既に渚がいた。重い荷物を持つ俺を気遣ってか、彼女から俺の方へ駆け寄ってくる。
「突然のことで本当にごめん」
「気にしないでいいよ。好きな人からの頼みだからね。でも、いきなり私の家に泊まりたいなんて言われたらちょっと困るよ。それも男子からなんだもん」
「俺も女子の家に泊まらせてもらうのはさすがにどうかと思った」
「でも、私のことを守りたいんでしょ?」
「もちろんだよ」
「ここで話すのも何だから、歩きながら話そうよ」
「そうだな」
「私の家、ここから歩いて10分くらいのところにあるの。そんな重い旅行鞄を持っていたら辛いと思うから、バッグは私が持つよ」
「ありがとう」
数時間前に俺から振られたのに。本当に渚は優しい女の子だよ。
俺と渚は彼女の家に向かって歩き始めた。どうやら、渚の家は俺と彩花の住んでいる寮とは反対方向にあるそうだ。
歩きながら、家を出るまでに至った経緯を大まかに説明した。渚には包み隠さずに話した方がいいと思い、昨日の夜に手錠をかけられたことも話した。
俺が話している間、渚は真剣な表情で何も口を挟まずに聞いてくれていた。
「なるほどね。私は宮原さんに最も危険な女の子だと思われていて、危害が及ぶかもしれないから、私を守りに来たわけなんだ……」
「そうだ」
「後輩の子……宮原さんは私の告白を盗聴してたんだ。何だか恥ずかしいな」
渚は意外にも照れ笑いをしていた。
「怒らないのか?」
「だって、宮原さんが盗聴してなくても結果は変わらなかったでしょ?」
「そりゃそうだけど。でも、もし……俺が告白を受け入れてたら、渚の命が狙われていたかもしれないんだぞ」
「それならそれで今みたいに私を守りに来てくれたんだよね? 私、直人が私のことを大切にしてくれていることが分かって凄く嬉しいの。自分から言ってきた以上、宮原さんの気持ちが落ち着くまでの間、私のことをちゃんと守ってよね。家に泊まっていいから」
夕陽に照らされた渚の笑顔がとても眩しく見えた。
誰かに必要とされているというのは嬉しいものだ。俺の個人的な理由から渚を守るなんて言って、彼女も迷惑していると思っていたけど、それは杞憂だったみたいだ。
「きっと、宮原さんなら大丈夫だよ」
「1度も会ったことがないのによく言えるな」
「だって、直人が大丈夫だって思っているんでしょ? だったら、私もそう信じたいじゃない」
「……そうか」
彩花の心に俺への好意がまだ住んでいるのなら、絶対に大丈夫だ。
彩花次第では俺の方からも束縛の理由を探ってみよう。彩花が俺を束縛したがる理由は理不尽なことではないと思う。何かそれ相応の理由があるはずだ。
「もしかしたら、渚に力を貸してもらうことになるかもしれない」
「どういうこと?」
「彩花が自ら俺を束縛する理由を話してくれればいいけど、そう簡単に話せることじゃない気がするんだ。俺を束縛することに繋がる何かが彩花にあったのかもしれない。もしものときは、俺達の方からその原因を探っていくか」
「……そうだね」
「でも、渚を守ることが第一だ。これからはなるべく四六時中、俺の側から離れるんじゃないぞ」
「分かってるよ」
「部活も俺は端で見学することにする。もちろん、雑用で使いたいときは言ってくれよ。こうなったのも俺が原因なわけだからさ」
「じゃあ、必要なときには遠慮なくこき使っちゃおうかな?」
渚はいつも見せる明るい笑顔を見せた。
俺はその笑顔を見て元気をもらっているよ。寮から出たときにははっきり言って不安しかなかったのが、今では大丈夫だって思えるようになってきた。
なあ、渚。俺に振られたのにどうしてそこまで笑っていられるんだ?
俺も彩花に普段から渚のような笑顔を見せていられれば、今のような状況にはならなかったかもしれない。そう後悔しているくらいに、渚のことが羨ましく思えたのであった。
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